『大型拠点(2)』

4人は酸素ボンベを咥えたまま、無言でヒュヒュッと小気味良い音を立てながら、急な山を上がって行った。
所々は崖と言ってもいいような難所である。
誰1人登頂に成功していないと言うのも頷ける。
急な道なき道を登って行く。
途中から本当に崖のように垂直に切り立っている場所に出た。
4人は特別な装備をしていなかった。
「見ろ。誰かが残したハーケンがあるぜ。あれを使おう」
ジョーが親指で後方を指した。
酸素ボンベを咥えたままなので、声がくぐもっている。
「この辺り、やたらに骸骨が多いな。
 登って来た人間をギャラクターが追い落としたって事か…」
健が腕を組んだ。
「そうかもしれねぇな。中には自然災害もあるだろうがよ」
「酷いわ……」
「お姉ちゃ〜ん」
甚平はジュンにしがみ付いた。
「馬鹿ね。男の子でしょ?」
ジュンは甚平を諭した。
その間に健が双眼鏡で覗いて、何かを発見した。
「ジョー、あそこを見てみろ。
 何だかあそこだけ岩肌が違うように見えないか?」
「何!?」
ジョーも健から受け取った双眼鏡でそれを見た。
「うん。間違いねぇ。あれが基地だと思うぜ」
2人の意見は一致した。
「ハーケンは途中までで終わっている。
 その後は素手で登るしかねえ」
「竜を置いて来て正解だったかもね」
甚平が溜息を吐いた。
「みんな足場に気をつけろよ」
健はそう言って、自らが先にハーケンに手を掛けた。
その後にジュンが続く。
ジョーは甚平の事が気になったのか、その下に着いた。
健にはジョーのその配慮が有難かった。
さすがはサブリーダー、と変な処で感心した。
そして、決意を込めた瞳で、彼は登り始めた。
此処が本部かもしれない、と思うと、気持ちが逸った。
健にもギャラクターに対しては苦い思いがある。
父親であるレッドインパルスの死は、自分の失態もあったが、結局はベルク・カッツェの陰謀によるものである。
瞼の父と知った途端に訪れた別れは、切ないなどと言う言葉では表わせない程、彼の心に傷を付けた。
しかし、彼はジョーに比べればかなりその復讐心を抑え込んでいた方だった。
一時期荒れはしたものの、仲間のフォローもあってか、何時の間にかそれを克服していた。
胸の中に秘めた物はあったかもしれないが…。
だが、今またその怒りがまた今、沸々と沸き上がって来ていた。
ジョーは殿(しんがり)を行きながら、健のその怒りのオーラを感じ取っていた。
(今、奴は俺と同じ気持ちになっている…。
 俺はこれが普通だが…、健、常軌を逸するなよ!)
祈るような気持ちで、ジョーは登った。
「おい甚平、大丈夫か?」
「うん」
短い言葉で会話をしながら、ジョーは甚平の下を登って行った。
やがて、ハーケンが中途半端に刺さっている処で、ついに途絶えた。
「ここからは素手だ。全員気をつけろ」
「ラジャー!」
健は岩場のちょっとした出っ張りに手足を掛けながら、慎重に登って行く。
後の3人もそれに続いた。
殆ど垂直の状態だった。
一旦足を踏み外せば真っ逆様だ。
ジョーはジュンと甚平を心配した。
山登りに何の装備もして来なかった準備不足を考えてもみたが、今更仕方のない事だ。
それに、ハーケンを打ち込んでいては、侵入者あり、と音で敵に知らせるようなものだ。
登山家がやられたのは、その為に違いない。
事実、行方不明者が出ていたし、下には骸骨もあった。
これで良かったのだと、ジョーは思った。
それにしても酸素が薄い…。
みんな乗り切れればいいが…。
それを考えているのは、ジョーだけではなく、リーダーの健も同じだった。
此処で戦力を失う訳には行かなかった。
ハーケンのない山登りは、いくら科学忍者隊とは言え、かなりの苦痛と危険を伴った。
手足を掛けた岩の出っ張り部分がいつ崩れるかは解らないのだ。
生命綱もない。
しかし、彼らは踏み止まった。
そして、漸く岩肌の感じが違うと見えた場所に到達した。
近くで見ると明らかに違う。
これは偽装岩肌だ。
此処に基地がある事は間違いない。
この岩肌が開いて、何かが出入りする事があるのかもしれない。
中心部に縦に真っ直ぐな亀裂が入っていた。
此処まで来なければ見えない物だった。
「ようし。健、俺に任せろ!」
ジョーは危険を覚悟で片手を離した。
そして、エアガンのワイヤーを伸ばして、その亀裂に銛を喰い込ませ、エアガンを引いて引っ掛かったのを確認すると、彼はそのままワイヤーを引き戻した。
自然、ジョーの身体はその入口らしき岩肌に引き寄せられる。
そのまま銛が喰い込んだ処に手を掛ける。
力技でそっとジョー自身が通れるぐらいのスペースを開けた。
中を見ると、通路が出来ていた。
やはり此処は敵基地の出入口の1つだったのだ。
彼はそこへ入り込み、仲間達に向かってワイヤーを伸ばした。
まず健を引き上げ、ジュン、甚平の順に引き上げた。
ジョーはまたその開いた扉を閉めておいた。
「よし、潜入に成功したぞ」
健はこれからの事を考えた。

