『トリケラトプス(4)』

その頃、フランツは一旦引き上げたものの、諦めてはいなかった。
ウランを回収しようと出張って来た国連軍に身分を明かし、潜水服を借りて、彼は湖に飛び込んでいた。
仲間の遺体の回収は既に軍に依頼してあった。
「ジョセフ。お前の仇は科学忍者隊のG−2号が取ったが、俺にとっての敵討ちは終わってはいない。
 本来なら情報部員としては許されない事だが、相棒として見過ごしには出来ない」
フランツは以前扱ったエリアン国の紛争に関して、マリネラ王子のSPを装った時も、ジョセフと一緒だった。
その時は科学忍者隊に対し、フランツが『エース』、ジョセフが『ビート』とアルファベットを捩った仮の名前を名乗った。
その名前は2人のコードネームだったのだ。
そうしてずっと相棒として行動して来たジョセフが、余りにも呆気なく殺されてしまった。
情報部員は仲間が殺されたとしても、情報を持ち帰らなければならないと言う理由から、『引く』事を厳命されている。
しかし、『情報』を既に科学忍者隊に渡した後の出来事であった。
フランツはもう自由の身だ。
本来であれば、ISO本部に戻って報告書を上げる処だが、ギャラクターに一矢報いなければ帰れない気分だった。
潜水服は軍隊の物だけに、保護作用が高い。
潜水病になるのを免れる事が出来る。
ゴーグルも酸素ボンベもしっかりしており、湖に潜る程度であれば、問題はない。
フランツは早速湖に飛び込んで、科学忍者隊のゴッドフェニックスが突き刺さっている隙間から、基地への潜入を果たした。

