『熱い思い』

熱く燃え滾(たぎ)る思いが全身から溢れ出しそうだった。
ゴッドフェニックスからバードミサイルで仕留めるのもいいが、こうして敵基地に侵入して肉弾戦を演じるのもいい。
身体を動かしてその体躯の全てを使い果たし乍ら敵を倒して行くのは、『闘っている』と言う充実感に包まれて、時折快感すら覚える事がある。
闘いの中でこそ、自分が生きている意味がある、とジョーは思っていた。
ギャラクターとの闘いも、レースも、彼にとってはどちらも『闘い』だった。
それは自分との闘いでもある。
彼がストイックなまでに自分の身体を極限まで追い詰めるような訓練と実戦を繰り広げ続けるのも、そこに理由があった。
闘っていると言う実感を求めて、率先して闘いの中に飛び込んで行く。
科学忍者隊の誰よりも復讐心に燃え、自分の身体に脈々と流れるギャラクターの血を忌み嫌う感情をエネルギーとして、ジョーは自分を追い詰め、心の闇と闘っていた。

南部博士は、最近思い悩む事があった。
自分はジョーのその感情を利用しているのではないか、と。
ジョーが熱くなりやすい性格だと言う事は熟知している。
8歳の時に孤児となった彼を助け、自分の元に引き取ってからもう10年になるのだ。
プライベートレーサーと言う適職を見つけて来た時も、ジョーは熱く自分の夢を自分に語ってくれた。
レーサーとして過ごさせて上げられれば良かったのかもしれない…。
科学忍者隊の指揮官としては、その指揮に一点の過ちがあってはならない。
その為に常に冷徹とまで言える程、慎重かつ冷静、時には非道な命令も彼らに行なって来た。
(しかし…、ギャラクターは何としても壊滅させねばならぬのだ…)
南部は執務室のデスクを両拳で叩いた。
まだ年若い5人を闘いの渦に引き込んだのはまさに自分だった。
ジョーが南部の苦悩を知ったらきっとこう言う事は解っている。
『俺はギャラクターへ復讐する事が出来る最高の場を与えて貰って満足ですよ』と…。
何故最近ジョーの事ばかり思うのか、南部には思い当たる節があった。
BC島で生命尽きる寸前のジョーを助けたあの日が今年も近づいているからだろう。
ジョーは敵を倒す事に夢中となり、自分にもその熱い魂をぶつけて来る事がある。
ギャラクターさえ居なければ、5人を戦士に育てる事は無かった…。
そう思う事が増えて来た。
しかし、決戦の時期が近づいて来ている事も南部には解っていた。
(健太郎…。嘲笑(わら)ってくれ。私はお前の息子をリーダーとして科学忍者隊を組織した。
 それなのに今の私の気持ちは揺らいでいるのだ。一体どうしたと言うのだろう?)
盟友だった健の父親・レッドインパルスに呼び掛けた。
気が付くと窓の外に夕焼けが広がっていた。
そろそろジョーが彼を迎えに来る時間だった。
これからアンダーソン長官と会食する予定になっていた。

「博士。俺の顔に何か付いてますか?」
迎えに来たジョーが訊いた。
「すっかり戦士らしい顔つきになったものだな…」
「そりゃあそうでしょう。俺は親父とお袋を殺したギャラクターへの復讐を誓った男です。
 眼つきだって悪くもなりますよ」
「眼つきの事を言っているのではない。君が醸し出しているその…オーラみたいな物の事だ」
「オーラ?」
「君から熱く燃え滾る物を感じるのだよ。そして、その事で君が苦しんでいる事も私には解るのだ」
「博士。俺は自分で決めたんですよ。科学忍者隊になる事を。
 『コンドルのジョー』になる事を自ら進んで選んだんです」
「いや、私は君を追い詰めてしまったのではないか、と時々思う事がある」
「やめて下さい!博士は俺達の指揮官ですよ。いつでも凛として俺達に命令を下して下さい。
 俺達は誰もその命令を非情だなんて思いません。
 俺達は兵士(ソルジャー)です。闘う為に生きてるんです。それでいいんですよ。
 まだ幼い甚平ですら、闘いの中で死ぬ事を覚悟してるんですよ!」
彼の全身から熱い何かが解放されそれが発散して行くのを南部は見た。
それは恐らくはギャラクターに対する闘志に違いなかった。
「やるしかないんですよ。博士も、俺達も…」
ジョーは信号でブレーキを踏んだ。
「博士。一言だけ言わせて下さい。苦しんでいるのは、俺ではなく、健です。
 科学忍者隊のリーダーとして任務を遂行する立場と、親父さんを思う気持ちと、そして……。
 あいつは自分の手が血で汚れていると思っています。
 もしも、俺が健をサポートする事が出来なくなった時は、あいつの事を頼みますよ」
「何だと?ジョー。何て不吉な事を!」
「いや、ただ、何が起こるか先の事は解らないって事ですよ。忘れて下さい」
一瞬眼を伏せてそう言うと、前を向いて黙り込んだ。
この時のジョーの言葉がまさか彼らの未来を予言していようとは、南部も、そしてその言葉を発した本人ですら、知る由も無かった。




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