『蝕まれる心と身体』

ジョーの気持ちはざらついていた。
この処、任務が終わった後の疲れが半端ではなかった。
これまでだって疲れは感じていたが、こんな事はなかった筈だ。
一体自分の身体には何が起こっていると言うのか?
あの日…。急に眩暈を起こして、老婆を撥ねてしまったあの日からだ。
(ただの疲れじゃねぇ。何かが俺の身体を蝕んでいる…)
そう実感したあの日から、どうも調子がおかしい。
実はその少し前から疲れ易さは感じていたのだが、急激にそれが重くなった。
その事で心までがささくれ立っており、ジョーは仲間達の元へと顔を出す気にもなれなかった。
健は聡い。
きっと異常に気付くだろう。
任務中は少しの変化も見せないように、どれだけ気を張ったか…。
それもいつかは気を張るだけではどうにもならなくなる日が来るかもしれない。
いつその日が来てしまうのか?
ジョーはその事が気掛かりでならなかった。
不調を押し隠して、何としてもギャラクターとの最終決戦まで持ち堪えなければならなかった。
例え自らの生命と引き換える事になっても、彼は両親と『自分自身』を殺したギャラクターへの復讐を遂げなければならないのだ。
でも、彼は死ぬ事を恐れては居ないが、自分が死ぬと現実的に思っていた訳ではない。
自分には夢がある。
自分の資金で自分のレーシングチームを作って、世界中を走る。
世界的レーサーになって、賞金を稼いで回る。
最終的にはF1で走りたい。
その為にも実力を注目されなくてはならない。
ギャラクターを倒したら…。
そんな若者らしい夢を抱いていた彼も、今は身体の不調から来る精神的不安定と闘っていた。
このまま自分の身体はどうなってしまうのか?
南部博士は医師の資格を持っているが、相談する事など出来なかった。
博士は親代わりではあったが、科学忍者隊を厳しく統括する人物でもある。
そんな博士に相談をしたら、科学忍者隊から外される。
何よりもその事を恐れているジョーであった。
科学忍者隊にいるからこそ、彼の持つ復讐心は意味を持っていた。
勿論、最後には1人になろうともギャラクターを壊滅させると言った気持ちはあったが、『この仲間達と遣り遂げたい』と言う思いが強かったし、仲間達から離れたくないと言う気持ちが彼の心を満杯にしていた。
出逢うべくして出逢ったとしか思えない、このメンバー。
彼らの中では、ジョーは我侭で好き勝手にやっているようにも見えたが、実は一番仲間思いなのは彼だった。
仲間の危機には身体を張って庇ったりもした。
仲間達は彼の本心を知ってくれているものと信じていた。
ジョーは言葉で表現するのが苦手なだけなのだ。
その事を一番良く知っているのがリーダーの健だった。
ジュンも解っている事だろう。
この2人が難関だった。
勘が鋭い。
体調不良をすぐに見破られるような気がしてならなかった。
彼らに知られれば、必ず南部博士の耳に入るだろう。
だから、ジョーは『スナックジュン』に極力顔を出さないようになって行った。
その事自体を仲間達は不審に思うだろうが、病気を知られるよりはいいだろう、と言う究極の選択の上で決めた事だ。
街の病院に行かないのもその理由からである。
もし病気が重篤であるのなら、必ず彼の身元引受人である南部博士の元に連絡が行く事になる。
それだけは避けたかった。
これが医者に診せない理由だった。
市販の痛み止めと眩暈止め、吐き気止めを買って来ては飲んでいた。
薬剤師に受診を勧められる事もあったが、適当に言葉を濁していた。
それだけ頻繁に薬を買っていたのである。
使用限度量など守っていなかった。
規定の量では効かない事はとうに解っていたから、複数のドラッグストアや薬局で薬を仕入れ、大量に摂取していた。
それでも、症状は日増しに悪化しているのが解った。
自分の身体が日に日に蝕まれて行く事をどうする事も出来ず、今もジョーは薬を飲んで、トレーラーハウスのベッドに頭を抱えて横たわっていた。
今、この瞬間にプレスレットが鳴らない事だけを願っていた。
その様子をトレーラーハウスは心配しながら見守る他、何も術を持たなかった。
上半身裸でいる彼の為に、出来るだけ室内を暖かく保ってやる事ぐらいしか……。
G−2号機と同様、このトレーラーハウスも意志を持ち始めている。
ジョーとの関わりの中で、彼がどれだけ『彼ら』を大切に扱って来たのかが解る出来事である。
ジョーにだけしか見せない優しさでもあった。
頭痛と眩暈に耐えながら、ジョーは逞しい肉体をシーツに隠して、丸まっていた。
心地好い温度に包まれる。
このトレーラーハウスも、G−2号機と同じ事をするのか、とジョーは思いながら、意識を失った。
意識を失う程の病気である事を、彼はただ疲れて眠ってしまっただけだと思い込もうとしていた。
この段階で病院に行っていたら、違う結果が待っていたかもしれない。

しかし、彼は生き残っても、地球は救われなかったに違いなかった。
ジョーは自分の生き方には一点の曇りもなく、後悔はしていない。
ギャラクターの崩壊を最後まで見届ける事は出来なかったが、結果的に彼が執念で放った羽根手裏剣が地球を救う事になったのだ。
無謀とも言える1人での突撃は、科学忍者隊から外された彼にとっては、最後の意地だった。
ベッドの上で朽ち果てる事など耐えられる筈もなかった。
これでいいのだ、とクロスカラコルムの湿った草の上に1人居残って仲間を見送った彼は思ったのである。
カッツェに復讐は出来なかったが、自分は仲間達にその役目を託した。
この本部の入口を伝える事が、自分の最後の使命だった。
そして、今、その使命を果たした。
身体と共に心も蝕まれていたが、今となっては心は澄んでいた。
大地が割れて、辺りがゴゴゴゴゴと音を立てて崩れ去って行った。
そんな中、あれ程深かった霧が綺麗に晴れて行くのが解った。
(俺の心と同じだな…)
ジョーは綺麗な空が覗いて来るのを眺めながら、そう思った。
彼の心は救われた。
蝕まれた身体は、より傷つけられ、短い生命を更に削る事になってしまったが、今の空のように彼の心には後悔など微塵もなかった。
もうすぐ天に昇って行くのだろう。
そうすれば苦しみともおさらばだ。
ギャラクターを大勢手に掛けて来た。
地獄に行くのかもしれないが、この身体の苦しみからは解放されるだろう…。
ジョーが最後に見た物は、真っ青な日中の空だった。
彼の心のように雲ひとつなかった。




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