『揚羽蝶(2)』

ジョーは腰に長さ30cm程に折った鉄筋を刺したまま、捜索を再開した。
怪しい金粉は国連軍の科学調査チームが持ち帰っているが、ビルなどの砂塵と混ざっているだろうから、まずは抽出作業に時間が掛かる事だろう。
成分の分析はそれからだ。
粒子の大きさが違えば篩いに掛けて分ける事が出来るだろうし、例えば鉄が入っているような物であれば、磁石で吸い取る事が出来る。
博士達は様々な方法を試している筈だ。
自分はそんな事は考えなくていい。
とにかく少しでも手掛かりになりそうな物を発見する事だ。
まるで刑事のような勘が要求される。
辺り一面が砂塵と化している中で、既にこの建物で亡くなった人々は運び出されていたが、救護隊員が無惨ですよ、と言った通り、ペットとして飼われていた犬や猫などは、そのまま放置されていた。
一部骨が見えている。
人体もそうなっていると言う事か。
(迂闊だった…)
ジョーは亡くなった人々の姿を見ていなかったのだ。
マントを翻し、外に出た。
「ちょっと遺体を見せて下さい」
ジョーは声を掛けておき、1つの遺体を覆っている毛布を捲った。
確かに、身体の一部が白骨化していた。
「人体も砂と化したって言う事か…」
ジョーは唇を噛んだ。
「でも、全身じゃねぇ。関節の部分や手足が多い。
 あの金粉もどきは人体の動く部分に作用しているのか…」
「まあ、殺人事件で言う『死後硬直』が起こりやすい場所にこの現象が起こっていますね」
救護隊の係員が言った。
「つまり、逃げ惑う人々の動きに反応して喰らい付いた…」
ジョーは呟いた。
「建物の緩衝剤がほぼ無事だった事と言い、人体の死後硬直が起きやすい場所が白骨化している事と言い…、どうも謎ばかりだ。
 こいつは俺達にはどうやっても解けねぇ」
ジョーはこの事を健達と博士に通信した。
『解った。それについてもこちらで併せて調査しよう。
 諸君の身体に影響はないか?
 実は科学調査チームのメンバーが全員、亡くなった』
『えっ?俺達は大丈夫ですが…。
 救護隊の皆さんも普通に働いていますし』
ブレスレットから健の声が流れている。
「む?」
ジョーはその時、ハッとした。
救護隊員の1人がいきなり、パタリと倒れたのである。
「いや、無事じゃねぇ。今、こっちで1人倒れた」
ジョーがそう言っている間に、バタバタと救護隊の人々が倒れ始めた。
「おい、どんどん倒れて行くぞ!」
『ああ、こっちもだ。一体どうなっているんだ?!』
健の上ずった声が聴こえた。
ジョーは倒れた1人に走り寄った。
さっきから何度か会話した男だった。
先程まで全く普通に話していたのに…。
倒れている隊員は既に死亡していた。
ジョーは彼の肩を揺すろうとした手を止めて、彼の足元を見た。
一瞬の内に白骨化していたのである。
そして、そこには蠢く金粉の塊があった。
「危ねぇ!みんな死体の傍から引け!」
ジョーは叫んだ。
「金粉は自分の意志で纏まって動くらしいぞ。
 救護隊はこれにやられている。
 俺達も危険だぜ!」
彼は自分の足元に気配を感じた。
それを咄嗟にエアガンのバーナーで焼き切ると金粉は消滅した。
「博士!俺を襲おうとした金粉をバーナーで焼き切ったら消滅しました!」
『何?火に弱いのか。解った。
 諸君も危険だ。引き上げたまえ』
『この救護隊員の人達は、このままにしておくのですか?』
健の悔しそうな声が聴こえた。
『亡くなっているのであれば、仕方があるまい。気の毒な事だが…』
南部博士も消沈していた。

