『群雄割拠(6)/終章』

問題はどうやって、虹色の微生物体を防ぐか、だった。
バードスタイルにどこまで防御性があるのかは未知数だったし、どちらにせよ、バイザー部分は顔の一部が出ている訳だから、防ぎようがないに違いない。
となれば、『撃たせない』。
これしか方法はないだろうと思われた。
ライフルを撃たせない為には、さっきの軍服姿の隊長に対した時のように、ライフルを奪い取ってしまうのが手っ取り早かった。
だからと言って、このチーフはそれ程馬鹿ではあるまい。
先程のジョーの手口が伝わっている可能性もあった。
簡単には行かないだろう。
ジョーが抜く手も見せずにエアガンで撃ったとしても、ライフルが暴発してしまう可能性が充分にあった。
彼はふっと気付いた。
(あのライフルをバーナーで焼いてしまう事は出来ねぇだろうか?)
焼いて爆ぜたライフルからは先程の微生物が飛び出して来るか、それとも微生物はライフルと運命を共にするか……。
余りにも大きな賭けだった。
(それとも、他に方法があるか…?)
ジョーは焦れた。
(奴に弾丸を撃ち尽くさせるまで、果たして俺が『持つ』か!?)
微生物にやられないようにする為には、とにかくそれに触れないようにするしかない。
この狭い通路で、どうやって避けろと言うのだ?
(まさに進退窮まったとはこの事だぜ…!)
ジョーは冷や汗を掻いた。
猟銃と同じようなライフルなら5発が装填されている筈だ。
まだ1発しか使っていないので、4発は残っている事になる。
もし、違う形状の物であれば、もっと装弾されている可能性も否定は出来ない。
見た目は猟銃と同様に見えるが……。
一体、どうなってしまうのか?
(万事休すだ!)
ジョーが覚悟を決めて、賭けに出ようとした瞬間、チーフがライフルを持ち上げて彼を撃つ素振りを見せた。
ジョーは咄嗟にその銃口目掛けて、ワイヤーの先の銛を飛ばした。
無意識の内の行動だった。
彼が持つ勘がさせた事だ。
ライフルの銃口に見事、銛が突き刺さった。
ジョーは素早くワイヤーを引き戻し、脇にあった通路へと回り込んだ。
通路の陰から覗くと、チーフは自らが微生物に取り囲まれて、苦しんでいる。
「まさに棚から牡丹餅だな…。
 俺はツイている!」
ジョーは自分の咄嗟の攻撃が功を奏した事に安堵した。
こんなに簡単に事が済むとは彼自身思っていなかった。
なかなか手強い武器を持った相手だったのだ。
やられていたら、彼の身が危険に晒された筈だ。
無事にやり過ごす事が出来て、助かった…。
彼は止むを得ず、別の通り道を選択する事にした。

1箇所の通路を塞がれてしまったジョーは、脇の通路からもう1方の前方に向かう道へと出た。
そこでも、敵兵がわらわらと登場した。
一体どれだけの隊員を乗せているのか?
そして、メカと共に自滅して行くのか?
ジョーは薄寒い思いがした。
それを自滅させているのは、自分達だ。
だが、任務の為にやっている事で、彼に後悔はない。
ただ、自分がギャラクターの血を引いている事を知ってしまった彼は、もし両親がギャラクターを脱け出さずに居たら、と考えてしまうのである。
自分も何の疑問も抱かずにギャラクターの隊員になっていたのだろうか、と…。
もしそうなっていたら、自分は健達と闘っている側だったのかもしれない。
ぞっとした。
こんな恐ろしい組織に自分が居る事に気付かずに、悪の限りを尽くしていたのであろうか?
