『大型拠点(1)』

その情報は、ISOの情報部員から寄せられた。
今回発見されたギャラクターの基地が、敵の本部である可能性が80%の確率であると言う。
科学忍者隊は色めきたった。
ジョーはごくりと唾を飲み込んだ。
ついに本懐を遂げる時が来たか?!
勿論、20%の方の可能性もある。
それに、本部は既に移転している事も考えられた。
それでも、かなり大規模な拠点である事は、情報部員の調査で明らかになっている。
いくつかは写真もあった。
「今まで諸君が破壊して来た秘密基地の中でも、相当に大規模なレベルだと思われる。
 これが本部だとは完全には言い切れないが、諸君には充分に気をつけて行動して貰いたい」
南部も慎重な指示を出した。
「ラジャー!」
科学忍者隊は緊張した。
本当に本部なのであれば、これが自分達の最後の闘いになるかもしれない。
そうなれば闘いばかりの生活から解放されると言う喜びよりも、これからの闘いについて、どんな運命が待っているのか、と言う不安と緊張感の方が強かった。
「……なるようにしかならねぇよ」
ゴッドフェニックスの中で、ジョーは腕を組んでボソッと言った。
その言葉が全員の心を少し軽くした。
健が頷いて、立ち上がった。
「俺達はやるしかないんだ。
 その為に長い間訓練を積み、闘って来た。
 あれが本当に本部ならそれも報われる時だ。
 俺達は絶対に勝って帰る。
 それ以外の事は考えるな」
健がリーダーらしく、訓示をした。
その言葉は仲間達に新しい勇気を齎した。
そうだ、やるしかないのだ。
其処が決戦の場なのであれば、全身全霊を込めて闘うしかないのだ。
健の言う通り、『やるしかない』。
ジョーは勿論の事だったが、他の3人もその覚悟を新たにした。
その基地は、大胆にも世界最高峰のエレメスト山の中腹に作られていた。
ゴッドフェニックスで行くには目立ち過ぎるので、近くの海に隠し、Gメカを使わずに登山して行く事になった。
竜は山登りが嫌いだ。
嫌い、と言うよりも苦手だった。
身体が重い彼にはきつかったのだ。
今回は留守番じゃない事にガッカリしていたが、本部かもしれないその山に登らない訳には行かなかった。
南部博士が国連軍に依頼をして、登山者達のキャンプにすぐ引き上げるよう手配をしていた。
その事だけでも、敵が何か異常に気付く可能性があった。
但し、登山道がある南側ではなく、北側に基地が作られており、割と急斜面で危険な為、そちら側から登山を試みる者は少なかった。
冒険家の中に稀にそう言った人物がいる程度だったが、今の処、北側から登山している人物の届け出はないと言う事だ。
「不幸中の幸いと言うべきだな。
 南側のキャンプの奴らがもたもたしていねぇといいんだが…」
ジョーの懸念は当たっていた。
折角此処まで登って来たのに、と登山断念を渋る者達がいたのである。
『今、国連軍が説得を試みている。
 とにかく諸君は北側から慎重に登山を始めてくれたまえ』
「ラジャー」
科学忍者隊は変身を解かぬまま、健を先頭に風のように急斜面になっている道なき道を走り抜けた。
それでも、体力は温存していた。
最大の力を出さずに走り、飛んでいるのだ。
健がそのペースを決めていたが、一番後ろの竜は少し遅れがちだった。
ジョーが「チッ!」と舌打ちして、「健、竜の奴が遅れてやがるぜ」と言った。
「置いて行くか?それとも休ませてやるか?」
「置いて行く訳には行くまい。10分間休憩にしよう」
健の判断で、休憩時間が取られた。
竜は肩で息をしていたが、他の4人はまだ余裕だった。
ジョーは長い脚を組んで胡坐を掻いた。
「おらのバイザーは息苦しいんだわさ」
竜は言い訳をした。
確かに竜のバイザーは前に垂直に下りている。
だが、そのせいではないだろう、とジョーは思った。
「おめぇは重過ぎるのさ。普段から運動が足りてねぇんだ」
ジョーは相変わらず辛辣だった。
「こんな時に足を引っ張ってどうするんだ?
 此処がギャラクターの本部かもしれねぇんだぞ。
 おめぇ、それでも闘えるのか?」
「何だって?ジョー!お、おらだってちゃんと働くわさ。
 それにおらなりに頑張っているつもりだぞいっ!」
竜は意外と切れやすい。
だから、口の悪いジョーとは軋轢が起こる事もあった。
今も竜は自分より15cmも背の高いジョーのマントに掴み掛かっている。
ジョーはポーカーフェイスをしていた。
「離せ」とでも言うように、その手を冷たく振り払っただけだった。
「2人共やめろ。今は仲間内で争っている時ではない」
健が耐え兼ねて止めた。
「でも、ジョーの兄貴の言い分は正しいよ。
 これじゃあ、竜だけ置いて行った方がいいかもしれないよ、兄貴」
甚平の言葉は確かに正論だった。
健は腕を組んで沈思黙考した。
(ゴッドフェニックスに戻らせて、後から突っ込ませるか……)
彼も、竜やこれから繰り広げられる自分達の闘いの事を考えたらその方がいいかもしれない、と思い始めた。
このままでは竜が足を引っ張る事は、ジョーの言うように間違いなかった。
戦力が1つ減る事になるが、仕方あるまい。
此処は本部かもしれないのだ。
失敗は赦されない。
健はついに決断した。
「竜はゴッドフェニックスに戻って待機。
 何かあったら呼ぶから、その時には基地に豪快に突っ込んでくれ」
竜を傷つけない言い方を考えた。
「その方が『戦略上』良かったかもしれない。
 最初からそうすべきだったな。
 竜、悪いが戻ってくれるか」
「ラジャー」
竜はすぐさま下りへの道へとよたよたと走り始めた。
「健…。そんなに奴に気を遣わなくてもいいんじゃねぇのか?」
ジョーは眉根を寄せた。
「いや、俺の考えが変わっただけさ」
健は飽くまでもそう主張した。
ジョーは両掌を上に向けて肩を竦めたが、それ以上は何も言わなかった。
健の考えなど解っている。
「それなら、健、急ごうぜ。
 とんだ処で時間を喰っちまった」
「よし、みんな行くぞ!」
健が腕を振り上げて、ジョー、ジュン、甚平の3人は彼の後に続いた。
急斜面の中、4人は素早くシュンっと風を切って、『登る』と言うよりは『飛ぶ』感覚でどんどん進んで行った。
エメレスト山は、鉱物としてのエメラルドが採れる事でも知られている。
南側のゆっくりした道を登って行く人々は殆どの場合、それが目当てだ。
採掘には規制があったが、それでも皆、登った。
純粋な山登り好きはそんな物には見向きもせずに頂上まで目指したが、エメラルド目当ての人達は大概は4合目で下山した。

