『大型拠点(7)』
ついに『本部』の司令室に突入した。
ジョーの感慨は深かった。
ベルク・カッツェも、総裁Xもいる。
とは言っても、総裁Xはスクリーンに映っているだけなので、別の場所にいるのかもしれないが…。
ジョーが発信したバードスクランブルで、健達もこちらに向かっている筈だ。
ゴッドフェニックスで待機している竜も、「いよいよか」と心を引き締めているに違いない。
カッツェが嘲笑うように、ジョーと甚平を見た。
「何だ、小童ども。たった2人でのこのことやって来たのか?」
本当に癇に障る声だった。
ジョーはカッツェの顔面にクリーンヒットさせて、その口を黙らせたい衝動に駆られた。
だが、まずは眼の前の敵兵を片付けなければ、カッツェの処まで到達出来ない。
この間に逃げられなければいいが、此処が本部だとしたら、奴は逃げまい。
ジョーはそう思いながら、敵兵と乱闘を始めた。
左肩に裂傷を負っているが、不思議と痛みは感じなかった。
脳ではアドレナリンが放出されているに違いない。
やっと…、やっと掴んだチャンスだ。
ギャラクターを壊滅させて、カッツェを始末すれば彼は本懐を遂げられる。
10年間に募らせた恨みが、今爆発しようとしていた。
自分だけじゃない。
自分のような子供を多く輩出して来たギャラクターと言う組織は赦す事が出来なかった。
完膚なきまでに叩きのめしてやる!
彼の意気込みは激しいものだった。
この本部を破壊し尽くすには、世界遺産のエメレスト山をも破壊する事になってしまうかもしれないが、こんな場所に基地を作ったギャラクターが悪い。
科学忍者隊にはどうにもならない事だった。
いざとなったら山毎でも破壊するしかないだろう。
基地だけを破壊出来る爆薬をセットしたとしても、山の地形が変わる事は眼に見えている。
ところで、北側を登っていた登山客達の避難は終わったのか、とふと気になった。
それは国連軍が万事整えている筈だ。
今はそんな事を心配するよりも、任務に集中する事だ。
ジョーは気を引き締めて、敵兵に臨んだ。
目標はただ1つ。
ベルク・カッツェを追い詰める事。
闘い乍らもいつも視野の中にカッツェを入れていた。
ジョーの積年の恨みを晴らす時が来たのだ。
健もきっと同じ気持ちだろう。
彼の方が日は浅いが、カッツェを恨む気持ちは同じ筈だ。
だが、健は科学忍者隊のリーダーとして、カッツェを殺さずに捕まえろ、と命令するかもしれない。
彼自身が以前カッツェに向かって『殺してやる』と口走った事もある程だったが、今の健はリーダーとしての冷静さを取り戻している。
カッツェを捕らえる。
そんな事をしても無駄だ、とジョーは思う。
逃げ足だけは速い人物だ。
きっと上手く逃げ出すに決まっている。
それならば息の根を止めてやれ、と言うのが彼の考えだった。
確かに今、世界各国で進められていると思われる、ギャラクターの悪事を吐かせる事も重要だが、果たしてカッツェが落ちるだろうか?
とても自白するとは思えない。
『落としの誰それ』と言われるようなどんなベテラン刑事を充てたとしても、カッツェは落とせない。
ジョーはそう見立てていた。
そして、その憶測は多分当たっている。
警察がカッツェの取り調べに当たるとは思えなかったが、そこはちょっとした喩えである。
それならば、カッツェをこの手で…。
そうジョーが思うのは無理もなかった。
両親を眼の前で失ったあの光景が脳裡に浮かんで来る。
彼にとっては一生切っても切れない記憶だった。
その記憶に長い間苦しんで生きて来た。
もう18年の人生の半分以上に当たる。
それだけでカッツェの罪は重かった。
1人の少年の人生を滅茶苦茶にした張本人である。
ベルク・カッツェは30代半ばと言った処か。
20代の頃から既に悪事の限りを尽くして来た事になる。
見棄てた部下も数多い。
部下には死を求めてでも、任務完遂を求めた。
悪辣な男−男と言えるのかどうかは解らないが−だった。
ジョーは回転して、長い脚で敵兵を薙ぎ払いながら、少しずつカッツェに迫りつつあった。
甚平の気合も聴こえる。
まだ子供だが、心強かった。
そして……。
「待たせたな、ジョー、甚平」
ついに健とジュンが到着した。
こうして科学忍者隊は倍増し、雑魚兵達を倒すのには、有利になった。
「くそぅ、科学忍者隊め。また出て来やがったか?
