『トリケラトプス〜番外編・再会』

傷を受けた後はいつでも、1人訓練室に篭るのが彼の習慣だった。
ジョーは癒えた右肩を充分に解した上で、訓練室に入った。
敢えてバードスタイルにはならなかった。
怪我は完全に治っていると南部博士からもお墨付きを貰った。
病室で簡単なストレッチはしていたが、本格的に訓練室に入るのは、今日が初めてだった。
いつもはもっと早い段階で自主訓練に入るのだが、今回は自重していた。
明日は久々にレースがある。
参加エントリーをしてあった。
その為にも完全な身体で臨みたかった。
任務の為じゃない処が皆に笑われるかもしれないが、傷を完全に癒す方を優先したのだ。
肩を動かしても全く痛みは感じないし、違和感もない。
上手く傷口が縫合され、綺麗にくっついたようだ。
何日か全く動かさなかったしこりのようなものはあるが、それはこれからの訓練で解されて行く事だろう。
今、すぐに実戦に出たとしても、まともに闘える筈だ、とジョーは思った。
サブルームで5分後にランダムな攻撃が来るように設定した。
1時間のコースだ。
それをバードスタイルにならずにやる。
これがこなせれば全く任務にも支障がなく働ける。
それを自分自身に対して立証してやりたい。
頭では解っていても、身体に納得をさせたい。
そう言う気分でこの訓練室にやって来た。
ジョーはいつもの通り、黙々と訓練を続けた。
1人気合を発しながら、エアガンと羽根手裏剣でビーム砲を撃破し、時にはジャンプして足蹴にして破壊した。
1時間経って攻撃が止むと、「もう1時間経ったのか…」と思わず呟いた。
そんなに時間が経っているようには感じなかった。
それだけ今日の訓練は充実していたし、数日振りに身体を動かした事が何よりの喜びだった。
『全く、お前は根っからの戦士だな』
サブルームから声が降って来た。
「健。リーダーとして俺の回復振りを監視に来たか?」
ジョーは「へへっ」と自嘲気味に笑った。
『まあ、そんな処だが、今回は大人しくしてくれていたので、俺も安心して見ていた。
 今出動が掛かっても全く問題はないな』
「そりゃあそうだが…」と言いながら、ジョーはタオルを取り、汗を拭きながらサブルームへの螺旋階段を上がって行った。
サブルームに入ると、健の顔を見て、「明日は久々のレースなんでね。この機会を無駄にはしたくねぇのさ」と言った。
「そうか。それで大人しくしてたのか」
健は少し呆れたように言ったが、顔は笑っていた。
「明日は何事も起こらず、レースに集中出来るといいな」
右手でジョーの左肩を軽くポンと叩いて、健は部屋を出て行った。

