『シチリアレモンジェラート』

「ジョーの兄貴、ご馳走様」
甚平は漫画のようにお腹を膨らませて、大満足の様子だった。
ジョーは賞金が入ったから、とトレーラーハウスに泊まる予定の甚平に夕食をご馳走してやったのだった。
たまには自分が作った物以外の食べ物を食べさせてやりたい、と言う兄貴分らしい思いから来たのだろう。
自分が懇意にしているイタリアンレストランに連れて行ったのだが、まあ、甚平は良く食べた。
「そんなに腹を膨らませて、急に任務が入ったらどうすんだい」
ジョーは呆れ気味に呟いた。
奢り甲斐はある。
食べ盛りだし、お金が掛かっても構わないと思って連れて来た。
だが、妊婦のように膨れている甚平のお腹には呆れた。
甚平はベルトがきつくなって、ウエストを緩めている。
ジョーの腹部は引き締まったままだ。
「ジョーの兄貴こそ、おいらより身体が大きいんだから、もっと食べなきゃ駄目じゃん。
 おいらよりかなり食べた量が少ないよ」
「俺にはこれで充分なのさ。もう育ち盛りじゃねぇからな」
ジョーは笑った。
「これからシチリアレモンのジェラートが来るんだが、大丈夫かよ?」
「うん、デザートは別腹!」
「それだけ食べても甚平の身体は枯れ枝のようだな。
 その歳で筋肉も着いている。
 竜のような身体にならねぇのは、おめぇの代謝が余程いいと見える。
 まあ、任務も厳しいし、店でも良く働くしな」
「ジョーの兄貴、おいらの事を気遣って、時々トレーラーに泊めてくれるんだろ?
 有難う。おいら、感謝してるよ。
 お姉ちゃんも『宜しく』って言ってたよ」
「別によぉ。そんなつもりはねぇんだが、おめぇが来たそうだったからな」
ジョーはそっぽを向いた。
照れ臭かったのだろう。
人に感謝されるような事をする事が、自分には似合わないと思っている。
「お待たせ致しました。シチリアレモンのジェラートでございます」
若い20代ぐらいのウェイトレスがやって来た。
ジョーとは顔見知りらしい。
にっこりと笑って、
「弟さんですか?微笑ましいですね」
「俺には弟はいねぇ。知り合いの子だ」
「そうなんですか。良く懐いてらっしゃるから、弟さんかと思いました」
失礼します、と頭を下げて、ウェイトレスが下がった。
「ジョーの兄貴とおいら、全然似てないのに、弟に見えたのかなぁ。
 仲良し兄弟に見えたのかなぁ?」
甚平は少し嬉しそうに言った。
科学忍者隊には兄貴分が3人いるが、竜は彼にとって、歳の離れた友達のようなものだった。
リーダーの健を『兄貴』と慕っているが、健はいつもオケラで甚平にご馳走してくれるなんて事はない。
こう言う『構い方』をしてくれるのは、ジョーだけだった。
一緒に出掛ける『友達』の竜とはまた違った存在なのだ。
「別腹って言うのはな、喰いてぇものを見ると、胃の中で食べたものが端に寄って行って、新たな食べ物を受け入れる体勢を作り出すから、喰えるんだ。
 おめぇの胃袋は伸縮性が強いんだな。
 そして、代謝がいいから、その細い身体を維持出来る。
 食べ盛りとは言え、俺と健はそんなには喰わなかったもんだが、おめぇには本当に驚くぜ」
「あ、ごめん。おいら、調子に乗って食べ過ぎた?」
「馬〜鹿!代金の事を心配しているんじゃねぇ。
 気にするな。さあ、喰えよ。
 腹ごなしに海辺にでも行って、それから帰ろうぜ」
「ジョーの兄貴って、意外にロマンチストだよね。
 夕焼けとか星空とか、好きだよね。
 もっとリアリストなのかと思ってたよ」
甚平に痛い処を突かれた。
彼のポジションとしては、リアリストだと思われていた方が都合がいい。
「さっさと喰え。けえるぞ」
急にジョーがつっけんどんになったので、甚平は笑いを堪えながら、大人しくジェラートを食べた。
食後のデザートとしては重過ぎず、爽やかな味が口の中一杯に広がった。
これがジョーの故郷の味か、と甚平は涙が出そうになった。
ジョーはこの店に来て、時々故郷の味を懐かしく楽しんでいたに違いない。
甚平がこのジェラートを店でも作って出して上げよう、と思ったのはこの時だった。
(お姉ちゃんに相談してシチリアレモンを仕入れよう。
 きっとジョーの兄貴、喜ぶぞ)
甚平はわくわくして来た。
明日の仕入れの時に探してみよう。
甚平は最後のジェラートも綺麗に食べ終わり、「ご馳走様ぁ〜」と機嫌が良さそうに言った。
「G−2号機で海辺に行くぜ。
 散歩がてらに歩いたら、おめぇのその腹もすぐに引っ込むだろうぜ」
「確かにこのままじゃ、急に任務が入ったら、南部博士にビックリされちゃうね」
甚平は屈託なく笑った。

