『トリケラトプス(7)/終章』

「恐らく機関室を爆破すれば、この基地は運命を共にする」
フランツが走りながら口走った。
「基地の配置を考えると、機関室が全体の中心に位置していて、ウランを集める前線司令室となっていたのだ」
「では、さっきの司令室は?」
健が訊いた。
「確かに基地としての司令室はあそこだったのだが、俺に言わせればカモフラージュのようなものだ。
 見取り図を見なければ解らなかった事さ」
フランツは少し息を切らしていたが、そこは科学忍者隊とは若さが違う。
それでも足を縺れさせる事なく走り続けているのは立派な事だ。
ジョーはまた感心しながら、フランツに続いた。
「G−1号、お株を取られたな」
「全くだ…」
2人は後ろから追い掛けながら、苦笑いを交わし合った。
しかし、嫌な気持ちは全くしない。
自分達と同じように、ギャラクターと闘っている人間がいるのだと言う事を改めて力強く感じる事が出来たからだ。
科学忍者隊は決して孤軍奮闘しているのではないと言う事が、彼らにも良く解った。
「この先に敵の隊員の控え室がある。
 そろそろ出て来る頃だ」
フランツが言い終わらない内に、敵兵がわらわらと現われた。
「『エース』さん、此処は俺達に任せて下さい」
健が前に出た。
「G−2号、お前は控えめにな」
「そうは行くかっ!」
ジョーが叫んだ時、彼は既に左手で羽根手裏剣を何本も放っていた。
不思議な事に右利きの彼でも、左手で正確にそれを決めて行く。
その腕は確かだった。
1人黙々と訓練室で右腕を身体に縛り付けて戦闘訓練をしていただけの事はある。
こんな時にその訓練の成果が出るのだ。
ジョーは腰を捻って左手でエアガンを取り出した。
こんな時は出来るだけ肉弾戦に持ち込まない方が得策だ。
いつまた本命が出て来るか解らない。
雑魚兵にはこれで充分だった。
余計な体力を使っている時ではなかった。
右肩からの出血はまだ止まってはいない。
無理をして悪化させるよりも、長く闘える手段を取る。
ジョーも科学忍者隊の一員であり、戦闘の渦に巻き込まれて随分経っている。
それ位の判断は自分で出来た。
健はそれを横目で見ながら、自分の闘いに没頭した。
1人でも多く倒す事が、ジョーの負担を減らす事に繋がるのだ。
フランツはと言えば、黙って指を咥えて見ている訳ではなかった。
背中から酸素ボンベを取り外し、それを武器にして振り回した。
見事に敵兵の腹や背中に当たり、敵兵はもんどり打って倒れて行く。
元々湖に潜っただけだ。
酸素はまだ満タンに近い程入っていた。
つまりは酸素ボンベには充分な重さがあったのである。
その重い酸素ボンベを背負ったまま、フランツは走り続けていたのである。
大したものだった。
水の中では負担にならないが、水上に出れば重い筈だ。
それを背負って走っていたフランツの体力にジョーは唸った。
(考えてみれば健の親父さんはもっと年上だった筈だな…)
ジョーは一瞬レッドインパルスの隊長へと思いを巡らせた。
その息子・健は父親のDNAをしっかりと受け継ぎ、その体術に生かしている。
負けて溜まるか、とジョーは思った。
手負いであっても、まだ自分は闘える。
その為に自己訓練も怠らなかった。
ジョーは「うぉりゃあ〜っ!」と声にならない声を上げながら、敵兵の中へと飛び込んで行った。
腕は使えなくても、脚がある。
長い脚を有効に利用して、彼は敵兵を薙ぎ払って行く。
肩から血が飛んでも気にも留めずに、彼は敵兵の間を渡り歩いた。
そして彼が通り過ぎた後には、敵兵が山となって崩れ落ちていた。

