『仕立て上げられた暴君(4)』

「地下水路の地図は頭に叩き込んだか?」
健が訊ねた。
「当然だろ?目隠ししても行けらぁ」
「上出来だ」
健はニコリと笑って見せると先に立って走り始めた。
ジョーもそれに遅れじと風のように走る。
施工以来40年が過ぎた地下水路は足場が悪かった。
だが、足を取られて滑るような愚かな轍は踏まない。
それがこの2人だった。
何事もないかのように綺麗なフォームで走って行く。
地下水路にはいくつか大きな分岐点があった。
「健、そこを右に曲がれば、もうすぐだな」
「ああ、問題は此処からだ」
目標のマンホールに上がる梯子状の鉄パイプに登った。
健がマンホールに下から両手を当てる。
「どうだ?上がりそうか?」
「いや、配水管の施工業者の爺さんが言った通り、蔦か何かが絡んでいるようだ」
「俺が持ち上げるから、ブーメランで切ってくれ」
「そうしよう」
ジョーは器用に1人用の鉄の梯子を健の横から入り込み、足だけで自分の身体を支えた。
皮の手袋をしている。
そのお陰で滑らずにマンホールを下から持ち上げる事が出来た。
「ぐっ…。なかなか手強いぞ」
「だが、薄暗いが外が見えている。
 蔦を切るから暫く耐えていてくれ」
「俺に構うな。早くやれ」
そうして、2人は頑丈な蔦に守られていたマンホールを開ける事に成功した。
健が下がり、ジョーはそのマンホールを音を立てないように、外に置いた。
ジョーはすぐに頭を引っ込めた。
「警備員が2名いる。少し眠らせておくか」
「そうしよう。1人ずつ音を立てずにな」
「ようし、出るぜ」
ジョーが先に出た。
健もすぐに続く。
2人とも音もさせずに芝生の上に舞い降りた。
サーチライトが当たった時に透かして見ると、警備員はギャラクターの隊員だった。
「なる程此処までギャラクターが入り込んでいたか」
健が含み声で言った。
2人は目線を交わし合った。
それぞれ1人ずつ、後方から口を押さえて声を出せないようにし、背中に膝蹴りを喰らわせてそのままそっと土の上に寝かせた。
此処まで2人は全く音を立てていない。
「サーチライトに気をつけろよ」
まるで刑務所のようなサーチライトが、王宮の屋上で回っている。
健はジョーに注意を促した。
注意をするまでの事はなく、ジョーはその事を解っていた。
2人はサーチライトを避けながら、王宮の建物へと本物の忍者のように忍び寄って行った。
「建物の中から行くよりも、やはり外からだな」
ジョーが5階建ての王宮を見上げて呟いた。
彼らは壁伝いに上がって行った。
上階に上がるに従って、段があり、狭まって行くように作られているから、ヒュヒュッと音をさせながら、2人は問題なく5階まで到達した。
そこまでサーチライトに照らされずに来た事は奇跡的だった。
科学忍者隊の面目躍如と言った処だ。
さすがにリーダーとサブリーダーの行動力とその動きは半端ではない。
早速国王の部屋を探す。
「10時か…。まだ床に入っちゃいねぇだろう。
 超側近とか言う執事が居てもおかしくはねぇな」
ジョーが含み声で呟いた。
「王女によると、執事の部屋は通路側に面していると言う。
 どうやって交わすかだな」
健が腕を組んだ。
「国王の部屋の天井裏に忍び込もうぜ。
 執事の方は、まあ、俺に任せておけ」
ジョーはその言葉の通り、国王の部屋の天井裏から、ドア1つ隔てただけの隣にある超側近の部屋の天井へと移った、
健もそれに続いた。
排気口の穴から中を覗く。
あれがベルク・カッツェか?
