『群雄割拠(3)』

敵の軍服姿の隊長は、なかなか体格も良く、竜を思わせる横幅と、上背もジョーを超えていた。
恐らくは2.5メートルはあると見られる。
身体が大きいのが特徴だった。
ジョーがいくら背が高いと言っても、これでは桁違いだった。
おまけに攻撃を受けてみて、この男が持っている鞭が、電気鞭である事が解った。
ジョーを狙って振り翳した時に、彼は飛び退って逃れたが、床にビリビリと電気が走って、床に脚を着いていた隊員達が感電した程の電気ショックがあった。
隊長は仲間が感電しようが、お構いなしだった。
それがギャラクターの掟であるとばかりに、形振り構わずにジョーを狙って来た。
ジョーの『こいつは手強いぞ』と言う勘は図らずも当たったのである。
ジョーよりも相当に背が高く、恰幅も良い為、膂力がある。
電気鞭を振り回しても充分な腕のリーチがあったし、自分は感電しないような特殊加工をした衣服と靴を纏っているらしい。
バードスタイルは、ある程度の電気ショックには耐えられるように出来ているが、気を失ってしまう可能性がある。
以前、健がギャラクターの基地に閉じ込められた時、強力な電流が流れている鉄格子に触れて、意識を失った事があった。
それに、打撃を受けた時に万が一バードスーツが裂けるような事があれば、決して感電は免れない。
ジョーは最初の内は、鞭を避けるので精一杯になった。
ピンチであると言えた。
まずは敵の動きを見切らないと行けない。
それが出来るまでは下手に攻撃を仕掛けられないと言えた。
敵の隊長はジョーが防戦一方なのを見て、嘲笑った。
「どうやら科学忍者隊もわしの攻撃には敵わないと見えるな」
ジョーはグッと堪えた。
(今に見て居やがれ、この馬鹿でかいウスノロ野郎!)
しかし、この隊長、決してウスノロではなかった。
素早い動きで息つく間も与えずにジョーを攻撃して来る。
ジョーは、電気鞭は先程のチーフの鎖鎌のように胴に隙が出来る筈だと考えていた。
だが、それがなかなか見極められない。
鎖鎌と違って、鞭は自由にしなる。
それが隙を見せないし、最大の防御となっているのだ。
敵の着ている服の事を考えると、エアガンでは攻撃不可能だ。
ジョーに遺された道は、羽根手裏剣か肉弾戦しかなかった。
(いや、待てよ。あいつをワイヤーで巻き取れねぇものか…)
ジョーはじっと敵の動きを見た。
攻撃を防ぎ、縦横無尽に動きながらも観察の眼が光った。
彼の観察眼は大したものである。
じっと見ている内に、鞭を振り上げた瞬間ならそれが出来るかもしれない、と隊長の動きを見ながら、ついに彼は弱点を見切った。
この闘いの間に非常電源が切れてしまうと、装甲車型メカ鉄獣は街中に墜落する事になる。
そのタイミングが上手く合ってくれ、とジョーは願いながら、エアガンをさり気なく抜いた。
「ガンなど取り出してどうする?
 この電気鞭に対抗出来ると思っているのか?
 そんな物はわしの前ではおもちゃ同然だぞ!」
隊長は2.5mの高さからジョーを見下ろして言った。
突然変異なのか、この身体では体重は竜よりもあるだろう。
決して太っている訳ではないのだが、120〜130kgはありそうだ、とジョーは思った。
ジョーの倍以上の体重。
万が一押さえ込まれでもしたら、動きが取れなくなる事だろう。
ジョーは注意をしながら、敵を挑発して、鞭を振り上げる瞬間を待った。
彼はわざと一瞬だけ隙を見せた。
隊長はそれに乗って来て、鞭を振りかざした。
(今だっ!)
そう心の内で叫んだ瞬間に、ジョーはエアガンのワイヤーを繰り出し、鞭を絡め取った。
「はっ!」
と敵の隊長が叫んだ時には、彼の右手から電気鞭が消えていた。
自分の身長よりも長い鞭だ。
ジョーには少し取り扱いにくいが、使えない事はない。
その鞭を華麗に振り回して、ついでに敵兵をお掃除した。
「ははっ、こりゃあいいな」
ジョーは勝ち誇ったような笑みを見せた。
「だが、こいつはてめぇには通用しねぇ。
 その防御服を着ている限りはな……」
ジョーはすぐに真顔に戻り、電気鞭を捨てた。
羽根手裏剣を1本、何時の間にか唇に咥えていた。
動作が素早いので、敵がその変化に気付く事はなかった。
それ程さり気ない行動だった。
ジョーは敵の間合いの中に入った。
もう手放してしまったが、鞭で攻撃をしようなどと言う男には近過ぎる間合いだった。
彼は隊長を鋭い眼で見上げた。
でかい…。
途轍もなくでかい…。
だが、彼は訓練室でこんなに大きなロボットを相手にした事もある。
体重を掛けて押さえ込まれない限りは心配無用だ。
ジョーは普段なら敵兵の顔を殴るぐらいの位置で、拳を振り上げた。
それで丁度隊長の鳩尾に重いパンチが入った。
と思ったが、隊長はさすがに身体が頑強だった。
ジョーのパンチは確かに打撃を加えた筈だが、屈強過ぎて敵は持ち堪えてしまった。
「ほお。さすがに打たれ強いな…」
ジョーは羽根手裏剣を咥えたままで、くぐもった声で言った。
その羽根手裏剣を抜くタイミングを計っていた。
(こいつはどうだ?)
