『BC島の墓』

南部博士はジョーの3回忌の法要を済ませた後、休暇を取って単身こっそりBC島を訪れていた。
ジョーの両親と、ジョー自身の墓に参る為である。
ジョーが亡くなった後、彼の両親の命日に、健達と一緒に離れた場所にあったジョーの墓を、両親の墓の祖母に移動し、改めて埋葬をしたのだ。
(ジョーが逝って2年が過ぎた…。
 ジョー、BC島がどんな風に復興したのか、見たくてやって来たよ。
 君が此処にいるなら、大丈夫だろう。
 きっとBC島は生まれ変わっているに違いあるまい)
博士は市場の花屋で買って来た花を供えた。
BC島は車で周囲を走っても3時間程で済むような小さな島だった。
イタリア本土とは1km程しか離れていないが、12年前に博士が学会帰りに寄った程、風光明媚な観光地として知られていた。
ジョーが生まれ育った土地を改めて良く見たかったので、休暇は5日程取った。
ギャラクターがいた頃なら考えられない事だ。
幼少期のジョーの息吹を感じながら、博士は墓所を離れた。
此処に額づいていても、ジョーはいないのだ。
どこか上の方から見ているかもしれない。
博士の周りにはいつも誰かがいた。
書斎に篭っている時以外には、科学忍者隊であったり、別荘の職員、ISOの職員らに囲まれ、1人でいる事などなかった。
此処では1人の観光客として、『個』に戻れた。
きっとジョーは一緒にいるだろうけれども。
既に12年前に泊まったホテルにチェックインして、荷物は最低限にしていた。
まずジョーが大怪我を負ったと言う教会を訪ねてみた。
此処を見れば、BC島の復興状況が手に取るように解るだろう。
前神父は不幸な出来事の結果、ジョーに射殺されると言う形で死に至ったが、その後教会はどうなっているのか。
ジョーも一番気掛かりな事だろう。
彼は科学忍者隊としての反射的な行動で、アランを撃ってしまった。
自身もマシンガンで撃たれて、意識が朦朧としていた筈だ。
だが、自分のした事を長い間責めていた事を博士は知っていた。
教会は質素だったが、ジョーとギャラクターが闘った跡は綺麗さっぱり消えていた。
建物自体を建て直したようで、まだ建材が新しい。
そこで、神父が島の人や子供達にイエス様の教えの尊さを解いていた。
人々はじっと静かにその話を聴いていた。
博士は邪魔をしないように、そっと外から中を窺っていた。
いつでも誰でも入れるように教会の扉は開かれていた。
人々は穏やかな表情をしている。
アランの跡を継いだと見られる神父はまだ若かったが、恐らくはアランの教え子に違いない。
若いのに、しっかりとした『説教』振りだった。
さぞかし勉強し、修行に励んだに違いない。
博士はアランが遺した功績を確かに此処に見た。
アランはギャラクターに侵略されているこの島の中で、密かに学校に通えない子供達を集め、勉強を教えていたと言う。
それは健から聴いていた。
自分の出自を知って苦しんだジョーは、両親の墓参りに来て、BC島が悲惨な事になっているのを知った。
とても自分を受け入れてくれる場所ではないと。
さぞかし内心では悲嘆に暮れた事だろう。
帰って来た時にはそう言った素振りを全く見せなかったようだが、それから仲間と少し距離を置くようになったと健は言っていた。
幼馴染を殺す為に銃に弾丸を残しておいた訳ではあるまい。
ジョーの心の傷は大きかった筈だ。
ジョーの墓からはそんな無念を感じた。
彼はこの土地に戻って来ても、まだ安らいではいないのだろうか?
いや、島が復興していて、人々の心が癒されて行っていれば、そんな事はないだろう、と南部はその思いを打ち消した。
アラン神父を殺してしまった事は事実だが、島の人々はそれを切っ掛けに立ち上がった。
ギャラクターはこの島に養成所を作っていたが、島から撤退し、地球が救われた後、人々はギャラクターの影に怯える事なく、自分達の島を作り直して来た筈だ。
その地球の平和を齎したのは、ジョーの羽根手裏剣だった。
その後のクロスカラコルムの現地調査で解った事だ。
(ジョー、必要以上に苦しむ事はない。
 見よ、この教会の人々の顔を……)
博士は感動していた。
(君が取り戻したのだよ、この平和を。
 もう、苦しみから解放されなさい)
死してまでジョーが苦しんでいるとしたら、南部博士にとってそんなに辛い事はなかった。
ジョーの一番近くにいる『医師』でありながら、彼の異変に気付けなかった。
彼を救う処か追い詰めてしまったのではないか、と今でも後悔している。
ジョーの墓に参った時には、周囲に人がいない事もあって、博士は思わず涙を零した。
ジョーの前では泣く事が出来た。
(君の不在が堪えているのは、科学忍者隊の仲間だけではない。
 私もなのだよ、ジョー)
神父の説教はまだ続いていた。
気がついたら、また涙が出ていた。
博士はふっと涙を拭いて、教会を立ち去った。
ジョーが暮らしていたと思われる民家のある区域を歩いてみた。
路地裏を子供達が元気に走っている。
今は教会で礼拝の時間だからなのか、まだ小さい子供達ばかりだ。
