『トリケラトプス(5)』

「ありゃあ、恐竜そのものだぜ」
ジョーが扉に空けた穴から見上げるようにした。
身長は10メートル近い。
「トリケラトプスの体重は5トンから8.5トンと言われている。
 踏み潰されたら一溜まりもないぞ。
 但し、本物ではないだろうが」
『エース』が呟いた。
「恐らくはメカに違いない。
 デザイン的にはさっきのメカ鉄獣と同じだが、この室内で闘わせる事を想定したのなら、恐らくは飛べまい」
健がじっと見つめて冷静に分析した。
「そうだろうな…。とにかく入ろうぜ。
 此処で云々していても仕方があるめぇ」
ジョーが自分が空けたそれ程大きくはない穴から、ヒュッと身軽に飛び込んだ。
それに健と『エース』が続いた。
フランツは身のこなしも軽かった。
科学忍者隊に入っても訓練さえすれば遜色なく働けるのでは?と思えるような動きだった。
穴は床から50cm位の処が下弦となっている直径1メートル程度の物だったが、それを跨ぐのではなく、まさに『飛び込んで』いた。
ジョーはそれを眼の端で見ていた。
これならば自分の闘いに没頭しても問題はないに違いない。
まだ彼は左肩にマシンガンを3本抱えている。
右手のマシンガンも弾丸は切れていないらしい。
それに、彼ならばいくらでも敵兵から銃火器を奪う事は可能だろう、とジョーは思った。
中にはトリケラトプスが鎮座していた。
先程から吼えていたのは、まさにこれだった。
頭に角が2本あり、短い尻尾が着いている。
そして、何よりもの特徴が首の周りにあるヒレだった。
「健、あのヒレを良く見てみろ」
ジョーはそこを凝視していた。
「奴はやっぱりメカだな。
 あのヒレには細かいビーム砲の発射口が仕掛けられているぜ」
「ジョー、さすがだな。間違いない。
 エースさん、充分気をつけて下さい」
健がフランツに注意した。
「了解。どうか俺に構わず暴れて欲しい」
フランツはそう返事を返した。
「G−2号、行くぞ」
「解ってるぜ。『ビート』の弔い合戦だ。
 最初からそのつもりだったんだからな」
ジョーの言葉にフランツはハッとした。
そして、彼がジョセフを守れなかった事を悔いているのだと知った。
「G−2号。『ビート』が死んだ事は君のせいじゃない。
 運が悪かったのだと諦めている。
 こいつらを許せない事だけは事実だがな」
「そりゃあ、そうさ。
 俺だってこいつ…G−1号が殺されたりしたら、平静ではいられねぇ」
「G−2号。それは俺だって同じさ。
 とにかく今はトリケラトプスに集中しろ」
「う…、ラジャー」
ジョーは健の正論に頷き、トリケラトプスのメカに向き直った。
敵兵は遠巻きにそれを見守っている感じだ。
恐竜に任せておけば、自分達の出番はない、と高見の見物を決め込んでいる。
「健、どうやらカッツェは此処にはいねぇようだな」
「ああ、あんな恐竜に暴れられては自分が危険だからな」
「来たぞっ!」
ジョーが叫んだ。
のっしのっしとこちらに向かって歩き始めたトリケラトプスは、早速そのヒレを動かした。
健とジョーは左右に散って、そこから放たれるピンク色のビーム砲を避けた。
フランツは…と見ると、大丈夫だ。
上手く避けている。
ジョーはトリケラトプスの全身を観察した。
どこかに弱点がある筈だ。
ビーム砲の発射口は無数にあった。
ヒレ全体に毛穴のように配置されている。
「あのヒレを切り取ってしまうしかねぇか…」
「だが、G−2号。あれの大きさだけで、相当な物だぞ」
「解っている。だが、ヒレの前側にしかビーム砲の発射口はねぇ。
 後ろに回れば、策もあるってぇもんだ。
 俺が奴の背中に飛び乗る。そしてバーナーであのヒレを焼き切る」
「ジョー!」
健はついジョーを名前で呼んでしまった事に気付かなかった。
「構うな。前から奴を引き寄せておいてくれ。
 奴は後ろが見えねぇ筈だ」
「確かにG−2号の言う通りだ。
 G−1号、俺も協力するから、G−2号の援護に回ろう」
「解りました」
フランツこと『エース』に諭されて、健は頷いた。
ジョーの事は心配だったが、彼の閃きには一目置いている。
確かに図体はでかいが、ビーム砲以外の武器と言えば、その体重だけだった。