標高9025mのこの山に、北側から登る者は冒険家でもそうはいない。
まだ北側から頂上まで行けた人物は誰1人としていなかった。
南側からなら両手程の人数はいたが、とにかく上に上がるに連れ、酸素が少なくなって行くので、登山も厳しくなるのは必然だった。
高山病に掛かる者もいる。
ギャラクターの基地は山の中腹。
それは何故かと言えば、酸素の問題もあるのかもしれない。
その地点が基地を作る限界だったのだろう。
人々に気付かれずに資材を持ち込むだけでも相当な苦労をしている筈だった。
科学忍者隊はいざと言う時の為に小型酸素ボンベを複数個持参している。
標高3000mを超えた辺りで酸素が薄くなって来た。
しんがりを走っていた甚平が急にフラリとした。
高山病の症状は頭痛・吐き気・眩暈・眠気と言われている。
甚平は明らかに高山病に掛かったのだ。
身体が小さい分、他の者よりも発症が早かったのかもしれない。
「健!甚平が高山病に掛かった!ちょっと待て」
ジョーはすぐに異変に気付いて、ジュンと一緒に甚平を寝かせた。
ジュンが甚平の小型酸素ボンベを取り出して、彼の口に咥えさせる。
「少し休ませよう。俺達も休憩を取ろう」
健が岩に腰掛けた。
「恐らくはそろそろ到着すると思われる。
 俺達もこの後は酸素ボンベを装着しよう。
 敵の警戒も厳重になって来る筈だから、みんな気をつけろ」
健はリーダーらしく指示をする。
頼りになるリーダーだ。
ジョーはサブリーダーとして、彼を支えて行けばいい。
そんなある程度自由なポジションが彼は気に入っていた。
健とは衝突する事もあったが、仲は良い。
幼い頃から一緒だった事もあり、お互いの事が良く解っていた。
「甚平、気分はどうだ?」
ジョーが横に膝を立てて座り、甚平を気遣った。
甚平こそ、置いて来た方が良かったかもしれねぇな、とジョーは健に眼で伝えた。
健も頷いたが、酸素ボンベを着けた事で、甚平は回復した。
「ごめんよ、みんな。おいらもう大丈夫だよ」
「喋るな、馬鹿。酸素ボンベをしっかり咥えてろ」
ジョーは甚平を窘めてから、自分もボンベを取り出した。
全員が酸素ボンベを着けた処で、彼らは再び急斜面を飛ぶようにヒュッヒュッと軽やかに上がり始めた。




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