『揚羽蝶(7)/終章』

ついに揚羽蝶メカの中に侵入した4人は、またそれぞれが別々の方向へと散った。
健がジョーの体調を気にしたが、ジョー自身が気に掛けてはいなかった位なので、安心して分かれた。
いつもの通り、司令室を探すのは健とジョー、機関室を破壊する役目がジュンと甚平だった。
ジョーは健と分かれて違う通路を走っていた。
暫く忘れ掛けていたが、時折頭がぐらりとする。
金粉は健がエアガンのバーナーで焼き払った筈なのに、身体に着いていた僅かな間に彼の身体に変調を来たしていたと言う事か……。
バードスタイルでなかったらどうなっていたか。
そう考えるとぞっとする。
敵の隊長がそれで身を滅ぼしたように、ジョーも無惨な結果になっていたかもしれない。
彼は全身を余す処なく使っていたから……。
いや、それは考えまい。
今はこれからの任務に集中する事だ。
ジョーはそう考えた。
早速敵兵がわらわらと現われた。
ジョーは体調の事など気にせずに、思う存分暴れた。
もうこれで身体を使う任務は終わる筈だ。
この揚羽蝶メカに爆弾を仕掛け、ゴッドフェニックスに脱出する。
場合によっては火の鳥が必要になるかもしれないが、その事は今考えても仕方がない。
指揮官である隊長を失った揚羽蝶メカだ。
隊員達は出撃目的ではなく、逃亡目的でこのメカを発進させたのだ。
ただ、どこへ向かうのか進路に注意していなければならない。
本部に戻るのか、どこかの街へ狙いを定めるのか…。
それは竜が見届けてくれる筈だった。
羽根手裏剣を右足を踏み出しながら、だっと放った。
適当に投げたように見えるが決してそうではない。
狙いは見事、百発百中。
敵を的確に射抜いて行った。
「うおりゃあ!」
気合を掛けて、長い脚で周囲を一蹴する。
敵兵が面白いように薙ぎ倒された。
『みんな、大変じゃ!
 博士に軌道を計算して貰ったら、恐らくはISO本部が狙いじゃと言う事だわい!』
竜の悲鳴のような声がブレスレットから響いた。
『時間がないぞいっ!』
『時限爆弾を仕掛け次第、全員ゴッドフェニックスに戻って、火の鳥で撃破する。
 竜、暫く待っていろ!』
『早くしてくれいっ!』
通信が切れた。
これは猶予がない。
ジョーはペンシル型爆弾を投げて周囲の壁に突き刺した。
爆弾で一気に敵兵を倒しておき、中枢部である司令室を探し回った。
健から通信があったのは、5分後だった。
『ジョー、見つけたぜ。バードスクランブルを送るからすぐに来てくれ』
「ラジャー」
ジョーは健の居場所を確認して勇躍走り始めた。

敵の司令室に2人が揃ったのは僅か1分後だった。
スクリーンにカッツェがいた。
ジョーは気に喰わねぇ、とばかりにエアガンでそれを撃ち抜いた。
ガシャンと音がして、スクリーンが割れた。
「相変わらず自分だけ安全な場所にいやがって!」
いい気味だとばかりに、ジョーはせせら笑った。
「ジョー、長居は無用だぞ」
「解ってるって!」
敵兵を倒しながら、器用に片足ずつブーツの踵から時限爆弾を取り出す。
健と2人で時限爆弾は4つあった。
健がマキビシ爆弾で眼晦ましをしている間に、2人は効果的だと思われるコンピューターや操縦装置に爆弾を貼り付けた。
「よし、脱出だ。ジュン、そっちの首尾は?」
『こちらも爆弾を仕掛けたわ。後3分で爆発するわ』
「すぐにゴッドフェニックスに戻れ!」
『ラジャー!』
そうして、4人は先程の蝶の羽の隙間から出て、ゴッドフェニックスのトップドームへと飛び移った。
「竜、準備はいいか?みんなベルトを締めろ!」
すぐに火の鳥への体制に入る。
「科学忍法火の鳥!ジェネレーターアップ!」
健の掛け声と共に、レバーが入る。
機内温度が急激に上昇して行った。
ジョーはこれまでの火の鳥で感じた事のないような苦しみを味わった。
金粉生物の影響を身体に受けているせいだろう。
それに、先程バーナーで金粉生物を焼き切る時に、多少の火傷を負っているのかもしれない。
火の鳥はただでさえ、全員が気を失うような技だった。
ジョーは歯を喰い縛った。
全身を焦がれるような痛みが走り、他のメンバーよりも早く気を失った。
ゴッドフェニックスは見事時限爆弾で爆発を始めていた揚羽蝶メカを撃破した。
金粉生物は跡形もなく燃え、息絶えたに違いない。

