『揚羽蝶(5)』

揚羽蝶メカを探しに走る科学忍者隊だったが、この基地の建設目的がまだ解らない。
さっきのが科学忍者隊を陥れる罠だったとするならば、余りにも稚拙過ぎるからである。
「まだ何かあるぜ、健」
走りながら、ジョーが言った。
「そうだろうな。あれで終わりだとはとても思えない。
 みんな心して掛かれ!」
「ラジャー」
彼らは先程ジョーが来た道を反対方面に走っていた。
たまたま出た出入口がそこだったからである。
此処から先には機械の罠は仕掛けられていなかったが、先程の金粉で隊員がやられたのか、敵兵が現われる事がなかった。
「おかしいな…」
ジョーが呟く。
「メカ鉄獣がいるのなら、守りに着いている者がいてもいい筈だぜ」
「どう考えても何か企んでいる事は間違いないだろう。
 一体どんな物が出て来るか解らないぞ」
健は全員に注意を促した。
4人が全速力で走っていると、いきなり敵兵が現われた。
「へへへへへ…」
蝶のような、と言うよりも『蛾』のような美しくない羽を纏った隊長が、一般の隊員を20名程引き連れていた。
「こっちへ来いっ!」と誘っている。
ジョーは嫌な予感がした。
「健、行くとまずい事になるような予感がする…」
「だが、行かねばこの先を展開して行けないだろう」
「罠を覚悟で行くとするか?
 あいつらの前の床が怪しいぜ」
「承知の上で行ってやろう。
 みんな、いいな!?」
「ラジャー!」
4人は健の号令に従い、敵兵に攻撃を仕掛けようと走り始めた。
その時、ジョーが言った部分の床が突然開いて、全員が奈落の底へと叩き落された。
マントを使って、ヒュッと音を立てて華麗に着地する。
「やっぱりな…」
呟きながらジョーは辺りを睥睨した。
暗い部屋だが、広そうだ。
夜目が利く彼でも最初は慣れるまで良く見えなかった。
漆黒の闇の中、と言う感じだった。
「一体この部屋は…」
健が言い差した処へ、いきなり光が彼らを襲った。
暗闇に突然の眩しい光だ。
彼らは暫く視力を失った。
ピンスポットが当てられていたのだ。
その瞬間に科学忍者隊は電気ショックを浴びせられた。
「落ち着け!床からだ!」
ジョーが叫んだが、ジャンプして避けようにも周りには壁も天井もなかった。
「へへへへへ。科学忍者隊の焼き鳥が出来るぞ。
 だが果たして旨いのかな?」
敵の隊長はせせら笑った。
その間に、健とジョーは自由が利かない中、この電気ショックを与える装置のスイッチを探していた。
「あれだな、健」
ジョーは電気ショックのバチバチと光る光の中、点滅して見えるスイッチを見つけた。
それは隊長の後方にあった。
そこは部屋の入口で、エレベーターのようになっている。
隊長達は落とされた科学忍者隊をこれで追って来たのだ。
エレベーターのドアの脇に昇降スイッチの他に何に使うか解らないスイッチがあった。
手で上げ下ろしをする大きなレバーだ。
それがこの電気ショックを起こしているスイッチに違いない。
「健、ブーメランとエアガンで同時にあいつを破壊しようぜ」
「いや、ブーメランだけで充分さ」
健は痺れる身体を捩るようにしながら、黙ってブーメランを放った。
彼の見事なブーメラン捌きで、電気ショックは止まった。
彼らはさすがに肩で息をし、甚平などは座り込んでしまった。
衝撃が大きく、体力の低下も甚だしかった。
しかし、健とジョーはまだまだそれ程へこたれてはいなかった。
が……。
彼らが電気ショックを浴びていた鉄板がまた突然開いた。
更に地下へと叩き落される。
ヒラリと舞い降りたが、さすがのジョーも一瞬ぐらりと来た。
「みんな、大丈夫か?」
健が訊いている。
「大丈夫よ」
「おいらも何とか、ね」
体力を消耗した彼らを襲って来たのは、棍棒を持った巨大な雪男みたいな化け物だった。
これが5体。
科学忍者隊の人数に合わせた事は明白だ。
「なる程。次から次へと大きな仕掛けをして、俺達を消耗させ、最後にもう1度あの金粉攻撃を仕掛けるつもりだぜ」
ジョーがヘッ、と笑った。
「そんなぁ…」
甚平がへたり込みそうな声を出した。
「しっかりしやがれ!甚平!」
ジョーが叱咤した。
ジュンは優しく肩を抱き、「甚平」と窘めた。
「俺達が負ける訳には行かないんだ。
 どれだけの人々がこれから犠牲になるか解らないんだぞ」
健は健の言い方で甚平を鼓舞する。
科学忍者隊はいい関係だった。
「とにかく、一体一体地道に倒して行こう。
 みんなあの棍棒に気をつけろ。
 或いはあれに金粉が仕掛けられている可能性もあるぞ!」
健が言った。
その通りだ。
あれで叩かれたら、金粉のような生物が出て来る事も充分に考えられた。
ジョーはその時、異変を覚えていた。
この場所に着地した時にもぐらりと身体が揺れたが、今もそのような感覚があった。
先程焼き払った筈の金粉生物がまだ残っていたのか?