そんな事は考えたくもない。
この隊員達の中に自分が居なくて良かった。
あの事件は不幸な事ではあったが、両親の選択は有難いと思った。
自分をギャラクターと言う組織に残らせずに済ませてくれた事。
その代わりに強い復讐心を抱いて生きる事にはなったが、ギャラクターにいるよりはずっといい、と思う。
ジョーはあの日の壮絶なシーンを頭に思い浮かべて、唇を噛んだ。
しかし、感慨に耽っている暇はない。
ジョーは憎悪を込めて、敵兵を打ち払った。
身を低くして、何人も足払いを喰らわせた。
崩れ落ちる敵を尻目に、ジョーは羽根手裏剣で敵のマシンガンを何丁も撃ち落とした。
マシンガンが勝手にいろいろな方向に向かってガガガガガガっと銃弾を弾(はじ)いた。
ジョーはそれを天井へと跳躍して見事に避けた。
降りる時に敵兵に手刀を与えておき、回転して長い脚で数人を薙ぎ払った。
そして、反転して、羽根手裏剣をピシュッと音を立てて、投げた。
次の瞬間には、エアガンの三日月型キットが飛び出し、敵兵は総崩れになった。
「ジュン、大丈夫か?」
『手強いチーフが出て来たけど、何とかやっているわ』
「解った。頑張れよ」
ジョーはジュンを気遣い乍らも、更に先に進んだ。
ついに先程の装甲車型メカ鉄獣と同様に広い部屋へと出た。
(これは…。俺が当たり籤を引いたようだぜ…)
「ジュン、おめぇの方は動力室だ。頼んだぜ」
ジョーは一言だけ通信すると、そのドアを蹴破った。
そこにもスクリーンの中にカッツェがいた。
「へへっ、またその面を拝む事になるとはな…」
ジョーがニヤリと笑った。
『くそぅ、またお前か!?
 貴様ら何とかして殺してしまえっ!』
今度はカッツェ自らがスクリーンから消えた。
健達のメカの方も恐らくは進捗しているであろう。
カッツェも総指揮をする立場としては忙しい。
司令室の中を見回すと、やはり操縦席も此処にある事が解った。
「ジュン!爆破のタイミングを俺の合図に合わせてくれ!」
『解ったわ!間もなく動力室に突入するわ』
ジュンの頼もしい返事が返って来た。
「出て来いっ!瓢箪メカの隊長め!」
ジョーが挑発すると、まるで酒が入った瓢箪のような瓶をぶら下げた隊長が現われた。
一体何の武器なのか?
(全く意表を突いた奴らばかり出て来やがる…)
ジョーは正直言って閉口した。
先程、ビルの60階まで駆け上がった疲労が一気に出て来た気がした。
額から汗が噴き出す。
隊長はひょっとこのような真っ赤な仮面を被っていた。
まるで酔っ払いの爺(じじい)のようだ、とジョーは思った。
驚いた事に本当に酔っ払っている。
しゃっくりを繰り返していた。
「まさか、任務の最中に酒をかっ喰らっているとは驚いたな」
ジョーの眼がツーっと細くなった。
「ジュン、このメカが一体どの辺りを飛んでいるのか博士に確認しておいてくれ。
 墜落させられる安全な場所があるかどうかをな」
『ラジャー』
ブレスレットに交信しておき、ジョーはエアガンを抜いた。
「果たしてその瓢箪を撃ち抜いたら何が出て来るんだろうな?
 あの微生物か?それとも違う何かか?
