『トリケラトプス(6)』

『ジョー、大丈夫か?』
ブレスレットから健の声が流れた。
ジョーは額に汗しながらも、呻くように「大丈夫さ…」と答えた。
作業を続行しなければ、この巨大なトリケラトプスの化け物は倒せないだろう。
巨大な為に作業は困難を極めていた。
しかし、残り半分以下になった切り離し作業を、ジョーは根気良く続けた。
肩は痛んだが、まだ彼には左腕が残っている。
フランツはジョーに傷を負わせた責任を感じたのか、先程よりも積極的に攻撃に転じている。
(フランツ…。俺はバードスタイルだが、あんたは生身だ…。
 無茶だけはしてくれるな!)
ジョーの思いは確かに健に伝わっていた。
『エース』にジョーの援護を頼んだのは健だったが、健はトリケラトプスメカや敵兵だけではなく、ジョーの援護にも気遣うようになった。
ジョーの活躍でビーム砲が半分以下しか出なくなっていた事も、健がジョーの援護に回りやすくなった理由でもある。
もう少し…。
霞む眼を見開きながら、ジョーは必死に作業をした。
8割方切れた時、バーナーのエネルギーが切れた。
「くそぅ。健、バーナーのエネルギーが切れたぜ」
『ジョー、飛び降りろ。そこまでやってくれていれば、ブーメランで切れるかもしれない」
健の呼び掛けに応じて、ジョーはトリケラトプスの背から飛び降りた。
肩が衝撃で悲鳴を上げ、傷口が改めて痛んだ。
着地した瞬間には倒れるかと思ったが、辛うじて持ち堪えた。
「バードランっ!」
健がブーメランを投げた。
端から亀裂が入った。
そして、ジョーが8割方切っていたトリケラトプスのヒレは完全に切り離され、ドーンと音を立てて滑り落ちた。
ヒレがあった部分からはバチバチと音を立てて火花が散っていた。
「やったな、健…」
ジョーは右肩を手で押さえて止血をしながら言った。
「後はこの巨大な身体をどうやって処理するかだ」
「この借り物の国連軍の酸素ボンベには爆弾がいくつか付いている」
そう言ってフランツは背中に背負っていた酸素ボンベを取り外した。
健とジョーも踵から爆弾を取り出した。
「トリケラトプスはG−2号の活躍で最大の攻撃力を失った。
 これなら爆弾を仕掛ければ一溜まりもないだろう」
フランツが冷静に告げた。
彼が手にしているのは投擲型爆弾、つまり手榴弾だった。
健とジョーの物は時限爆弾だ。
「エースさん、それをトリケラトプスの顔目掛けて投げて、眼晦ましに使って下さい。
 その間に俺とG−2号で身体に時限爆弾を仕掛けます」
「解った!」
健の提案にフランツが応じた。
彼が持っている爆弾は手榴弾は水に濡れないようにカプセルに入っており、5発あった。
軍隊も良く考えるものだ。
軍の装備を貸した以上は、使われる事は覚悟している事だろう。
フランツは構わず口火を切って、トリケラトプスの顔目掛けて投げつけた。
5発の内3発をトリケラトプスに、残りの2発は周りを取り囲んでいた敵兵に向けて投げつけた。
効果はあった。
敵が「うわぁ!」と悲鳴を上げながら身体を宙に舞い上げ、トリケラトプスも足を止めた。
その隙を狙って、健とジョーはトリケラトプスの腹の下に紛れ込み、爆弾を1つずつ貼り付けて脱出した。
「エースさん、1分後に爆発します!」
健が叫んだ。
ジョーはその間にこの司令室に、ペンシル型爆弾を何本も羽根手裏剣を放つ要領で投げて行く。
右腕が利かなくても、彼は左腕だけでも闘えるように訓練をしている。
その成果が現われていた。
フランツは眩しい物を見るかのように眼を細めた。
ジョーは根っからの戦士なのだ、と彼は思った。
ペンシル型爆弾も同じく1分で爆発するように出来ている。
それだけあれば3人が司令室から脱出するのには充分だった。
部屋を出て通路を走っている処で、扉の部分からドーンと火柱が横走った。
健とジョーは自分達のマントでフランツを押し包むようにしながら通路に伏せた。
激しい爆風はいろいろな物を巻き上げながら、やがては収まった。
「こちらG−1号。G−3号応答しろ」
健がブレスレットに声を掛けた。
『こちらG−3号。作業はもう少しで終わるわ」
「解った。こっちは司令室を破壊したが、念の為機関室を止めに行く」
『ラジャー。気をつけてね』
ジュンの答えはそれで終わった。
彼女達も忙しく働いている。
今回は裏方に回らせてしまったが、戦闘能力は勿論の事、現場での判断力も持ち合わせた才色兼備な娘(こ)だ。
ジョーはそう思っているが、健は彼女の能力こそ認めているが、女性としては見ていない。
ジョーだってそうなのだが、それでもジュンの健に対する思いは知っているし、優しく見守っている。
そして、将来2人が結ばれると信じていた。
その為には自分が健の背中を押さなければならないかもしれない、と密かに思っていた。