健とジョーは敵兵を薙ぎ払いながら、先へと進もうとしていた。
フランツが追いついて来たのはそんな時だった。
「フラ…いや、あんたは!」
ジョーが何をしに来た?と言いたげな眼で彼を見た。
「以前、エリアン国の事件でSPを担当した『エース』だ。
 先程死んだのが、『ビート』」
「そうですか…。貴方達はあの時の…」
健が神妙になった。
「俺の大事な相棒だった。
 一旦は情報部員の規律を守って引き下がろうとしたが、どうしても許せなかった…」
「我々は貴方の事まで守り切れません。
 それでもいいのなら、一緒に来て下さい」
「此処まで来たのだ。引き返す筈があるまい」
フランツ…、今は『エース』と名乗る彼がキッパリと言った。
ジョーは心配気だったが、黙って頷いた。
フランツは相棒を喪ってじっとしていられるような人間ではない事を、ジョーは一番良く知っていた。
サーキットで幼い頃からあれこれと良く面倒を看てくれた男なのだから。
互いの正体は知らない事になっているので、そこから健とジョーはそれぞれを『G−1号』、『G−2号』と呼び始めた。
「G−1号、仕方あるめぇ。連れてってやろうじゃねぇか」
「ああ、マリネラ王子の護衛をしていた程だからな。
 腕に自信はあるに違いない。
 少なくとも俺達の足は引っ張るまい」
健も頷いた。
「G−3号、状況はどうだ?」
『G−5号が重機を操縦して、ウランの運び出しを始めたわ』
「上まで国連軍が来ているそうだ。
 上手く連携してくれ」
『G−3号、ラジャー。
 G−4号、G−5号と共に任務を遂行するわ』
賢いジュンは既にこちらの状況に気付いているようだった。
対応も臨機応変だ。
この言い方は、恐らく甚平と竜にも事態をハッキリさせる為に使ったのだ。
健もジョーもジュンには感心した。
だが、感心してばかりはいられなかった。
司令室が近いからか、敵兵がわさわさと飛び出して来たのだ。
それだけではない。
先程からその後方の一室から、恐竜のような鳴き声が聴こえている。
健とジョー、そして『エース』は、顔を見合わせた。
「まだトリケラトプスがいるってぇのか?」
ジョーは低い声で呟いた。
「解らん。G−2号、行くぜ」
「おうっ!」
ジョーは力強く応じて、その素晴らしい反射神経で、羽根手裏剣を周囲に撒き散らした。
ピシュシュシュシュ…と言う音がして、羽根手裏剣は敵兵の手の甲や手首、二の腕など、生命に関わりのない部分に刺さって行った。
しかし、確実に戦力は削いでいる。
フランツはジョーの闘い振りを眼の前で見るのは初めてだった。
さすがだ、と思った。
レースの時に見せる反射神経が彼が只者ではない事を示していたが、此処までとは思わなかった。
動体視力に優れているのだと言う事が解る。
フランツはジョーに敬意を表すようにじっと見つめていたが、すぐに自分自身も動き出した。
実は彼は空手・柔道の有段者だった。
情報部に所属している以上、そんなに軟(やわ)な身体で務められる筈もなかった。
そう言った事や観察眼、情報処理能力などを全て見極められた上で、情報部員として推挙されたのである。
彼も最初はホワイトカラー、つまり事務職でISOに入った。
しかし、その能力は履歴書の段階から上層部に眼を付けられていたのだ。
ある日、彼は突然襲撃された。
それを交わす瞬発力のテストだったのである。
その不意打ちテストに合格して、今の彼がある。
そして、不本意ではあったが、情報部員としての活躍の場が与えられたのであった。
自分から志願した訳ではなかった。
しかし、この道ももう10年と長い。
相棒の『ビート』ことジョセフとは最初からの付き合いだった。
仕事を教えてくれた良き先輩でもあったのだ。
だから、フランツ、もとい、『エース』も黙ってはいなかった。
軍から借りた潜水服には銃も装備されていた。
彼は拳銃を撃つ訓練も受けていたので、難なくそれを使いこなす事が出来るのだ。
ジョーは感心しながらそれを見つめた。
『ヒュ〜!』と口笛でも吹きたくなったが、さすがにそれは控えた。
『エース』は見事に敵の手を撃ち抜き、マシンガンを取り落とさせて行く。
軍から貸し与えられた銃はすぐに装弾がなくなった。
『エース』はそれを腰に戻すと、敵が取り落としたマシンガンを左肩に3本担ぎ、右手で1本を手にした。
これだけあれば、暫くは持つだろう。
その豪胆さにジョーはフランツを今まで以上に見直した。
(やっぱり俺の思う通り、『出来る男』だった…)
フランツはいつも、『ジョーには敵わない』などと言って、『出来ない』振りをしていたのだと言う事が良く解る。
確かにレーサーとしては本当に敵わないのだろうが、情報部員としての正体を隠す為にそれを演じていたのだろう。
だが、ジョーはそれに違和感を感じていたのだ。
今日、その違和感の理由が払拭された。
これからも気付かぬ振りをしてやろう、そう思いながら、ジョーは敵兵に長い脚で回転しながら重い蹴りを入れた。
次の瞬間にはエアガンの三日月型キットがビュンっと音を立て、彼の耳元から飛び去り、敵兵の顎をタタタタタっと砕いて行く。
ジョーの一連の動きは眼にも留まらぬ速さだ。
そして、ガッチャマンもそれと同等の力を持っている事をフランツは知った。
(この2人は双璧だ。実力が伯仲していて、どちらも見劣りがしない…)
フランツはマシンガンで機銃掃射を掛けながらも、そう心の中で呟いた。
敵兵を3人で切り拓いて行く内に、問題の部屋の扉へと到着した。
ジョーが「俺に任せておけ」と言って、エアガンのバーナーでドアを丸く焼き切った。
その音の中でも、確実に恐竜の鳴き声が聴こえていた。
「G−2号、何が現われるか解らないぞ。
 注意して掛かれ」
「ああ、解ってるぜ!」
ジョーは扉に穴を開け終わり、それをブーツの靴底から出した磁石でそっと剥がし、床に置いた。
3人は覗き込むように扉の中の様子を窺う。
「!!」
そこには信じられない物の姿があった。
まるで生きているとしか思えない。
「け…G−1号。あれは何だ?!」
「何だ?と言われても見たままだとしか言いようがない」
健も困り果てたと言った口調でジョーに向かって答えた。


※この話に出て来るエリアン国のマリネラ王子に関する話は、284〜289◆『憂国の末』に出て来ます。




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