ジョーを引き取った時、彼は8歳だったが、それよりも小さい子供達がはしゃいでいた。
親達は交代で礼拝に行き、週ごとに係を決めて、まだ教会に通えないような小さな子供達の面倒を纏めて看ているようだった。
2人の大人が子供達を優しく見守っていた。
近所同士でこうやって子供を預けたり預かったり出来るのだ。
最近は余り見ない光景だった。
この島の人々はきっと、よその子供でも悪さをすれば叱りつけるだろう、と博士は思った。
いい島だ。
此処で育った子供達はきっと良い青年になる。
ジョーがいた頃は、まだマフィアも暗躍していたし、ギャラクターもいた。
ジョーは悪ガキで有名だったようだが…。
博士はふと、訊いてみたくなった。
子供達の面倒を見ていた年配の女性に「突然で失礼ですが…」と名刺を渡して訊ねた。
勿論、イタリア語を使っている。
「この辺りにジュゼッペ浅倉と言う人物が住んではおりませんでしたかな?」
「ジュゼッペ・アサクラなら、12年前に殺されたけど、住んでいた家なら残っていますよ。
 もう人手に渡っていますがね」
「良かったら、道を教えて貰いたいのです。
 その家の子供に縁がありましてな」
「ジョージ君も一緒に亡くなった筈ですよ」
その年倍の女性は首を傾げたが、親切に道を教えてくれた。
南部はお礼にと、現地の通貨100リラを取り出したが、女性は受け取らなかった。
「道を教えた位で受け取る事は出来ません。
 さあ、どうぞ、あちらですよ」
博士は促されて、案内された道を行った。
大層立派な家だった。
石造りで2階建てだった。
1階2階共に、木枠を嵌め込んで大きく切り取られた窓が作られていた。
この気候が良い島では涼しく暮らせるのだろう。
寒い時期も少しはあるが、最低気温は8度程度。
雪は降らない。
今にも家の中から元気に走り出て来る8歳のジョージ少年が見えるような気がした。
博士は(来て良かった…)と思った。
この島はもう大丈夫だ。
人々の心は『健康』になり、島は活気を取り戻している。
(ジョー、今、君が此処に帰って来たら、島は温かく君を出迎えただろうな…)
ジョーの気配を感じた。
爽やかな一陣の風が耳元を吹いて行った。
「ジョー、いるのかね?」
声に出して呟いてみた。
博士は郊外に出る事にした。
こんなに歩いたのは久し振りだ。
後で疲れが出て、ベッドで休む事になるかもしれない。
ジョーに笑われるだろう、と思いながら歩いた。
急に道が拓けたようになって、そこには薄ピンクの花が木々に満開になっていた。
日本の桜に似ている。
アーモンドの花だった。
(ジョー、君もこの風景を見て育ったのかね?)
どこまでもアーモンドの木々が拡がっていた。
それを横目で見ながら、博士は誘われるかのように小高い丘に向かって緩やかな坂を登って行った。
島全体を見渡してみようと思ったのだ。
上がって行くと一際高い樹があるのに、気付いた。
そこは幼少の頃、ジョーが良く登っていたあの樹だった。
勿論南部がそれを知る由もなかったが、まるでジョーに誘(いざな)われたかのように自然にやって来て、その樹の幹に寄り掛かって、島を見渡した。
何となく色合いが優しいこの島が一望出来た。
火山も見えた。
もうそろそろ夕暮れ時だ。
ホテルに帰らなければならないだろう。
教会に出向いたのは午前中だったのに、何時の間にかこんなに時間が経ってしまったのだ?と博士は思った。
『博士、帰る前にこの島の絶品の夕陽を見て行って下さい。
 わざわざBC島へ足を運んでくれた博士への、俺の最大限の持て成しです』
ジョーの声が耳元で囁いたような気がした。
博士は驚いて樹を振り仰いだ。
ジョーの声はこの樹の上から聴こえている。
いる筈のないジョーが、樹を揺らした。
「ジョー、やはり来ているのかね?」
博士は樹の上に眼を凝らしたが、人がいる様子はない。
だが、ジョーの気配はそこに在った。
「いい島になったではないか。
 人々の心は健康その物だ。
 もう、君は苦しむ事はないんだよ」
博士は優しく呟いた。
明日1日は12年前に充分に出来なかった『バカンス』を楽しんで、明後日はまたジョーの墓参りをして、島を出ようと計画していた。
5日間の休暇の内、足掛け3日をこの島で過ごす事が出来る。
「ジョー、君が私をこの丘の上に導いてくれたんだね。
 いつか君の『特別な場所』で一緒に見た夕陽と似ているような気がする。
 君はもう自由に故郷に来られる身になったのだろう?
 故郷を懐かしんで夕陽を眺めていた君の気持ちが、此処へ来て良く解ったよ」
刷毛で刷いたような朱色が空を埋め尽くしていた。
その美しさは筆舌に尽くし難い。
(ジョー、有難う。この旅が私の『傷心旅行』だと、君は知っていたのだね。
 こう言った形で私を癒そうとしてくれているのだね?)
博士は眼鏡を下から持ち上げるようにして涙を拭いた。


※この話は、146◆『埋葬〜両親と共に』を踏まえてお読み戴けると良いかと思います。




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