ジョーは至近距離から羽根手裏剣で敵の右手を突き刺した。
投げたのではなく、直接ナイフのように使ったのだ。
「ううっ!」
隊長が余りの痛みに呻いた。
そこを狙って、ジョーは鳩尾に両手でパンチを繰り返し喰らわせて行った。
さすがに続けての打撃は効いたらしい。
軍隊服の大きな身体がのめった。
その瞬間を見逃さず、ジョーは後ろに回って、ジャンプをしながら首筋に手刀を打ち込んだ。
これが効いた。
隊長はぐうの音も出なかった。
ジョーの前に崩れ去る大きな山のように、ドサッと崩れ落ちた。
これ程までの強敵を1人で倒したのは久し振りの事だった。
だが、ホッとしている場合ではない。
ジョーは更に先に進まねばならなかった。
さすがに多少の疲労があった。
敵兵どもがそこに漬け込もうとしている事は解っている。
油断はならなかった。
疲れた素振りも見せずに、ジョーは通路を走った。
敵兵が増えている。
隊長まで出張って来た事だし、間違いなく、司令室はこの近くにある筈だ。
ジョーはそれらしき扉を見つけて、出入りする敵兵に紛れて潜入した。
『何と言う事だ。此処までやって来るとは!』
スクリーンの中の紫色のベルク・カッツェが桃色の唇を歪ませて叫んでいた。
『マルタはどうしたのだ?やられたと言うのか?』
「マルタと言うのが、あのでかい木偶の坊の名前なら、俺がやっつけたぜ。
 期待の星だったんだろうに、残念だったな」
ジョーはカッツェに向かって唾でも吐き掛けてやりたいぐらいだった。
だが、スクリーンの中では仕方がない。
今回は自分は本部にいて、全てのメカ鉄獣を指揮しているのだろう。
『全くどいつもこいつも……。殺ってしまえっ!』
カッツェが隊員達に指示を出した。
「自分は安全な場所に居て、部下達を将棋の駒のように使うなんて、相変わらず全くいいご身分だな…」
ジョーは呟いた。
むかついたので、エアガンの三日月型キットでそのモニタースクリーンを割ってしまった。
カッツェは静かになった。
「これで気を逸らされる事なく、任務に専念出来るぜ。
 カッツェの声が聴こえていたんじゃ、集中出来ねぇからな」
ジョーの瞳は怒りに燃えていた。
「此処にいねぇ奴なんかに用はねぇんだっ!
 外野からブツブツ言う奴は生憎大っ嫌いでな!」
そう叫ぶと、彼を遠巻きにしている敵兵の渦の中へと自ら飛び込んで行った。
闘い乍ら、操縦の装置が何処にあるのかを見極めた。
この司令室を乗っ取り、この場所から山脈地帯までの移動時間を判断して、自分で操縦してメカ鉄獣を持って行く。
そして、丁度良い場所で司令室を爆破し、墜落させればいい。
その時に上手く脱出しなければならない。
ジョーはその計算をしていた。
まだ時限爆弾を仕掛けるには時期尚早だった。
非常電源が落ちそうになる時には、まずは照明から落ちる筈だ。
今はそれがない。
照明がダウンしたタイミングで操縦席を乗っ取り、爆弾を仕掛けよう。
ジョーは熟慮をした上で、とにかく敵兵の一掃に掛かる事にした。
彼の正確な羽根手裏剣がビュンと音を立てて3本同時に飛んだ。
次の瞬間にはエアガンの三日月型キットがタタタタタタンっと小気味良い音を立てて、敵兵の顎を割っているのも、いつもの事だった。
このメカ鉄獣の大ボスを倒した以上、後は順調に進む予定だった。
だが、そこに3人のチーフが現われた。
念には念を入れて、まだチーフ級の者を乗せていたのだ。
3人はバズーカ砲を手にしていた。
ジョーが以前取り扱った事があるような、巨大な、銃身の長いバズーカ砲だった。
恐らくは、ジョーが使った150ミリ砲と同程度の物だろう。
これを使いこなせるのは、相当の射撃の腕と屈強な身体能力がなければ務まらない。
ジョーは同等の仕事が出来る人間が、ギャラクターの中にも居たと言う事だ。
相手は3人。
急激に形勢は不利になった。
3人の隊長は、ジョーを正三角形の中心に置いて、それぞれにバズーカ砲を構えていた。
万事休す、だったが、ジョーの頭と身体はまだこの危機を脱する方法を考えていた。
自分が諦めては、イメリア国も道連れにする事になる。
ジョーは静かにエアガンを構えた。
彼は何とか1基のバズーカ砲を乗っ取ろうと考えていた。
正三角形の中心にいると言う不利な状況は変わらなかったが、それでも、窮地を脱する方法を彼は考えようとした。
この期に及んで諦めてはならない。
此処まで漸く辿り着いたのだから。
(どうした、コンドルのジョー。
 科学忍者隊には知恵と勇気があった筈じゃねぇか?)
ジョーは自分自身を叱咤した。




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