 意外にただの本物の酒だったりしてな!」
ジョーは挑戦的な言い方をした。
「攻撃してみろ!待っててやるぜ」
すると敵の隊長は瓢箪の蓋を開けた。
それをニヤニヤしながら口に含んだ。
驚いた事にその直後、隊長は口から火を噴いた。
ジョーは跳躍して飛び退るしかなかった。
「何だ、こいつは?化け物か?」
口の中に何か特殊な物を仕込んでいる。
普通の人間なら火傷をする処だが、そうならないようになっているらしい。
「驚いたな。そいつは酒じゃなくてガソリンか?」
ジョーはそれなら、と思った。
ガソリンならバーナーで焼いてやれば、この操縦室を一気に火の海に出来る。
「ジュン、博士との連絡はどうなった?」
『今、街から離れているわ。丁度海の真上よ』
「それは都合がいい。時限爆弾のスタンバイはどうだ?」
『いつでもOKよ』
「解った。1分後に爆発するように仕掛けて脱出してくれ」
『ラジャー』
ジョーはこれでよし、と思った。
エアガンのバーナーで瓢箪に狙いを付ける。
彼はそのまま容赦なく、火炎放射を与えた。
陶器で出来ている瓢箪が爆ぜた。
その瞬間、ガソリンに引火し、大爆発が起きた。
それはメカ鉄獣の操縦設備にも影響を及ぼした。
もうジュンは脱出している事だろう。
操縦席にいた隊員が焼かれ、操縦席も爆発を起こし始めた。
今が脱出のチャンスだ。
攻撃の為のガソリンがこんな事を引き起こすとは、何とも間抜けな話だ。
ジョーが想像しているような隊長ではなかった事が、幸いした。
だが、敵はこんな事になる事を考えもしなかったのだろう。
(本当に間抜けだ。こんな終わり方になるとは、拍子抜けしたぜ…)
ジョーは思い乍ら、爆風と共に外に放り出された。

マントでバランスを取りながら大きな島へ落下して行くと、ジュンがホッとした様子で地上から手を振った。
「余りにも間抜けな最後で呆れたぜ」
ジョーの述懐を聴いて、ジュンも笑った。
「それはお気の毒ね。さぞかし拍子抜けした事でしょう。
 でも…。街を見て。あんなに燃え盛って……。
 中には私のジュンロケットが弾かれて破壊してしまったビルもあるのよ…」
本土が見える。
火が燃え盛っているのが、この島からも見渡せた。
それを見て、ジュンが眼を伏せた。
「自分を責めたってしょうがねぇぜ、ジュン」
「解ってる。解ってるわ」
ジュンは顔を上げた。
その瞳に涙はもうなかった。
ジョーは大丈夫だろう、と思った。
それに慰める役は健に任せたい処だ。
「こちらG−2号。G−3号と共に任務を完遂しました」
『こちら南部。ご苦労だった。
 健達からも間もなく任務が終わりそうだとの報告が入っている。
 G−5号機が迎えに行くまで、その場で待機していてくれたまえ』
「ラジャー」
朝の4時に起こされたが、もうユートランドは夕暮れ時になっている事だろう。
「良く走り回った1日だったな…」
ジョーは呟いた。
「ホントね。こっちはまだ昼だから、凄く長い1日に感じるわ」
「ああ……」
やがて2人を健、甚平、竜が迎えに来た。
一旦トップドームに乗り、そのままコックピットには降りずに本土まで行き、G−2号機とG−3号機をゴッドフェニックスに合体させた。
そうして漸く全員がコックピットに揃った。
「何と言う1日だ。みんなご苦労だった」
健が全員を労った。
「健、おめぇもな」
ジョーが嬉しそうに答えた。
疲労感はあったが、心地好い疲れだった。
早くトレーラーハウスに戻って汗を流したかったが、一旦基地に戻って全ての報告を済ませなければならない。
「おら、腹が減ったぞい。博士が何かご馳走してくれるかもしれんのう」
竜が舌なめずりをしそうな声でそう言った時、ジョーもふと空腹を覚えた。
朝食も摂っていなかったのだ。
「でも、竜は食料庫の保存食を食べてたじゃないか?
 別行動の兄貴やジョーやお姉ちゃんは本当に朝から何も食べてなかったんだぜ」
「面目ねぇ…」
竜がそう言って笑わせた。
いい仲間だ、とジョーは思った。
この仲間達と出逢わせてくれたのは、ギャラクターを脱ける道を選んだ両親なのだ、と。
大変な任務だが、こうしてギャラクターを1つ1つ潰して行く事が、いつか本懐を遂げる道へと必ず繋がっている筈だ。
ジョーはふっと笑った。
「あれ?ジョーの兄貴が笑ってる」
甚平に揶揄されたが、ジョーは怒りもしなかった。
(親父とお袋はあんな死に方をしたが、感謝しなければならねぇな…)
これまでギャラクターの子に生まれた自分を呪う事しかなかったジョーが、そんな風に考えを改める事が出来た。
今回の任務はそれだけでも彼にとっては収穫となったのである。




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