ゴッドフェニックスは直ちに三日月珊瑚礁へと帰還した。
博士はISOから大きな密封された瓶に入った金粉を持って戻って来ていた。
ISO内で金粉の調査は進まなかった為、科学忍者隊を指揮する為に戻ったのだ。
「この金粉の正体は解っていないが、火と地震の緩衝剤には弱いと言う事が解った。
 緩衝剤はゴムで出来ている。
 鉄とコンクリートには強いのに、ゴムには弱いと言う事だ。
 そして、人体の動き回る関節や手足に集中して白骨化していた件。
 これは身体の動きを感じ取って攻撃する能力があるのだと思われる」
「なら、動かなければ攻撃されねぇって事ですか?」
ジョーが全員の疑問を投げ掛けた。
「ジョーの証言だと後から襲われた救護隊員は脚から金粉の集まった物によって襲われている。
 だとすれば、じっとしていても危ないと言う事だ。
 その時々によって、攻撃の仕方を変えられる『生物』なのかもしれない」
「これが『生物』ですって?」
健が驚いた。
「うむ。どうも金粉は集まったり分裂したりする習性がある。
 調べたみた処、その集まりには核があるのだ。
 ただの攻撃物質ではない。
 揚羽蝶のメカ鉄獣に装備された生物なのだ」
「火に弱くてゴムに弱い…。
 火の鳥であのメカ鉄獣を攻撃すれば、金粉らしき生物も殺せるって事ですね?」
「だがよ、健。既に街に降らされた金粉はそれではやっつけられねぇぜ」
「国連軍に地道に焼き払って貰うしかあるまい。
 長靴を履かせ、ゴム製の衣服を着けて防御した上でな」
南部は冷静な言葉で言った。
「なる程、それなら国連軍は襲われないで済む、と言う訳ね」
ジュンが顎に人差し指を当てながら言った。
「くっそう。巨大な揚羽蝶はどこにいやがる?
 どこかに出て来るまで俺達は待っていなければならねぇのか!?」
ジョーが焦りを募らせた。
「今、国際警察が目撃情報を集めている。
 あれだけ目立つメカだ。神出鬼没の筈があるまい。
 諸君は暫く待つのだ。
 バードスタイルを解いて、休んでいたまえ」
博士は忙しそうに別室へと消えた。
「休んで欲しいのは博士の方なのによ」
呟いたジョーの肩を健が慰めるかのようにポンっと叩いた。

目撃情報が集まり始めていた。
その情報が入る度に、南部博士は世界地図に赤いピンで印を付けて行った。
博士は目撃情報がある程度纏まって来るのを待っていた。
恐らくはニューオーク市に来るまでの道程が掴める筈だ。
そうすれば自ずと揚羽蝶が発進して来た基地の位置も絞り込めようと言う考えだった。
情報がある程度揃った処で、科学忍者隊に出動命令を掛けるつもりだ。
科学忍法火の鳥なら、巨大な揚羽蝶を倒す事が出来るだろう。
まだ見ぬ揚羽蝶は正確な大きさが判明していない。
余りに巨大だと火の鳥で倒しても、金粉だけが下の街に捲かれる可能性も否定出来なかった。
だから、博士は慎重にならざるを得なかった。
敵が出て来る前に基地を突き止めて、基地毎倒してしまうのが一番いい。
それには科学忍者隊に密かに潜入させ、爆破するのが良い方法だろう。
火の鳥は揚羽蝶メカが単独で出て来た時の奥の手だ。
基地周辺で倒すのであれば、敵の自業自得で基地の人間が被害に遭って終わるに違いない。
(誰もいないような地域に基地があればいいのだが……)
金粉の研究を続けながら、博士は国際警察からの報告も逐一受けて、調査結果を纏めていたのである。
やがて科学忍者隊の前に南部博士が姿を現わしたのは、夕方近くになってからだった。
博士がスクリーンが降りて来るボタンを押すと、そこには世界地図があり、曲がりくねってはいるが一直線上に赤い×印が付けられていた。
「これは国際警察が調査した揚羽蝶メカの目撃情報があった場所に印を付けたものだ。
 此処がニューオーク市」
博士が指差した場所には、黒い丸が付けられている。
「ニューオーク市から逆算して行くと、このアンナス山脈付近にギャラクターの基地があると見て間違いないだろう。
 目撃証言のあった時間ともほぼ一致している。
 目撃者は1箇所に付き、何人もいるので、国際警察にはやり易い仕事だったようだ」
「ギャラクターは俺達を基地に呼び寄せたいんじゃありませんかね?
 どうも引っ掛かる。
 証拠を残し過ぎだとは思えませんか?」
ジョーが腕を組んでそう言った。
「確かに、ジョーの言う事には一理ある。
 わざと陽動作戦のような事をした事も、それならば説明が付く」
南部博士が頷いた。
「じゃあ、俺達を誘き出す為に、ニューオーク市が犠牲になったと言う事ですか?」
健が叫んだ。
拳が震えていた。
彼の正義感がズタズタに傷つけられていた。
「確かにあれっきり出て来ねぇってぇのもおかしい。
 健、悔しいがそう言う事だぜ」
ジョーは健の背中を軽く叩いた。
そのジョーも余裕を見せている振りをしているだけで、怒りに震えていた。
健は自分の背中に触れたままのジョーの手が震えている事に気付いた。




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