ジョーはいつまでも意識を取り戻さなかった。
基地へ戻ると、竜がジョーを抱き上げて司令室まで戻った。
「う……」
ジョーは南部博士と対面した直後に意識を取り戻し、竜の顔を見て、「すまねぇな」と言って、よろりと自分の足で立った。
「大丈夫か?ジョー」
健が心配そうに手を添えて来た。
「あ、ああ。ただ疲れたような感覚があるだけだ」
「ジョー、バードスタイルを解きなさい」
博士が命令して、ジョーは私服姿に戻った。
「火傷はそれ程重くない。
 金粉生物の謎はまだ完全に解けた訳ではないが、人間の細胞に作用するらしい。
 これからも解析に務める。
 今、亡くなった方々のご遺体の司法解剖が続いている。
 地球外生物とあっては、正体はもはや解明不可能だ。
 結果は恐らく今解っている事と変わりあるまい」
ジョーの予想通りに任務終了までの分析が間に合わなかったのだ。
そして、大した結果は期待出来ない事も解った。
ISOでも解明出来ない事があるのだ。
事は地球外生物に関する話であるし……。
ジョーは疲れを覚えた。
「ジョーは少し休んでいなさい。
 後で念の為、身体を調べよう。
 恐らくはバードスタイルでいた事と、すぐに火で焼いた事から考えて、一時的な疲弊だと思われるが、念には念を入れたい」
「お願いします。博士」
健が真摯な眼で博士を見た。
「心配は要らん。ジョーの体力が金粉に打ち克ったのだよ」
博士は皆を、そしてジョー自身を安心させるかのように、微笑して見せた。
そして、忙しそうに司令室を出て行ってしまった。
ジョーの身体は緊急性のある物ではないらしい。
やがて博士から内線電話が入り、メディカルスタッフを差し向けたから、上層階に向かうように、と指示があった。
「おいおい、おめぇ達までくっ付いて来る事ぁねぇだろうよ。
 こうして自分の足で歩けるんだからよ。
 ただの疲れさ。あいつの影響でいつも以上に疲れが出たに違いねぇ」
「それならそれに越した事はない。
 俺達は仲間だ。
 心配して何が悪い?」
健がニヤリと笑った。
「そうよ、ジョー。みんな貴方の仲間なんだもの。
 心配するのは当然でしょ?」
ジュンも健に加担するかのように言った。
「ぞろぞろとガキみてぇで恥ずかしいじゃねぇか」
そう呟きながらも、ジョーは嬉しかった。

検査の結果は特に何もなく、ただ疲労物質が溜まっていると言う事で点滴1本で無事に解放された。
「手強い相手だったな…」
博士がコーヒー券を健にくれたので、全員が展望レストランに来ていた。
健が思わず述懐するのも無理はない。
敵の罠は執拗だった。
だが、最後は自滅して行った。
「あの隊長が出て来た時は冷や汗物だったな」
ジョーも呟く。
「おいら、何だか腹が減ったよ。
 コーヒー券よりお食事券が良かったな」
「おらも?」
「『汚職事件』は勘弁してくれ。
 俺達には縁のねぇ事だ」
珍しくジョーが冗談を言った。
「ジョーの兄貴の意地悪。あんなに心配したのにさ」
甚平の言葉を聴いて、ジョーは尻ポケットの財布を探った。
中身を確認してから、
「スパゲッティーかカレーライスで良ければ奢ってやるぜ」
この処レースに参加出来ずにいて、財布の中身はいつもより乏しかった。
だが、明後日には賞金が入る見込みがある。
「やった〜!」
甚平と竜が抱き合って喜んでいる。
6つも歳が違うのに、精神年齢は同じだな、とジョーが呆れていると、健も零れんばかりの笑顔を向けていた。
ジョーは呆れて頭をボリボリと掻いた。
ジュンがそれを見て笑って見せた。




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