『薔薇の花束』

ジョーが真っ赤な薔薇の花を抱えて『スナックジュン』に入って来た時、科学忍者隊の他の4人が呆気に取られた。
「どうしたの?その花束!」
ジュンが眼を丸くしている。
「今日はおめぇの誕生日じゃねぇか」
「えっ?」
健と竜が驚いている。
「覚えててくれたの?ジョー」
「ほいよ!取っとけ」
ジョーは照れ臭いのか乱暴にその花束をジュンに押し付けた。
「あ…有難う…」
ジュンが嬉し涙をポロリと零した。
「あ〜あ…、ジョーの兄貴に先を越されちゃったよ。お姉ちゃん、おいらのプレゼントはこれ!
 早起きして作ったんたぜ!」
甚平がカウンターの下から出して来たのは、手製のバースデーケーキだった。
ふんだんにフルーツが使われていて、真っ白な生クリームが上手に波打っていた。
赤い苺が眼を引いて、カラフルなケーキだ。
「甚平、おめぇも気が利くじゃねぇか!」
ジョーはカウンター越しに甚平の頭をくしゃくしゃに掻き回した。
「おいらの誕生日は忘れてた癖にさ…」
甚平がぼやいて見せる。
「あれ?兄貴も竜も忘れてたのかい?」
「や…その…」
2人は急に店を飛び出した。
「あ!食い逃げ!」
甚平が叫ぶと、ジョーが「いや、プレゼントを物色しに行ったのさ。ジュンが怖いからな」とニヤリと笑った。
「夜までにはもう1度来るだろうぜ。甚平、そのケーキはそれまで大切に冷蔵庫にしまっておけよ」
ジョーはそう言い、コーヒーを注文した。
ジュンが奥から花瓶を取り出して来て、薔薇の花を活け始める。
「男の人に薔薇の花束を貰うなんて、悪い気はしないわね…」
「俺の事も一応『男』として見てるって訳だ」
「何言ってんだい、ジョー。当たり前じゃないか。ジョーの兄貴が女な訳ないだろ?
 そんなごっつい女なんていないよぉ」
「甚平、そう言う意味じゃねぇのさ。ジュンにとってみりゃ、健が何よりも一番なんだぜ」
「やぁねぇ…、ジョーったら…」
ジュンが顔を赤らめた。
「ああっ!お姉ちゃん、赤くなった〜!」
「おいおい、ジュンをからかうなって!深刻に悩んでるんだぜ……。
 健の奴、案の定忘れていやがった。
 そうかと思って、早めにプレゼントを持って来たのさ。甚平、先を越して悪かったな」
「別においらは構わないよ。お姉ちゃん、『おめでとう』は兄貴達が帰って来てから改めて言うね」
甚平がケーキを大切そうに冷蔵庫に仕舞いながら言った。
「甚平、有難う。ジョーもいつも私の事を気遣ってくれて有難う…」
「健がトンチキな奴だから、苛々するのさ。
 いつまで経っても女心が解らねぇ奴だ!18にもなってよ!」
最後の一言が事の外大きい声になった。
「ジョーの兄貴がこうやって裏で後押ししてくれてるのに、兄貴は全く解っちゃいないもんね」
「甚平の方がずっと解ってるのよね」
「全くませたガキだよな…」
ジュンとジョーが顔を見合わせて笑った。
「あいつ、任務となれば人が変わったように頭を働かせる癖によ…」
「そうね…」
2人の笑いは暫く尽きなかった。
孤高の人のようでいて、たまにこう言うさり気ない優しさを垣間見せるジョーがジュンは好きだった。
「俺も奴らが来る頃を見計らってまた来るぜ」
コーヒーを飲み終わると支払いを済ませて、ジョーはダンディーに出て行った。
「ヒュ〜!ジョーの兄貴はかっこいいなぁ〜!おいらあんな大人になりたいな」
「甚平、ジョーだってまだ『大人』と言える年じゃないのよ」
「でも兄貴と同い年とはとても思えないよ」
「それは…、多分性格の差とジョーが持つ凄惨な過去のせいだわ、きっと」
ジュンがジョーが出て行ったドアを見つめたままそう呟いた。

その夜は、健と竜が心ばかりのプレゼントを持参して、改めてパーティーになった。
「ジュン!ハッピーバースデー!」
5人はオレンジジュースで乾杯し、常連客からも祝って貰ったジュンはこっそりと涙を流していた。
出動もなく、ジュンには嬉しい誕生日となった。




inserted by FC2 system