『長い階段』

「カッツェ!」
ジョーが最後の力を振り絞った羽根手裏剣は憎っくきベルク・カッツェのこめかみには命中しなかった。
執念を込めて放った羽根手裏剣だったのだが、手元が僅かに狂ってしまった。
百発百中の羽根手裏剣を、『交わされた』のではなく外してしまったのだ。
「死に損ないにやられる私では無いわ!」
甲高い耳に障る声が、嘲笑った。
(くそぅ…)
ジョーが力尽きて床に身体を伸ばした時、スクリーンの向こうにゴッドフェニックスが映っているのが見えた。
これがジョーが最後に見たゴッドフェニックスの姿だ。
ジョーはニヤリと笑うのだった。
(これで…おめぇらに『託せる』ぜ…)
消え行く意識の中、ジョーは考えを巡らせた。
(何としても此処から脱出し、あいつらに本部の入口を伝えなければ…。
 このまま死ぬ訳には行かねぇんだ…)
ジョーはカッツェの前からまたしても監禁部屋に向けて連れ出された。
ギャラクターにとっては、ジョーは大事な人質なのだ。
(人質にされて、健達の足手纏いになるのはごめんだぜ!)
カッツェの気配が消えるまで離れ、監禁されていた大広間に入ってから、ジョーは自分の左右を固めるギャラクターの隊員に蹴りを入れて持っていた銃を奪うと2人共その銃で足を撃って動けないようにし、その場から抜け出した。
すぐに身体が力を失い、ジョーは通路に倒れ込んだ。
彼の胸から、腹部から、出血は続いていた。
このような深手でも動けたのは、あの妙な注射のせいだ。
そのお陰でまだ這い蹲(つくば)ってでも動く力が残っていた。
護身用の為に奪った銃を腰に押し込む。
そして、腕の力だけで前へと進んでいた。
時折視界が霞むがひたすら『前だけ』を見つめて。

出入口へと向かう階段程、ジョーにとって長いものは無かった。
腕の力で重い身体を引き摺りながら、1段1段上がって行く。
数々の銃創が金属製の階段の鋭角な部分に当たっては疼いたが、その痛みも段々と感じなくなって行った。
(くそぅ…。身体の感覚が麻痺して来やがった…)
それでも、ジョーは前に進む。
ギャラクターの隊員達が入口から駆け下りて来た。
ジョーは階段の隙間に入り込む。
幸いジョーが残した血痕には気づかずに隊員達は走り抜けて行った。
上手く遣り過ごす事が出来たが警戒心を失わずに階段上に這い出る。
しかし、そのまま力が抜け、逆さまに落ちてしまった。
腰に差した銃もその時に失くした。
頭と背中を強く打ち、意識が遠のいて行った。
弱り過ぎた身体には余りにも激しい衝撃だった。

彼がそのままどの位意識を失っていたのかは解らない。
意識を取り戻すと、キッと唇を結んで体勢を立て直し、再び階段を這い上がり始めた。
普通の身体ならサッと身を翻し、数秒で上がれるであろうその階段を上がる事がどれだけ彼の肉体のダメージを更に悪化させた事か。
痛みを感じなくなった分、ジョーは精神力だけで階段を這い上がった。
地上の光が見えて来た。
(もうすぐ…。もうすぐだ…。しかし、長げぇな…)
執念だけが彼の身体を突き動かしていた。
(まだ、死ねねぇ…。健に本部の入口を教えるまでは…)
時々意識が薄れ行く中、ジョーは階段を確実に少しずつ進んで行く。
1段1段が外への1歩だ。
腕の負傷が無かった事も幸いだったかもしれない。
(俺の身体が…動く内に…)
呼吸(いき)をするのも辛かった。
「ぐ…ふっ!」
ジョーは込み上げて来る物を堪(こら)え切れずに吐き出した。
眼の前がパッと赤く染まった。
見る見る内に鮮血が広がって行くのが見えた…。
(へへへ…。俺はどうせ死ぬんだ。もうどんな事が起きたって今更驚かねぇよ…)
彼は不敵な微笑みを貼り付けたまま、ついに長い階段を上がり切った。




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