とにかくビーム砲を避け、敵の足に捕まって押し潰されないように気をつけていればいい。
健はトリケラトプスを挑発しながら注意を自分一身に集めようとした。
『エース』に負担は掛けたくなかった。
これは情報部ではなく、科学忍者隊の仕事だと彼は思っている。
健とフランツが素早く眼の前を移動している間に、ジョーが姿を消した事など、トリケラトプスに気付かれる筈もなかった。
どうやらこれは人が乗って操縦しているのではない。
どこからか遠隔操作されているようだった。
操縦機器はもしかしたら本部にいるベルク・カッツェの元にあるのかもしれない。
案の定、カッツェから指示があったのか、敵兵が何時の間にかトリケラトプスの背に飛び乗っているジョー目掛けて、一斉にマシンガン攻撃を仕掛けて来た。
「『エース』さん、こっちは俺に任せてG−2号の援護をお願いします」
フランツは健に頷いて見せ、敵から奪ったマシンガンを構えた。
ただ闇雲に撃っているギャラクターの隊員達とは違って、彼は的確に的を捉えた。
確実に敵のマシンガンを狙って撃ち落として行く。
その間にジョーは、トリケラトプスのヒレを端からバーナーで焼き切ろうと試みた。
「G−1号。時間が掛かりそうだ。
 すまねぇが持ち堪えてくれ」
鉄を焼くバーナーの騒音の中、ジョーはブレスレットに向かって言った。
『解った。こっちは任せろ!
 お前は恰好の標的になっている。
 『エース』さんに援護を頼んでいるが、無事である事を祈るぜ』
「ああ…」
ジョーはチラリとフランツを見た。
フランツは堅実な闘い振りを見せていた。
ジョー自身も時々羽根手裏剣を的確に撒き散らしながら、作業を進めた。
健はトリケラトプスの前で、体操の選手のようにあちらこちらと動き回っている。
その度にトリケラトプスはのしのしと動くので作業がし易いとは言えなかった。
しかし、健がそれをしていてくれるからこそ、この作業は少しずつでも進んでいるのだ。
フランツの援護も頼もしかった。
これまでもいくつもの修羅場を通り越して来たのだろう。
酸素ボンベは口から外してぶら下げた状態にしているものの、眼にはゴーグルを着けたままだった。
それはジョーに素顔を見られないようにしている為なのだが、あんな物を着けたままで良く射撃が出来るものだ、とジョーは感心していた。
ゴーグルは眼の周囲を囲んでいる為に、上下左右が見づらいのだ。
そんな中、フランツは着実に敵兵のマシンガンだけを撃ち落としている。
ジョーはお陰で、作業に集中する事が出来た。
フランツが守り切れない時のみ、作業を中断して、トリケラトプスの背中から跳躍してマシンガンの弾丸を避けたり、羽根手裏剣を投げつけたりしていた。
トリケラトプスのヒレには右から半分ぐらいまで亀裂が入った。
『ジョー、いいぞ!ビーム砲が向かって左半分の部分からは出なくなった』
健の声がブレスレットから聴こえる。
「もう少し持ち堪えてくれよ!」
ジョーは願いを込めてそう答え、作業を急いだ。
自分の援護の為に誰にも傷を受けさせてはならない。
ジョーはそう思っていた。
フランツがマシンガンを捨てて取り替えたのが見えた。
何時の間にか2本を使い切ったらしい。
残りは2本だ。
もうヒレには半分以上亀裂を入れてある。
フランツのマシンガンは何とか持つだろう。
ジョーはフランツが此処まで豪胆な男だとは思っていなかった。
仕事となればやるもんだ、と感心した。
いや、今は仕事を離れて、相棒を殺された1人の男として闘っているのかもしれない。
フランツを死なせる訳には行かない、そう思った。
ジョーはふと、フランツを後方から狙っている敵がいる事に気付いた。
思わず羽根手裏剣を放った。
フランツは無事だったが、ジョーは後方から右肩に銃弾を受けた。
マシンガンの銃弾だ。
1発ではない。
「ぐっ…!」
弾丸は彼の薄い身体を貫通し、肩から血が吹き出たが、ジョーは痛みを堪えて続きの作業を続行した。
右肩が動かなくなり、右手から力が抜けそうになったが、彼は慎重に左手をエアガンに添えながら、執念深くバーナーを使い続けた。




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