『大型拠点(5)』

ジョーと甚平は暗闇の中に立っていた。
まだメカ鉄獣の製造工場と、電力室を1つ破壊しただけだった。
この先、どの位闘わなければならないか、全く予想も付かない。
とにかくそれだけ大規模な基地だった。
エメレスト山は殆どギャラクターに占拠されているかもしれない。
そうなると、万が一の場合にはこの世界遺産が消滅する事も有り得る。
第二次世界大戦の時に日本の文化財を破壊しないように配慮した米軍とギャラクターとは根本的に違う。
ジョーはエメレスト山が破壊される事を恐れた。
ギャラクターの本部かもしれないこの場所を、綺麗さっぱり消滅させるには、エメレスト山も犠牲になる事になる。
もし、基地だけを爆破する量の爆弾を使用したとしても、山の形状が変わってしまったり、崩れてしまう事は間違いのない事だろう。
科学忍者隊は任務となればそう言った事を考える必要はなかった。
考えるのは南部博士の役目だからだ。
だが、科学忍者隊が任務の中で自然や街を破壊して来た事は、事実であった。
その事に気付いてはいたが、眼を瞑っていたのかもしれない。
身を以ってその事を教えてくれた青年もいた。
(こんな場所に本部なんか作りやがって!)
ジョーは怒りに震えた。
「ようし、甚平、行くぜ」
「うん」
ジョーは怒りの鉄拳を握り締めたまま走り始めた。
暗闇の中、また敵兵がわらわらと現われた。
「しつけぇな!」
ジョーは身を低くして、長い脚で敵兵の脚を払った。
夜目が利くように訓練してあるし、もう暗闇にも眼が慣れた。
どうっと音を立てて、敵が倒れて行く。
その上のスペースを利用して、甚平がジャンプをし、敵兵の首にアメリカンクラッカーを巻き付けている。
羽根手裏剣が舞う。
エアガンの三日月型のキットが飛ぶ。
ジョーの、甚平の身体が自由自在に動き回った。
「甚平。これだけ奴らが出て来たって事は、この先にまた何かがあるぜ」
「うん、おいらもそう思う」
2人は凸凹コンビだが、闘いのコンビネーションは絶妙だった。
ジョーは伸びやかにその肢体を伸ばして闘った。
まさに全身是武器。
身体中で表現する俳優のように、ジョーは現代の武者とも言うべき危険な役を演じ切っている。
これが舞台や映画なら賞でも貰えそうな見事な闘い振りだった。
その身体の指1本までもが武器として働きを示していた。
羽根手裏剣を繰り出す時の加減。
それは彼の指の微妙なコントロールが物を言うのだ。
誰にも真似の出来ない小技を利かせて、ジョーは羽根手裏剣を飛ばす。
手首のバネも利いている。
寸分の狂いもなく、狙った場所に命中させる事が出来る彼の腕は、やはり射撃の名手故の事なのだろう。
動体視力も人よりも並外れて優れている。
だから、敵の動きを読めるのだ。
読んだ上で無意識に計算をして、羽根手裏剣やエアガンを繰り出している。
長い間闘っている間に自然に身に着いたものだ。
18歳と言う若さで、達人の域に達している。
射撃の腕も、『国連軍選抜射撃部隊』の隊長までが絶賛している位だった。
ジョーは今も走りながら、正確にマシンガンを持つ敵の手の甲を羽根手裏剣で射抜いた。
「むっ?」
ジョーは前方に左右に渡る通路がある事に気付いた。
その通路に左右にはそれぞれ奥まった処に部屋があった。
「甚平。どっちがいい?」
「右、かな?」
「ようし、左から行こう」
「何だよ、それ?」
ぶつくさ言いながらも、甚平はジョーに続いた。
その部屋からは明かりが漏れていた。
ジョーはドアを蹴破った。
結構広い部屋だが、何かのコンピューターが蠢いていた。
電力室を破壊したのにも関わらず動いていると言う事は、非常用電源を使っているか、別の電力室から電力の供給を受けているのかもしれない。
どこをどう制御しているのか解らなかったが、この部屋も破壊しておく必要がある。
「甚平、行くぜ!」
敵兵のマシンガンの咆哮に、2人はパッと分かれた。
2人の闘い振りは鮮やかと言うしかなかった。
てきぱきと敵兵を薙ぎ払って行く様はまるで掃除をしているようにも見える。
『ゴミ』は2人によって、どんどん排斥されて行った。
「甚平、どうやらこの部屋は全体の管理をしているらしいな。
 見ろ!スクリーンに健達が映っている」
健達もその中でバトルを繰り広げていた。
驚いた事に、健とジュンが別々にスクリーンに映し出されている。
ジョー達もこうして監視されていたのだろう。
「甚平っ!」
「解ってるよ」
甚平は踵から時限爆弾を取り出した。
爆弾はそう多数持っている訳ではない。