「竜、無事に基地へと潜入した。
 居眠りしないで、ちゃんと待機していろ」
健がブレスレットに囁いた。
『解っとるわい。こんな大事な時に居眠りなんかしねぇ。
 みんな気をつけろよ』
すぐさま竜の答えが返って来た。
「言われなくても解っとるわい」
ジョーが冗談で竜の口真似をした。
それが全員の緊張を解した。
「よし、行くぞ!」
まずは長い通路を走るより他なかった。
基地内の様子が解らない。
此処はただの通路のようだった。
通路とは言っても、真ん中に線が走っていて、幅広い。
酸素があるので、酸素ボンベは各自腰ベルトに仕舞った。
「まるで小さな滑走路のようだな…」
健が呟いた。
「此処から偵察機みてぇなのを出動させていたのかもしれねぇぜ」
ジョーもそれに答えた。
4人は充分な警戒をしながら、走ってズンズンと先へ進んだ。
どこから何が出て来るか解らない。
もしかしたら罠が待っているかもしれない。
ジョーは五感を研ぎ澄ませながら、走った。
「健!赤外線センサーだ!」
彼が叫んだ時には、健も同時にそれに気付いて手前で動きをピタっと停めた。
さすがはリーダーである。
見ると通路の左右に丸い枠が規則正しく配置されており、かなり長く続いていた。
「下を潜るしかねぇな」
4人は匍匐前進でセンサーを潜り抜けた。
「竜だったら引っ掛かってたかもな」
無事に抜けて立ち上がった処で、甚平が言った。
「甚平!止しなさい」
ジュンがまた甚平を窘める。
「おい、ぐずぐずするな!」
ジョーが言った時、健は既に先へと走り始めていた。
逸る気持ちが抑えられないのは、ジョーも同じだ。
通路は戦闘機や偵察機が出られる程の広さだ。
ジョーはすぐに健に追いつき、並んで走った。
「健、気持ちは解るが逸るなよ」
「ジョーにそんな事を言われるとは思わなかった…」
健が意外そうにチラッとジョーを見た。
「おめぇはリーダーだからさ。
 いざとなったらおめぇは生きて還れ。
 俺がその分働く」
「馬鹿言うな!死ぬ時は一緒だ」
健はそれっきり前を見て、何も言わなくなった。
随分と長い滑走路だった。
やがて、戦闘機の保管所に出た。
広い。
国際競技場位のスペースは優にありそうだ。
数十機の戦闘機や偵察機がそこで眠っていた。
4人は言葉もなく、立ち尽くした。
「ボーっとしている場合ではない。
 此処から別の部屋に通じている筈だ。
 俺とジュン、ジョーと甚平に分かれて探索するぞ」
「おう。健、気をつけろよ」
「お前達もな」
健とジョーは自然に握手を交わして、ジョーは踵を返した。
「甚平、行くぞ。遅れを取るな」
「この燕の甚平様が遅れを取るなんてこたぁございやせん」
甚平にはまだ冗談を言う余裕があった。
ジョーはそれを聴いてニヤリとした。
そして、真顔に戻って風のように走り抜けた。




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