その可能性はあった。
何やらコンピューターにアクセスしている様子だった。
ジョーはその部屋の壁に羽根手裏剣で睡眠薬入りの匂い袋を投げつけた。
ほんのりと香った睡眠導入剤により、超側近の初老の男は椅子に掛けたまま眠りに就いた。
充分に時間を置いてから、ジョーは排気口の穴から中へと舞い降りた。
頭を軽く指で突(つつ)いてみる。
反応はない。
ジョーは排気口の中にいる健に来るように合図した。
健も部屋の中に舞い降りた。
2人は簡易ガスマスクを装着していた。
それから気配をじっと探り、踊り込むように国王の部屋へと飛び込んだ。
明かりは漏れていたが、国王は疲れ果てたかのように揺り椅子にへたり込み、微酔んでいた。
眼が落ち窪んでいる。
身体はそれ程痩せ細ってはいなかったが、全身に疲労が濃く滲み出ている。
やはり全権をあの執事が握っているのか?
あれがベルク・カッツェであるのならば、放置しておくべきではないのかもしれない。
ジョーが執事室を覗くと、男はまだ眠っていた。
ジョーは執事の仮面を剥がしに掛かった。
そして愕然とした。
「おい、健!執事は変装じゃねぇ!」
国王の部屋に入ったジョーは健に向かって叫んだ。
その声で国王が目覚めようとしていた。
健はジョーに変身するように告げた。
2人はバードスタイルになって、国王に謁見した。
「許可なくこの部屋に侵入した事をお詫びします。
 我々は科学忍者隊。G−1号とG−2号です」
健は穏やかに話した。
混乱気味だった国王が『科学忍者隊』と言う言葉を聴いて、落ち着きを取り戻した。
「貴方達が!これは助かった!」
「国王。貴方は洗脳されているのではないのですか?」
「洗脳されているのは、前室にいる執事の方じゃ」
「あの人が…」
「私は此処に軟禁されておる。
 そして、国防長官がギャラクターのベルク・カッツェとやらと手を組み、我が国の財宝を横流ししている。
 あの執事は洗脳されてその手先に使われておるだけじゃ。
 私は国民が心配で仕方がない。
 クーデターが起きていると言う噂もチラっと聴いたが、私には詳しい情報が全く入って来ないのじゃ」
「貴方の娘さん、エヴァン侯爵の元へ降嫁されたマリーン王女がご主人と共にその首謀者となって闘っています」
健の口から出たマリーンと言う言葉に、一瞬ジョーの心がチクリとした。
(別人の話だ。今は忘れろ…)
ジョーは自らの心に言い聞かせなければならなかった。
マリーンのサラリとした下ろした長い金髪が頭を過(よ)ぎる。
ヘルメットを外した瞬間にパラッと落ちる髪が豊かで、美しく艶やかにうねったのを良く覚えている。
マリーン王女は髪を編み込みに纏め、髪の色はブラウンだった。
本人は自分の身なりに構う暇もなく、髪の編み込みは降嫁時に王女に付き添って来て、そのままクーデター軍に従軍して来た、マリーン王女の下女だった女性がやっていた。
「マリーンは無事なのですか?元気なのですか?」
「民衆と共に立ち上がっています。貴方が洗脳されたと思っているのです」
健が状況を説明した。
「執事が眠っている内に我々は姿を消します。
 必ず助けに来ますから、もう暫く辛抱して下さい。
 この国の国防長官が科学忍者隊にクーデターを止めて欲しいと依頼して来ましたが、我々は国防長官の言いなりになるつもりはありません。
 貴方と王女、そして国民の皆さんを助けたい」
「宜しく頼みます。国防長官はあんな人物ではなかった。
 もしかしたら別人が取って代わっているのかもしれないのじゃ」
「国王が洗脳されていないと知ったら、王女も喜ばれます」
「健!」
ジョーは隣の部屋の気配を察した。
「必ずもう1度やって来ます。
 国王は寝た振りをしていて下さい」
健とジョーは排気口に上がり、それを閉めて、気配を消した。
健と国王が話している間に、実はジョーが国王にも気付かれないように部屋に盗聴器を取り付けていた。
これで様子は自分達に筒抜けだ。
このままこの場所にいるのは危険だった。
一旦彼らは引き下がる事にし、音もなく王宮を去った。
隣の部屋からは既にジョーが羽根手裏剣と睡眠薬入りの匂い袋を回収済みだった。
国王の部屋に執事が入って来る気配がしたのを機に、彼らはブレスレットで盗聴器からの様子を傍聴しながら、その場を離れたのである。




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