いや、それは違うだろう。
それならばジョーはとうに生きてはいない筈だ。
だとすれば、バードスタイル上からとは言え、身体に取り着かれていた僅かな間に、何か悪影響を及ぼしていたのかもしれない。
「ジョー、どうした?」
健が逸早く異変に気付いた。
「いや、何でもねぇ」
「そうは見えないぞ」
「まさか、あの金粉の影響じゃ?」
ジュンが心配そうな顔をした。
「今はそんな事を言っている時じゃねぇっ!
 奴らがやって来るぞ!」
巨大な雪男のような化け物は5m程の背の高さがあった。
横幅もある。
彼らが相手をするには、大き過ぎた。
だが、どこかに弱点はある筈だ。
闘い慣れた科学忍者隊には、それを見極める能力がある。
ジョーは頭の中でそれを組み立てた。
例えば敵の武器をそのまま利用してやればいい。
棍棒を誤って自分の身体に当ててしまうように、素早く周囲を走り回ってやろうと思って、ジョーはそれをすぐさま実行した。
身体にふら付きはあったが、その程度では屈しない男だった。
雪男は重い棍棒を振り回した。
棍棒だけで2mはありそうだ。
直径は多分50cm位はあるだろう。
それに棘のような物が付いている。
重さも相当ありそうだ。
それを奪い取って操る事は難しいだろう。
やはり扱いを誤らせる手法しかあるまい。
ジョーは敵の周りを風のように走った。
2体の雪男を同時に相手していた。
お互いに打ち合って潰れてくれれば一番いい。
ジョーは少し息が切れているのを感じていた。
この戦法は長くは使えないかもしれない。
多分金粉生物の影響だろう。
2体の化け物の間を素早く潜り抜けながら、ジョーは少し焦りを見せ始めた。
額から汗が吹き出る。
ジョーは影も見せずに2体の化け物の合間を縫って走り続けた。
こちらの体力が尽きたら負けだ。
そうはさせない。
敵は重い棍棒を振り回し、ジョーを狙って来るが、空振りばかりを繰り返している。
風を切るように彼の耳元を棍棒がビュンと音を立てて通り過ぎる。
その風の勢いだけで、跳ね飛ばされるような感覚に陥る。
ジョーは仲間達を気にしている余裕が全くなかった。
それぞれが健闘しているに違いない。
棍棒がマントを掠め、腕を掠めた。
左の二の腕に鈍い痛みを感じた。
掠めただけなのに、血が滲み出ていた。
棘が出ていたせいだろう。
だが、大した事はない。
本当の掠り傷だった。
擦り傷程度だろう。
ジョーは安堵し、再び2体の敵を相討ちに持ち込もうと策略を練った。
そうして1体の敵の股座を彼は潜り抜けた。
股座を潜り抜けた方はジョーを打ち付けようと上から思い切り棍棒を振り下ろした。
そして、ジョーを後方から狙おうとしていたもう1体の頭をしこたま殴りつけた。
その時には、頭を殴られた方の雪男の棍棒が、股座を潜られた雪男の方の腹に突き刺さるかのようにヒットしていた。
双方、見事な相討ち。
打たれた所をそれぞれが抱えるようにして苦しみ出した。
棍棒に金粉は入っていなかったようだ。
やはり最後の切り札に取ってあるのかもしれない。
とにかくジョーはこれで解放された。
一息ついて周りを見た。
健は互角にやっている。
ジュンと甚平を見て、ジョーは甚平に加担する事にした。




inserted by FC2 system