「2人とも、機関室はそこの扉の中だ!」
フランツが叫んだ。
司令室からそう遠くはなかった。
いつもならジョーが身体を丸めるようにして体当たりで扉に突っ込む処だが、今日は健がその役目を引き受けた。
健が転がり込むと、マシンガンを構えた敵兵が待っていた。
続いてジョーと、マシンガン1丁を担いだままのフランツが飛び込んだ。
ジョーは構わずに左手でエアガンの三日月型キットを繰り出し、敵兵の顎を砕いて行った。
そのついでにワイヤーでマシンガンを1丁掠め取った。
フランツが持っているマシンガンに残り弾が少ない事は、ジョーが一番良く知っていた。
フランツにもそれが解ったのだろう。
持っていたマシンガンを捨てると、ジョーから彼が巻き上げて投げて寄越したマシンガンを受け取った。
「バードランっ!」
健の叫びが聴こえる。
この機関室にいる敵兵も疎らになって来た。
すると後方のスクリーンが見えて来る。
確かにそこには基地を制御する機関関連の機械類もあったが、コンピューターが多くの場所を占めており、どうやらウランの『在庫管理』をしていたらしい。
スクリーンにはウランが粗方綺麗に無くなりつつある画面が映し出されており、此処を守る隊員以外は、殆どがそちらの守りに駆り出されていたようだ。
だから、健とジョー達を待ち受けていたのは、トリケラトプスのメカだけで、雑魚隊員達はそれ程多くはいなかったのである。
「G−3号達はさぞかし大変だっただろうな…」
ジョーが呟いた。
「ああ。だが此処にもまだ敵がいるぞ、G−2号」
健の視線の先には、トリケラトプスのような面を被った隊長が現われていた。
ジョーもハッとしてそちらを見る。
「また恐竜のコスプレかよ?!」
彼は呆れた声を出した。
「だが、今度は人間のようだ…」
健がじっとそれを見詰めながら油断のない声で言った。
「気をつけろ!あの隊長は2丁拳銃を操るぞ」
フランツの声がしたが、ジョーは既にその事を見抜いていた。
「拳銃使いならこの俺に任せな」
ジョーは小さく呟いた。
その眼が闘志に燃えている。
左手に持っていたエアガンを右手に持ち直す。
「G−2号、何をする気だっ!」
健が叫んだが、ジョーは聞く耳を持たなかった。
肩に受けた複数の弾丸は肉を裂いただけだ。
骨は掠っただけでやられていない事は、ジョー自身が一番良く知っていた。
「『ビート』の弔い合戦だと言ったろう?」
ジョーは空いた左手に羽根手裏剣を持った。
2丁拳銃にはこちらも両腕で対抗する他はない。
敵が持っている銃は、『グロック19』(9ミリの19Paraberum弾を使用したオートマチック拳銃)だとジョーにはすぐに解った。
口径は小さいが、殺傷能力が高い。
「こいつは殺人鬼か……」
ジョーは思わず呟いた。
マシンガンで撃たれた右肩の傷から流れる血が、下に垂らしたように持ったエアガンを濡らしている事に今更ながらハッとしたジョーは、その怒りをエネルギーに変えた。
ジョーは上がらぬ筈の右肩を上げた。
健とフランツは固唾を呑んでそれを見守っていた。
敵が引き金に掛かる右手の人差し指に力を入れようとした時、ジョーは横っ飛びに飛びながらその銃弾を避け、左手に持つ拳銃をエアガンのワイヤーで巻き取った。
それは奇襲攻撃と言って良かった。
ジョーはそれを安全装置を掛けてから健に投げ渡す。
右手に残ったいたグロック19はジョーが左脚を軸にして回転し、長い脚で華麗に蹴り落とした。
武器を失った殺人鬼はこれで収まるかと思ったが、しかし、そうではなかった。
「危ねぇ。みんな伏せろっ!」
ジョーの叫びと共に、また銃弾の雨が降って来た。
後ろ腰にもう1丁、拳銃が隠されていたのだ。
こっちは、『M1911コルトガバメント』、セミオートマチックのハンドガンだ。
「銃の腕には相当自信がありそうだな。だがよ、俺を甘く見るな」
ジョーは唸るように言った。
某国で行なわれた世界的な射撃大会でもタイトルをもぎ取った彼である。
射撃の腕には自信があった。
ジョーは機会を待った。
敵の恐竜隊長がその仮面の下で舌なめずりをしているのが見えるような気がした。
隊長が指に力を入れるほんの一瞬前のタイミングを、ジョーは外さなかった。
彼の左手から放たれた羽根手裏剣が、確実に敵の右手の甲を刺し貫いていた。
そして、そのまま踊り込むように敵に近づいたジョーは、右足の太腿と脹脛とで敵の左腕を挟み、骨をへし折ってしまった。
これでもう拳銃は使えまい。
「終わったな、G−1号…」
ジョーは一瞬気が遠くなりそうだった。
「全く無茶をしやがって」
健はジョーの身体をさり気なく支えながら、器用にブーツの踵から爆弾を取り出した。
両足に仕込まれているので、さっきトリケラトプスメカを倒すのに1つ使ったが、もう1つ残っていたのである。
ジョーもそれを自分自身で取り出した。
「G−1号、これは『エース』に…」
ジョーが小声で囁いた。
健も頷いた。
「『エース』さん。これは貴方に託します」
フランツはそれを受け取ると、「有難う。恩に着る」と頷いた。
「こちらG−1号。退避を始める。そっちはどうだ?」
『こちらG−3号。作業完了。全員退避開始』
「了解。俺達もすぐにゴッドフェニックスに戻る」
『ラジャー』
「さあ、『エース』さん…」
健がフランツの肩に手を置いた。
フランツの胸の中には様々な物が去来していた。
それを振り切るようにフランツは、制御コンピューターに2つの爆弾を仕掛けた。
「脱出するぞ!」
「おう!」
健の声に呼応したジョーは、優しくフランツの背を押した。
走り去る3人の後方からやがて火柱が上がった。
誘爆が始まっている。
遥か前方にゴッドフェニックスが見えて来た。




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