その日はジョーと星が瞬く海辺で遊んだり走ったりして帰り、ジョーが用意していたハンモックで寝た。
眩しい陽の光で、自然に目覚めると言う良い朝を迎えた。
朝食を摂ると、甚平は「じゃあ、帰るね」と言った。
男のロマンとも言うべきトレーラーハウスを去るのは名残惜しかったが、甚平にはする事があった。
「仕入れに行かなくちゃ行けないから。
 ジョーの兄貴、いろいろと有難う」
甚平はそう言って出て行った。
その足ですぐに『スナックジュン』に帰った甚平は、ジュンに『シチリアレモンのジェラート』の事を相談した。
仕入れの為に店の備品をチェックしていたジュンも、その話に乗った。
「あら、それはいいアイディアね。
 店の定番メニューにするのもいいわ。
 何よりジョーが喜ぶでしょう。
 甚平にしては上出来よ」
「お姉ちゃん、『甚平にしては』は余計だよ」
「うふふ。ごめんごめん。
 昨日は楽しかった?」
「うん、美味しいイタリアンを鱈腹ご馳走になっちゃった」
「甚平はいいわね。美容の事を気にしなくてもいいから」
「お姉ちゃん、美容に気を遣ってたの?」
「あら、いやだ、この子ったら。当たり前じゃない。
 スタイルを保つのは大変なのよ」
「お姉ちゃん、スタイルだけはいいもんね〜」
「何ですって〜!スタイル『だけは』ってどう言う意味よ!」
「そのままの意味さ〜!」
「甚平っ!」
店内で追い掛けっこが始まった。
全く仲良し姉弟である。

その日からあの味を再現する甚平の奮闘が見られた。
ジュンはそれを食べていないので、何とも意見を出す事が出来ない。
甚平は、ジュンが仕入れて来てくれたシチリアレモンを使って、想像したレシピをいろいろと試してみた。
ジョーが甚平にご馳走してくれたジェラートには、少しだけ蜂蜜が掛かってはいたものの、後はシチリアレモンのシンプルな味がしただけだ。
その蜂蜜が何なのか掴めない。
甚平はジェラートを多めに作り、店にある数種類の蜂蜜を掛けて試食してみた。
全部違って、落胆した。
そんな折、ジュンが仕入先から持ち帰った物が味の決め手となった。
「甚平!シチリア産の蜂蜜があったのよ!
 それも作った人が養蜂家のジュゼッペ・コニーリォさん(※実在の人物)なんですって!」
「ジョーのお父さんって言う事とおんなじ名前?」
「そうなのよ。何か縁を感じて買って来てしまったわ」
「お姉ちゃん、有難う。これで試してみようよ」
「天然蜂蜜よ。それも『レモン味』なんですって!
 オレンジ味とかもあったけれど、これが当たりのような気がする。
 早く気付けば良かったわ。
 シチリアは蜂蜜の名産地だったのね」
ジュンの声が湿った。
これを食べた時、ジョーはどう思うだろう?とふと思い遣った。
まさか泣いたりはしないだろうが、子供の頃の記憶が一気に押し寄せるかもしれない。
「とにかく、甚平、作ってみて」
「うん」
甚平はまずシチリアレモンを使って作っておいたジェラートを、冷凍庫から取り出した。
ワイングラスを小さくしたような透明な器に盛られている。
それに、ジュンが買って来た蜂蜜を、イタリアンレストランで掛けられていたように、スプーンで丁寧に少量ずつ垂らしてみる。
そして、真ん中にミントの葉を置いた。
甚平はそれを2つ作った。
「甚平。試食してみなさいよ」
「うん」
甚平はジュンが出してくれたスプーンで、早速味見をした。
「ああ!これだよ、お姉ちゃん!この味だ!
 今までのと全然違う!
 これならジョーが喜ぶよ」
「そう?じゃあ、私も試食させて貰うわね」
ジュンもスプーンをジェラートにそっと差し込んだ。
「ああ…。これがジョーの故郷の味なのね…。
 酸味が効いているけど、この蜂蜜がそれを中和していてとても美味しいわ。
 きっとお店でも人気メニューになると思うわよ」
「やったぜ、お姉ちゃん。
 お姉ちゃんが仕入れて来てくれなかったら、これは作れなかったよ。
 ありがとうね」
甚平が涙を浮かべた。
「どうして泣いているの?」
「嬉し泣きだいっ」
「まあ、甚平…」
ジュンは甚平が心から愛おしくて、優しく抱き締めた。
「貴方は優しい子ね…。きっとジョーも喜んでくれるわ。
 早く来てくれるといいわね。
 驚かせて上げましょう」
「うん」
甚平は涙を拭いて、ジュンに笑って見せた。
その日の夜、サーキット帰りのジョーにジェラートを出した時の彼の反応は、きっと甚平は一生忘れないだろう。
ジョーの瞳にはほんの一瞬だけ涙が浮かんだのだ。
すぐにそれをゴミが入ったと見せ掛けて誤魔化したジョーは、「甚平、有難うな」と優しい声で呟いたのである。
一瞬の涙は故郷を懐かしく思ったものか、それとも両親を思ったか…。
それは甚平には計り知れなかったが、ジョーはそれから良くこのジェラートを注文してくれるようになった。
苦労して作った甲斐があった。
甚平なりの感謝の気持ちが良い形で表わせて『本当に良かった』と思った。
冷たいデザートで温かい気持ちになれる瞬間だった。




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