『カモフラージュ(1)』

ユートランドに雨が降った。
あのジゴキラーが出た日を思わせるような、しとしとじめじめとした感じで、何となく昼下がりに『スナックジュン』に集まっていた科学忍者隊の5人も憂鬱になっていた。
「何か嫌な思い出が甦るよな…」
甚平が呟いた言葉に全員が反応した。
特にジュンは「甚平っ!」と言って、彼を窘めた。
まだ、全員があの時の思いを忘れてはいないのだ。
「でもよ、たまには雨も降らねぇと水不足になるじゃねぇか」
ジョーが話題を変えた。
「今年は降らなかったんだ。少しは纏めて降っても仕方がねぇさ」
「でも、余りの雨に今日のレースが中止になってガッカリしているのは、ジョー、貴方じゃないの?」
ジュンが訊いた。
「ああ、その通りさ。この処任務が立て込んで出場出来なかったからな。
 張り切っていたら、路面に不具合が出て中止だとさ。
 前日から泊まり込んでいたんだが、こう言う時に限って天気予報が当たりやがる」
ジョーは悔しそうに呟いて、エスプレッソのお代わりを頼もうとした。
その時、南部博士からの通信が入った。
『諸君、大至急私の処へ集合してくれたまえ』
どうせ店はこの雨で閑古鳥だ。
「ラジャー」
と全員が答えて、店を飛び出した。

20分後には三日月珊瑚礁に全員が揃っていた。
「相変わらず早いな」
博士は時計を見て感心したように言った。
いい事だ。
有事の時にはこうでなくては始まらない。
微かにニヤっと笑いながら、博士はスクリーンが降りて来るボタンを押した。
「これを見てくれたまえ」
ギャラクターの基地らしき建物から、真上に向かって、何かレーザー砲のような物が立っていた。
「何です?これは」
ジョーが訊いた。
「レッドインパルスが撮って来た写真だ。
 このレーザービーム砲は、周囲を飛び交う飛行物体を自動的に感知して、全て墜落させてしまう。
 見たまえ。こんなに小さな鳥でも落としてしまう精巧さだ」
「何の目的があってこんな物を?」
健が博士に目線を合わせた。
「基地がある事を知られたくないからだろう。
 レッドインパルスがたまたま襲われ、無事に回避出来なかったら、この基地は発見されなかったに違いない。
 それだけレッドインパルスの腕が良いと言う証拠でもあるのだが、彼らは地上から近づき、この写真を撮って送って寄越した」
「正木さんと鬼石さん、やるなぁ!」
甚平が指を鳴らした。
「基地がある事を隠す…。つまり何かの作戦を着々と進めているって事ですね?」
ジョーが訊ねた。
「そう思って間違いはあるまい」
「じゃけんども、何とも雲を掴むような話じゃのう。
 情報がこれだけじゃの」
「それを調べるのが私達科学忍者隊じゃないの」
ジュンが竜の背中を叩いた。
「その通りだ。諸君にはすぐに行って貰いたい。
 この基地のある地点は此処だ」
博士が地図で示したのは、ISOがある地域から程近い山の中だった。
「戦闘機ならすぐにISOを襲える距離だぞ」
健が眉を顰めて言った。
「奴らの狙いは何だ?博士、地域的には核燃料などはないんですよね?」
ジョーが片目を釣り上げた。
「うむ。そう言った報告が出た事は1度もない」
「でも、レーザービームでカモフラージュして、別の場所で別の作戦を繰り広げている可能性だってある…」
ジョーが呟いた。
彼の勘はなかなか優れている。
その事は此処にいる全員が知っていた。
「とにかくまずはこの場所を調べてくれたまえ。
 他に手掛かりはないのだ。
 ジョーが言った可能性については、レッドインパルスに正式に調査を依頼する」
「解りました。科学忍者隊、出動します」
健が代表して答えた。

「どうも解せねぇ。あんなに目立つ方法で基地をカモフラージュしようなんて、ギャラクターにしちゃあ、ガキの作戦のようだ」
ジョーはゴッドフェニックスの中でも腕を組んだまま解こうとはしなかった。
それだけ彼には腑に落ちなかったのだ。
「確かにジョーの言う事には一理ある。
 とにかく博士の言うように調べてみるしかない」
「レッドインパルスの調査を待っていて、間に合えばいいんだがな」
「ジョー……」
健が不吉な感情を持った。
「お前、何かもっと恐ろしい事が起こると思っているのか?」
「ああ。何だかさっきあの写真を見てから胸糞が悪いのさ……」
「ジョーの勘は良く当たるわ。
 私達も油断をしないように注意して掛かりましょう」
ジュンがレーダーを見詰めながら言った。
やがて、ISOのビルが見えて来た。
そこから、35度程北にずれた30km先の地点に、問題のレーザービーム砲は立てられていた。
ゴッドフェニックスで近づくとやられてしまうので、射程距離内に入る前に彼らはゴッドフェニックスを着陸させた。
「やっぱり妙だぜ。レッドインパルスが写真を撮ったのは角度からしてこの地点に間違いはねぇ。
 こんな近くで警備兵がいねぇってぇのはどう言う事だ?」
ジョーが低く呟いた。
「この基地には何もねぇかもしれねぇぜ」
「そうだな。俺もそんな気がする。
 ジョーの勘は当たっているだろう。
 だが、奴らの本当の狙いが何なのか、一応あの基地に潜入してみなれけば探りようがないだろう」
健はリーダーらしく落ち着いていた。
「罠かもしれねぇが、行ってみるか…。
 どっちにしろあいつは破壊しなければならねぇからな」
ジョーも健の眼を見て呟いた。
ビーム砲の半径500m以内に入ったが、何事も起こらなかった。
「妙だ。こんなに手薄なのはどうしてだ?」
またジョーの胸騒ぎが始まった。
決して彼は臆病なのではない。
用心深いだけなのだ。
しかし、飛び込むとなったら自分が一番に飛び込む程の無鉄砲さも持ち合わせている。
無鉄砲と勇気は紙一重だ。
ジョーにとっては勇気でも、健にとっては無鉄砲に見える事が多々あった。
「ジョー、気をつけろよ。入れ込んでいる時が一番危ないんだ」
「解ってるよ、健…。決して油断はしねぇ」
ジョーは健を見返した。
「……行こう」
健が全員に告げた。
今回は竜も留守番ではなく、行動を共にしている。
すり鉢状になった窪みの部分に、レーザー砲は真上に向けて、立てられていた。
そこに小さな鳥が飛んで来た。
レーザー砲はぐるりと動き、ビームを発射して鳥を撃ち落とした。
「傾斜を付けて回転するように出来ているのか…」
ジョーが呟いた。
「と、言う事は、根元が弱いかもしれねぇぜ」
ジョーは不敵にニヤリと笑った。
「ジュン、甚平、竜は地下に建物がないか探ってくれ。
 俺とジョーはあのレーザービーム砲を探る」
「ラジャー」
科学忍者隊は二手に分かれた。
「多分地下には何もねぇぜ。
 上っ面だけの装備だ。俺はそう思う…」
「ジョーの勘が鋭いのは解っている。
 だが、念には念を入れないとな」
「解ってるさ。それがリーダーの役目ってもんだ」
ジョーは呟きながら油断なく、周囲を見回した。
「警備兵もいねぇ。自己守備機能もねぇ。
 やっぱりおかしいぜ。何かある。
 とんでもねぇ何かが……」
ジョーは一種の畏怖のような物を感じた。
その時、ゴーっと地鳴りのような音がして、地面が揺れた。




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