そこのお前達、ゴッドフェニックスが近くにいる筈だ。
その中にもう1人の科学忍者隊がいる。
今なら1人だ。叩き潰してしまえっ!」
カッツェが自分の近くにした隊員に指示をした。
「ははっ!」
隊員はカッツェに一礼をして、エレベーターらしき物に乗り込んだ。
「竜、気をつけろ!そっちにギャラクターが行くぞ!」
健がブレスレットで伝えた。
ゴッドフェニックスは5体のメカが合体した状態にあった。
『こっちはバードミサイルも使える。
おらに任せておけ』
「エメレスト山には当てないようにしろよ」
健が釘を差した。
しかし、敵はきっとエメレスト山をバックにして襲って来るに違いない。
竜も危険だ、と健もジョーも憂えた。
敵兵はまだジョーと甚平が戦闘機の格納庫を破壊した事を知らないのだろうか?
それとも他にも格納庫があったのか?
これ程までに大きい基地ならば可能性はある。
メカ鉄獣の製造工場だって、もう1つや2つあってもおかしくはないかもしれない。
「健、そっちの成果は?」
今、ジョーがそんな事を訊く理由を、健は正確に理解した。
「電力室を破壊した事は言ったと思うが、その後、メカ鉄獣の製造工場を爆破した」
「やっぱり複数あったんだな。
それで終わりだといいんだがよ…。
戦闘機の格納庫も少なくとももう1つあるかもしれねぇな」
「竜が心配だ」
「ああ…」
2人は背中合わせになりながら、そんな会話をした。
だが、竜の処に飛んで行く訳にも行かない。
此処は『本部』の司令室なのだ。
総裁Xがめらめらと火を燃やしているかのようだった。
部下達の不甲斐なさを目の当たりに見て、激しく怒り狂っているかのように見えた。
総裁Xはあの場所から出て来られないのだろうか?
自分だけ別な部屋にいて、スクリーンから管理しているのか?
科学忍者隊には何も解らなかった。
とにかく、まずはカッツェを何とかしたい。
竜の事も気になったが、その事に集中しよう、と健とジョーは無言で頷き合った。
言わなくてもお互いに考えている事は解っていた。
長い付き合いだ。
8歳の時に知り合って、11歳の時からは一緒に博士の別荘に住んでいた。
そして、科学忍者隊としての訓練も共に積んで来た。
たまに反発し合う事もあったが、互いに相手の事を思い遣る心も持っていた。
「ジョー、傷を負っているようだが、大丈夫か?」
健が訊いて来た。
「ああ、今まで忘れていたぐれぇだ。大丈夫さ」
「出血が酷いぞ」
確かに周囲には血が点々と落ちている。
「気にするな。今は痛みも感じてねぇ」
「おいらのせいなんだよ。ジョーが怪我をしたのは」
甚平がアメリカンクラッカーを投げつけながら泣き出しそうな顔をした。
「2回目の傷を受けたのは、俺が一拍遅れたからだ。
甚平が気にする事ぁねぇっ!」
ジョーはそう言うと跳躍して、敵兵の鳩尾に重いパンチを入れた。
まだだ。
まだカッツェに手が届かない。
このやたらと多い雑魚兵達は一体いつになれば片付くのか。
ジョーはまた焦りを感じた。
(行けねぇ。焦りは禁物だ…)
自身を叱咤する。
まだそれが出来るだけ彼は冷静でいられた。
「ベルク・カッツェめ!そして、総裁X!
俺が斃してやるから待っていやがれ」
ジョーは呟いた。
それを聴き逃さなかったのが総裁Xだった。
初めてこの場で声を出した。
「全く威勢のいい小童だ。コンドルのジョーよ。
貴様、大人びてはいるが、まだ10代だろうが?」
(俺の名前を知っていやがる。いや、それも当然か…)
低く通る声だった。
マイクを通しているような声に聴こえた。
やはりあれは総裁Xの本体ではない、とジョーは確信した。
それならば、どこにいるのか?
まだ探さねばなるまい。
だが、総裁Xよりもまずはベルク・カッツェだ。
科学忍者隊は闘志を燃やした。
各自の気合が響いた。
健は「バードランっ!」と叫びながら、自分の投擲武器を飛ばして一気に敵を何人も倒す。
彼の自由自在になる武器だった。
ジョーは羽根手裏剣とエアガンを使って、全身を武器にして闘う。
武器利用の正確さはこの上もなく素晴らしいものだった。
ジュンはヨーヨーを扱って、敵に打撃を与えたり、首を絞めたりと、様々な利用方法で敵兵を倒している。
彼女のキックもなかなかの物だ。
甚平はその身体の小ささとすばしこさを最大限に利用して、敵兵を翻弄する。
相手が大人だけに、子供サイズの甚平の取り扱いには戸惑うらしい。
竜は大きな身体を武器に力技で行く。
時には自分の体重を使って攻撃対象に向けて威力を発揮させる。
この個性的な闘いをする科学忍者隊が、ついにベルク・カッツェを追い詰め、本部を潰す時が来たのだ。
ゴッドフェニックスに残っている竜を含めて、全員が大いに緊張した。
そして、強く気を引き締めた。
これが最後の闘いになるかもしれないのだ。
悔いのない闘いにしたいと全員が願っていた。