『揚羽蝶(1)』

「博士、お疲れじゃないですか?何なら眠っていて貰っても…」
「うん?」
博士を公用車でISOまで送る道で、ジョーはそう言った。
博士の顔色が優れないのは、室内ミラー越しにも明らかな事だった。
「別に疲れてはいないが、少し寝不足なのでね」
「それなら眠って下さい。出来るだけ静かに運転しますから。
 毛布を出しましょうか?」
「いや、それには及ばん。眼を通しておきたい書類があってね」
「車の中で文字を見るのは疲れるだけですよ、博士」
ジョーは博士の事を慮っていた。
動体視力に優れているジョーにはそんな事はないが、普通の人間なら通常時よりも眼精疲労を感じる筈だ。
視力が落ちる元でもある。
「そうだな。書類はISOに着いてから読む事にしよう」
博士は微笑んだ。
ジョーはそう言う事を気遣えるように、何時の間にか成長している。
その事が嬉しかった。
ジョーがトランクから毛布を出そうと車を路肩に寄せようとした時、博士の持っている通信機が鳴った。
それはギャラクターのメカ鉄獣の出現を告げるものだった。
「ジョー、三日月基地へ行ってくれたまえ」
「ラジャー!」
ジョーは方向転換をした。
この公用車は水陸両用車だった。
G−2号機は丁度メンテナンスの為に三日月基地にあった。
「G−2号機が基地にあるのは都合が良かったな…」
ジョーは呟いた。
博士は状況確認の為、あちこちからデータを集めている。
持っているコンピューターにデータが入って来ていた。
「今回のメカ鉄獣は、蝶の形をしていて、羽ばたく度に何か金粉のような物が飛ばされるらしい。
 それによって、街が破壊されている」
「それは本当の金粉なんですかね?」
「いや、違うだろう。鉄筋コンクリートを破壊するような何かを粉状にしたものだろうな。
 今、ニューオーク市が襲われているそうだ」
「それは大変です!あそこは人口が多い」
「そうだ。メカ鉄獣が暴れれば暴れる程、被害者が多くなる」
「くっそぅ。こんな時に渋滞だなんて……。
 博士、道を抜けますよ」
「そうしてくれたまえ、私は構わん」
博士は自らシートベルトを締めた。
ジョーは少し高くなっていたその道から下の河原に飛び降りた。
事故だと思って慌てた者もいたようだが、ジョーは無事に着地して、そのまま走り去った。

「遅くなったな」
博士がジョーと共に基地に到着した時には他のメンバーは既に集まっていた。
「まだ私の処にも完全な情報が集まっている訳ではない。
 アンダーソン長官に連絡を取ろう」
博士が長官を呼び出した。
先方はスクリーンに映っているが、こちらの姿は向こうには見えていない。
素顔の科学忍者隊の姿を見られる心配はなかった。
『おお、南部博士。ニューオーク市が蝶のようなメカ鉄獣に襲われておる。
 映像を見せるから見てくれたまえ』
アンダーソン長官が映っていた画面に、大きな揚羽蝶が映し出された。
「綺麗だな〜」と感嘆する甚平に、「馬鹿ねぇ。ギャラクターのメカ鉄獣なのよ」とジュン。
確かにフォルムと言い、模様と言い、本物の揚羽蝶が巨大化したかのように見える。
揚羽蝶が羽ばたいた。
そのシーンで画面の動きが止まった。
長官の声だけが流れて来る。
『見てくれたまえ。羽から何か金粉のような物が発せられているのだ。
 これの正体はまだ掴めていないのだが、今、国連軍の科学調査チームに採取をして貰っている処です』
ストップモーションが掛かっていた画面が再び動いた。
カメラはその金粉らしき粉の行方を追っていた。
街の高層ビルに降り掛かる。
するとビルは砂のようになって、いとも簡単に崩れ落ちてしまったのだ。
中にいた人達は生きているのだろうか?とジョーは不安になった。
あの砂の中に飲まれているのではないだろうか……。
早く救助隊を差し向けた方がいい、と思った。
「で、長官。メカ鉄獣は今もまだニューオーク市を襲っているのですか?」
『いや、その脅威を示しただけで、引き上げたようだ』
「つまりデモンストレーションだったと言う訳ですな」
『然様。性質の悪い事をするものですな。ギャラクターは…』
長官が眼を伏せた。
「採取した物質はISOに?」
『うむ、今から持ち込まれる処だ。是非南部博士にも来て貰いたい』
「解りました。それから現地に救助隊は?」
『派遣していますが、まだ情報は入って来ていません』
「科学忍者隊も現地に調査に入らせます」
『頼みましたよ』
そう言ってアンダーソン長官は画面から消えた。
「博士、あのままISOに行っちまえば良かったですね」
「あの段階では止むを得ん事だ」
「俺達がその物質を採取して来るって方法もあったんですが、既に採取しているならその方が早いですね」
健が言った。
「ジョーは博士をG−2号機で送ってくれ。
 博士には狭いと思いますが、我慢して下さい。
 ジョー、お前は後から合流するんだ」
「いや、私は職員の運転で行く。
 ジョーは他の諸君と一緒に出動してくれたまえ。
 ISOの科学調査チームは粉の採取以外には行なっていないようだから、諸君の眼で現場を見て来て欲しい。
 これから入る救助隊も原因究明どころではないからな」
「解りました。でも、充分気をつけて下さい。
 出来ればジョーといてくれた方が安心なんですが…」
「それは此処に戻れとジョーに指示をした私の判断ミスだ。
 材料が少なかったのでね。
 諸君は速やかに出動してくれたまえ。
 ギャザー、ゴッドフェニックス発進せよ!」
「ラジャー」
5人はその命令を受けて、踵を返した。

