『苛立ちの羽根手裏剣』

「くそぅ!うるせぇ!」
ジョーは羽根手裏剣で見事に蚊を撃ち落とした。
此処は彼のトレーラーハウスの中だ。
羽根手裏剣はそのまま壁際のクローゼットの上にあった何も入っていない花瓶を粉々にした。
「おいおい。羽根手裏剣なんか使うからだ…」
一緒にコーヒーを飲んでいた健が呆れ果てながら、ジョーを宥めるように言った。
ジョーが苛々しているのは、今日の任務でバードミサイルを外し、竜巻ファイターまで2度も失敗してしまったからだ。
健は科学忍者隊のリーダーとしてその事に触れない訳には行かず、その夜ジョーのトレーラーハウスを訪ねて来たのだった。
「ジョー、お前、どこか悪いんじゃないのか?お前には絶対に有り得ないミスだろう?」
健がそう言った直後にジョーは羽根手裏剣を飛ばしたのだ。
『煩い』と言ったのは、蚊に対してだったのか、それとも健に対してだったのか…。
ジョーは座っていたベッドから降りた。
「ちょっと頭痛がしてただけだ。もう何ともねぇよ。今の羽根手裏剣捌きをとくとご覧になっただろ?」
砕け散った花瓶を片付け始める。
「だったらいいんだがな。お前、顔色が悪いぞ…。その頭痛はいつからあった?」
「今日だけの事さ。何ともねぇって言ってるじゃねぇか?
 俺だって人間だ。たまには体調を崩す事だってあるだろ?
 おめぇだって風邪を引いたりするじゃねぇか?それとどこに違いがあるってんだ?」
ジョーの健を見る眼つきが険しくなる。
「おお、コンドルのジョーが睨みを利かせると怖いもんだな。
 ギャラクターの奴らはいつもこんな思いをしているのか…」
「何、すっ呆けた事を言ってやがる?コーヒーを飲み終わったらさっさと帰(けえ)れよ!」
「ああ、夜遅くに悪かったよ。まあ、そうカリカリするなって」
健はジョーの剣幕に取り敢えず退散する事にした。
「だがな。俺は科学忍者隊のリーダーだ。メンバーの体調不良を把握しておく義務がある」
健は言い置いて出て行った。
残されたジョーは唇を強く噛んだ。
この処頻繁に激しい頭痛や眩暈を起こす事がある。
帰宅してすぐにジョーはベッドの上に酷い頭痛で倒れ込んでいた。
健が訪ねて来たのはその時だったのだ。
任務中に症状が出て来てしまった事で、ジョーは自分の身体に巣食っている何か只者ではないどす黒い物を感じ取って、苛々していた。
健は今日のジョーの失態について、南部博士には報告していないようだが、いずれは誰かから漏れてしまうかもしれない。
身体の不調を隠し通さなければ、科学忍者隊のメンバーから外されてしまう恐れがあった。
そのような事は絶対に避けたかった。
(俺は決しておめぇらの足を引っ張りたくねぇ。
 もしもの時には自分の身は自分で始末を付けるぜ…)
ジョーは健の背中を見送りながら、内心で呟いていた。

食事を摂る気にはならず、そのまま横たわって眠ってしまった。
覚醒作用があるコーヒーを飲んだのにも関わらず、眠れると言う事は彼が余程に疲弊していると言う事だろう。
夜明け前、再び頭痛に襲われて目覚めるまで、ジョーはぐったりとして苦しそうに眠っていた。
度重なる頭痛で明らかな病魔が自分を襲って来ている事を彼は改めて思い知らされるのであった。
確かにその病魔が少しずつ進行している事も。
(一体俺の身体はどうしちまったんだ?この頭痛と眩暈は一体…?)
ベッドの上でのた打ち回りながら考えを巡らせていたが、痛みがしばしばその考え事を中断させた。
(ふん!考えたってしょうがねぇ!死ぬ時は死ぬ時だ!
 闘いの中で華々しく派手に死んでやらぁ!道連れは出来るだけ多い方がいいな…)
だが、科学忍者隊の一員として体調管理が重要な事もジョーには充分過ぎる程解っていた。
この体調不良を彼は精神力で跳ね返そうとしていた。
無理矢理に、まるで義務のように食べ物を胃の中へ送り込み、帰宅する前にドラッグストアに寄って買って来た市販の頭痛薬と吐き気止めを飲むと、ジョーはまたベッドに横になった。
どうせ気休めだろう、と言う事は解っていた。
夜明けまでもう少し時間がある。
それまで身体を休めて痛みが収まったら、ISOの特別訓練室に行くつもりでいた。
不調は訓練でカバーする。
眩暈が起きた時、頭痛が起きた時、どのようにして自分の持つ戦闘力を呼び覚ましたら良いのか…。
それを身体に叩き込んでおこう、とジョーは考えたのだった。




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