レース当日は快晴だった。
いつもの使い慣れたコースだった。
ジョーはコースの横の控えでG−2号機の整備に余念がなかった。
整備は当然前日にも行なっているが、当日のコースの様子や天候などを見て微調整する。
「ジョー、久し振りだね」
少し頬のこけたフランツがいた。
仲間の『ビート』を喪った事が堪えているのだろう。
ジョーはその事を知りつつも、言い出す訳には行かなかった。
フランツもジョーの負傷を知りつつ、その事は億尾にも出さない。
彼は今日のレースに出場する気はなかった。
エントリーはしていたが、今、取り下げて来た処だった。
「元気かい?商社マンの仕事ってぇのはそんなに忙しいのかね?
 疲れているのなら、今日のレースは休んだ方がいい。
 事故でも起こしたら大変だぜ」
ジョーは彼なりの労わりの言葉を掛けた。
フランツはジョーの様子を見に来たのだ。
自分の為に負傷したジョーだったが、見た処完全に回復している様子に安心した。
「今日は疲れているんで棄権する事にしたよ。
 良い機会だから、ジョーの走りっ振りを観客として観て帰ろうと思っている」
「そんな時ぐらい無理しないで家で寝ていたらいいのに」
ジョーは言ってから、フランツはどこにいても辛いのだろう、と気付いた。
相棒をあのような形で亡くしたのだ。
仕事柄覚悟はしていただろうが、いざそうなってみれば辛い。
ジョーだって科学忍者隊の誰かが死んだりしたら…、と考えてみれば、フランツの気持ちぐらい推し量れる。
そっとしておくのが薬だと思った。
「職場から20日間の特別休暇が出た。
 来週のレースには参加するつもりだ」
「待ってるぜ。フランツ。
 折角のいい機会だ。家族サービスもしておくといいさ。
 気が紛れる…」
最後の一言が余分だったか、とジョーは冷や汗を掻いた。
だが、フランツは素直に「有難う」と受け流してくれた。
ジョーのチューンナップを邪魔しないように、とフランツは観客席へと去って行った。
(フランツは大人だ…)
ジョーは改めてそれを思った。
伊達に自分よりも20年近く長くは生きていないと言う事だ。
(俺達だって任務の為には私情を捨てなければならねぇ。
 だが、フランツのように行くだろうか?)
ジョーには自分には出来ないと思った。
いや、あのフランツですら黙って待っている事は出来なかったのだ。
自分なら激昂して後先も考えずに敵地へ飛び込んでしまうに違いない。
フランツは熟慮の末、軍隊から装備を借りて潜入した。
その行動は彼が落ち着きを残していた証拠だった。
あの日から半月が過ぎ、ジョーの傷は癒えたが、フランツの心の傷はまだ癒えていない。
20日間の休暇が終わったらフランツはどうなるのか?
新しい相棒と組むのか、相棒が見つかるまで単身で行動を取るのか。
恐らくは上層部が新しい相方を用意しているに違いない。
だが、すぐに組めるかと言うとそうではないだろう。
相性が悪ければ、コンビは解消となるに違いない。
情報部の仕事は自分を押し殺しながらやって行く仕事だが、生命賭けでもある。
心を許せない相棒とはやっては行けまい。
ジョーが心配するような事ではないのかもしれないが、あの事件後初めてフランツと再会し、ジョーはそんな事を思ってしまった。
(いい相棒が見つかるといいな、フランツ…)
ジョーは去って行く寂しげなフランツの背中に声を掛け、マシンの整備に没頭した。

その日のレースは接戦だった。
しかし、最後までトップを争った上にそれを制したのはジョー。
走れなかったフランツの分まで、自分が走らなければ、と何故かそんな使命感に燃えたレースだった。
トロフィーと賞金を受け取って、G−2号機をコースの外に出す。
夕陽が落ちて来た。
ジョーはそのままG−2号機を降りて、機体に寄り掛かると、それを眺め始めた。
「いいレースだった…」
フランツが気配を消していたので、ジョーは迂闊にも気付かなかった。
「まだ、帰っていなかったのか」
「ああ。手に汗握る素晴らしいレースだったな。
 久々に血が騒いだよ」
フランツは眩しそうに手を翳して夕陽を観た。
「ジョーは夕陽が好きだなぁ…」
「子供の頃、故郷で沈む夕陽を観ていた。
 島で一番高い樹に登ってね。
 俺の特等席だった。
 誰も寄せ付けないし、寄り付かなかった」
ジョーの瞳が遠くを見つめた。
何時の間にか驚く程近くにフランツが立っていた。
「お前はこんな夕陽を長い間観ていたのか…。
 心が洗われるようだ。
 俺も生まれ変われるような気がするよ」
「そうかい?」
ジョーはそんな言葉がフランツから出て来た事が嬉しかった。
「ジョー、サーキットを1周したいんだ。
 付き合ってくれないか?」
「いいけど……。いいのか?」
ジョーはフランツを気遣った。
「お前の走りを見ていたら、走りたくなった。1周でいい」
「解ったぜ。望む処だ」
ジョーはフランツとハイタッチして、G−2号機に乗り込んだ。




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