健達の方は画面で観る限り、出来るだけ健のマキビシ爆弾で対応している様子が窺える。
「此処のデータは恐らくベルク・カッツェの元に送られている。
 早くするんだ」
「ラジャー」
ジョーはまた敵兵を1人で引き受けた。
彼が回転すると、敵兵がドドっと倒れた。
長い脚で一気に敵を薙ぎ払ったからである。
凄い脚力だ。
その返す刀で、ジョーは更に別の敵へとキックをお見舞いし、その横にいた男に重いパンチを喰らわせている。
それが一瞬の事に見えるのだから、素晴らしい事だ。
敵兵にはジョーの動きが見えなかったに違いない。
何故自分がやられたのか気付かぬまま意識を失って行った者もいる。
後で目覚めて、身体の痛みでジョーにどこをやられたのか気付くのであろう。
ジョーは羽根手裏剣を風の音だけで放った。
風を切るピシュッと言う音が彼には心地好かった。
一瞬後には敵兵の手に刺さっている。
余りの痛みに涙を流している敵もある。
羽根手裏剣には返しがあるので、抜こうとすると余計に痛い。
地球の平和を乱すギャラクター。
これ位の痛みを与えた処で罰は当たらない、とジョーは思っている。
「ジョーの兄貴。準備が出来たよ」
「よし、行くぜ」
ジョーは敵兵に羽根手裏剣を的確にばら撒いておき、甚平と共にスラッと部屋を飛び出した。
すぐに爆弾が爆発した。
次は向かいの部屋だ。
ジョーは勢い良く蹴破る。
だが、この部屋は隊員達の待機場所だったようだ。
今はがらんどうになっていた。
「特に怪しい物はないね」
甚平が踵を返そうとした時、「危ねぇっ!」とジョーが甚平に飛び掛かった。
まだ1人隠れている隊員がいたのだ。
マシンガンがジョーの左肩を掠めた。
ジョーは甚平を庇うのと同時にエアガンでその敵を仕留めていた。
「ジョーの兄貴!大丈夫?」
「心配するな。掠り傷だ。マントがあったからな」
ジョーは左肩を動かして見せた。
「ああ、良かった。おいら気がつかなかったよ…。
 さすがジョーだね」
「いつだって俺がおめぇを助けられるとは限らねぇ。
 自分の事は自分で守れ」
「ラジャー」
ジョーは説教はその位にして、とにかく通路を進む事にした。
外は相変わらず暗闇のままだった。
あのコンピューター室だけがどこからか電力供給を受けていたのだ。
2人は、しつこい敵兵を丁寧に1人ずつ片付けて行く。
こんな事がいつまで続くのか、と苛立ちが募る。
此処が本部だとしたら、早くベルク・カッツェや総裁Xの元へと辿り着きたい。
健達の方が先に司令室へ到着するかもしれない。
ジョーはベルク・カッツェは自分の手で葬りたいのだ。
そう思うと、彼は落ち着いてなどいられなかった。
(だが、急いては事を仕損じる、と言う諺もある。
 今こそ落ち着け、コンドルのジョー!)
ジョーは自分自身に叱咤して、眼の前の敵に集中するのであった。
カッツェは彼の両親を殺す命令を直接下した人間だ。
ジョーにとっては、仇そのものである。
ギャラクターも憎いが、その首領であるカッツェはもっと憎い。
総裁Xは直接ジョーの両親の死には関与していない。
だから、憎しみのベクトルはカッツェの方に向いていた。
肩の傷はマントが捲れ上がり、肉を抉られた事が解るが、ジョーにしてみれば大した傷ではなかった。
出血はあったが、手当をする必要もない。
甚平は心配をしている様子だったが、やがてジョーの働き振りを見て、安心したらしい。
自分の闘いへと没頭して行った。
それで無ければ行けねぇ、とジョーは思った。
闘っている時に仲間を気遣っている余裕はない。
自分で自分の身を守る事が要求される。
それが科学忍者隊として当たり前の事だった。
だが、自分はつい仲間を気に掛けてしまう。
無意識の内なのだ。
敵に対して油断は決してしない彼だが、仲間達にも気を払っている。
それは任務の時の彼の行動を見れば解る。
言葉では言わないが、一番仲間思いなのは彼なのだと、健やジュンなどは理解している。
ジョーは口が悪いので誤解されやすいのだ。
誤解されたままでそれを解こうとしないのが、ジョーの良くない処だ、と健は思っていたが、ジョーは知った事か!と気にしなかった。
だが、仲間の死は見たくなかった。
それ故に身体が勝手に動いて、仲間を庇ってしまうのである。
例えその為に自分が傷を受けたとしても……。
(ちっ、俺はまだまだ甘いな…)
ジョーは内心で呟くと、気合を込めて敵兵に襲い掛かるのであった。
暗闇の中、彼の羽根手裏剣がピシュッと華麗に舞った。




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