司令室を脱出した健、ジョー、『エース』と言うコードネームのフランツは、機関室へと向かった。
「G−2号、無理をするな。ゴッドフェニックスに戻っていろ」
「何のこれしき。弾丸は貫通してやがるぜ。心配するな」
「出血が心配だ」
健が眉を顰めると、フランツが潜水服のジッパーを開け、中から清潔なハンカチを取り出した。
「せめて、これで出来るだけ抑えておけ。
 圧迫止血だけでも、多少の気休めにはなる」
「ありがとよ」
ジョーは短く呟いた。
余り喋ると傷に堪えるのだ。
「機関室はこっちだ!」
フランツが言ったのには2人とも驚いた。
「G−2号の援護をしながら、コンピューターからデータを盗み見たんだ。
 この基地の見取り図は俺の頭の中にある」
「何時の間に!?」
健とジョーは同時に同じ驚愕の言葉を発した。
「とにかく、急ごう」
フランツが先に立って、走り始めた。
この基地を完全に破壊しなければ、フランツにとっては心の決着が着かないのだろう。
健とジョーは顔を見合わせてから、風のようなスピードでフランツに追いついた。
(さすがは情報部員だ…)
ジョーは内心で恐れ入っていた。
傷の痛みなど忘れる程、心が逸っていた。
実際にはポタポタと彼が行った道を血で汚して、その行く先々を道案内しているようなものだったが、誰も追って来る者はなかった。
その点々とした血の跡は全くぶれていない。
ジョーがふら付いたりしていない証拠だった。
しっかりとした足取りで走っている事が解る。
彼の言う通り、右腕が使いにくい事を除けば余りその傷が身体に堪えていると言う事はなさそうだ。
「此処を右だ!」
酸素ボンベを再び背中に担いだフランツの背を2人は追って行く。
走りながら健が時々チラチラとジョーを見るが、彼の様子を見て大丈夫そうだと安心したようだった。
(ジョー、無茶だけはするなよ…)
健は願いを込めて、ジョーから『エース』へと眼を逸らした。
『エース』はなかなかやるものだ。
此処までレッドインパルスの隊長のように、科学忍者隊に引けを取らない活躍をしている。
これ程までの身体能力を持つとは、健も最初は思っていなかった。
そして、情報部員としても相当優秀な部類だと言う事が解った。
『エース』は『ビート』よりも後輩だったが、実は情報部員の中では彼の方が階級が上だった。
それだけの成績を収め、ISOに貢献して来たと言う事なのだろう。
だが、その成績を収められたのは相棒のジョセフがいたからこそ、だと彼は主張し、2人のコンビはずっと続いていた。
そして、階級は違っても同等に接して来た。
フランツにとって、ジョセフは飽くまでも彼に仕事のイロハを教えた先輩であったのだ。
最後までそう言った存在だった。
本当なら、今頃ジョセフは怒っている事だろう。
自分の屍など拾う必要はない、と彼は常々言っていた。
何かあったらすぐに情報を持って引き上げる事。
それがジョセフの教えだったのだ。
だから一旦は引き上げた。
でも、フランツは自分の中に沸々と湧き上がる感情に、軽挙だとは解っていても、つい行動に出てしまったのである。
ジョーにとってはいつでも沈着冷静な『大人の男』だったフランツにも、そんな熱い一面があったのだ。
ジョーは今までとは違うフランツの人間臭い一面を見た気がして、嬉しかった。
家に帰れば穏やかな普通のパパであるフランツ。
この『マイホームパパ』で愛妻家の彼が、こんなに危険な仕事を此処まで立派にこなしていたとは、ジョーにとっては初めて見るフランツの姿であり、今まで以上に頼もしく見えた。
情報部員の福利厚生は良いようだ。
フランツは長くサーキットに来ない事もたまにはあったが、ジョーが行くと比較的良く彼はそこにいた。
訊くと仕事は商社マン。
休みは不定期だが、週に2日はあると言っていたっけ…。
1日の内半分はサーキットに来て、残り半分は妻子の為に使うのだ。
ジョーは彼がただの商社マンだと頭から信じた訳ではなかった。
商社マンなら休みが不定期と言うのはどうか?
接待もあるし、とフランツは言っていたが…。
その疑問が解けたのがエリアン国の紛争の時だった。
『エース』と『ビート』は仮面を被って変装し、マリネラ王子のSPをしていたが、ジョーはそれをフランツだと見破った。
しかし、その際にジョーの正体も先方に気付かれたに違いなかった。
2人は互いに最後まで沈黙を守り、相手の正体を見破っている事は口にしなかったのである。




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