ゴッドフェニックスは今日も軽やかに飛んでいる。
ニューオーク市まではもう15分と掛からない筈だ。
「メカ鉄獣は本当にただその脅威を示したかっただけなのだろうか?
 わざわざ『材料』を残して?」
健が腕を組んで考え込んでいた。
「他の街を襲おうとしているのは、間違いねぇだろうぜ。
 博士も疲れているだろうに、気の毒なこった」
「博士が?」
「少々寝不足だと言っていたが、顔色が良くなかったな」
「そう言えばそうね…。博士もオーバーワークなのよ」
「自分の研究に、マントル計画の推進、それに科学忍者隊を統率してギャラクターと闘わなければならねぇ…。
 全く博士の身体がいくつあっても足りねぇぜ」
「せめてその3つの内の最後の1つを、俺達の手で終わらせて上げないと行けないな」
健がジョーの言葉を受けて呟いた。
「健、そろそろニューオーク市の上空じゃて」
竜が言った。
「よし、ゴッドフェニックスが降りられる場所を探してくれ」
「あそこの空き地…、多分公園だったんじゃろうが…」
竜は独り言を言いながら、そこへゴッドフェニックスを降下させた。
全員がトップドームから跳躍してニューオーク市に降り立った。
「ひどいのぅ。まるで死の灰のようじゃわい」
竜が呟いた。
風が舞うと、揚羽蝶型メカ鉄獣が撒いて行ったと言う粉が砂塵となって巻き上がった。
「気をつけろ。触れると俺達にも何か起こるかもしれねぇっ!」
ジョーが注意喚起をした。
バードスタイルが全ての物から身を守ってくれるとは限らない。
「だけどよー。風が吹いて来たら避けようがないよ」
甚平がジョーのマントを引いた。
「取り敢えず各自そのマントで身を守れ。
 充分注意して調査活動に当たってくれ」
健が命令した。
「ラジャー」
全員が散った。
ジュンと甚平だけは2人で行動した。

ジョーは救援隊が子供の遺体を運び出しているのを見た。
潰されたマンションからだった。
遺体は布を掛けられ、整然と並べられていた。
(こんなにも多くの人が…。ギャラクターめ、許せねぇっ!)
ジョーは拳を握り締め、唇を噛んだ。
だが、今は悔しがって足を止めている時ではない。
救護隊の1人が「無惨ですよ」と作業が終わっている別のマンションの残骸の中に入ろうとするジョーを止めた。
勿論科学忍者隊と知っての事である。
「どうしても手掛かりを探さなければならねぇんだ」
ジョーは決意を込めた眼で相手を見た。
相手にはバイザーに隠れて見えないだろうが、気圧されたように道を空けた。
ジョーはスタスタと入って行く。
砂の山の中に鉄筋が一部だけ残っていると言った感じだ。
鉄筋コンクリートまでが殆ど砂化しているが、残っている部分は何か違う物質で出来ているのだろうか?
ジョーはその事が少し引っ掛かった。
砂から出ている鉄筋は手で折れば簡単にもぎ取る事が出来た。
鉄筋の周りに何か着いている。
「もしや、これは地震の緩衝剤かもしれねぇな」
このニューオーク市は地震が多発する事で有名だった。
「これがやられなかったと言う事は、敵を攻撃する為の手掛かりになるかもしれねぇ」
ジョーは健にその事を説明した。
『確かにこっちの建物にも残っているな』
「やっぱりそうか。採取したから材料が何なのか、調べて貰おう」
『恐らくはこの地域全体の建物でその緩衝剤を使っているに違いない。
 ジョー、良く気が付いたな』
「いや、たまたまおめぇより先に気付いただけで、おめぇだって見たら気付いたさ」
ジョーは謙遜ではなくそう言った。
『もし少し調査を続けてくれ』
「ラジャー」
ジョーは腰のベルトの背中側にその鉄筋の部分を差し込んだ。




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