『カモフラージュ(7)』

ジョーと甚平は研究所らしき建物に潜入した。
どうせ工場にカモフラージュしてある建物はダミーだ。
「恐らくはどっちに行こうが地下から繋がっていると思うぜ」
ジョーは言った。
「本当だ、ジョーの兄貴。この研究所の建物はがらんどうだよ。
 外側だけカモフラージュしてあったんだ」
「そんな事だと思ったさ。甚平、罠があるに違いねぇ。気をつけろよ」
「解ってらいっ!」
甚平がそう言っている間に天井から何かがするりと降りて来た。
大きな短冊のように見える。
それはハエ取り紙のようにベタベタしている物で、一瞬にして甚平の小さい身体に巻き付いた。
「わあ〜、ジョーの兄貴〜っ!」
ちぇっ、と舌打ちしながらジョーは羽根手裏剣を何本も飛ばしてその紙を横一列に切り、甚平をぐるぐると回して、そいつから解放してやった。
ベリベリと音がし、ジョーの手袋もベタベタになった。
嫌な感じがした。
「甚平。こいつはきな臭ぇ。身体が焦げるぞ。
 一旦脱出して、外の川に飛び込め!」
「えっ?!テフテフ川に?」
「いいから早くしろっ!」
ジョーは甚平の襟首を引っ張った。
そして、川に飛び込んで、バードスタイルに付着した物質を洗い流した。
川を泳いでいた魚が浮いて来たのを見て、甚平はぞっとした。
『おいおい、ジョー、何やっとるんじゃ?』
竜の暢気な声が聴こえたが、ジョーは「説明は後だ」と短く答えたに留まった。
川から上がると、甚平にさっきの罠には気をつけるように言って、再び建物内へと侵入した。
先程の罠はジョーに破られたせいか、もう出ては来なかった。
その代わりにギャラクターの隊員達がマシンガンを手に待っていた。
「おいでなすったな。てめぇら、此処で何をしてやがる?
 ウランを奪って、そこの工場と思しき建物に貯蔵し、地下でメカ鉄獣でも作っていやがるのか?」
敵は何も答えない。
しかし、そのお陰でジョーの言っている事が図星だと言う事が解った。
ジョーはニヤリと笑って、「そうはさせねぇぜ」と言った。
「この燕の甚平様がいる限り、ギャラクターの思い通りにはさせないぜ」
甚平が腕を組んで啖呵を切った。
さっき罠に嵌まって、「ジョーの兄貴ィ〜」と叫んでいた癖に、とジョーは苦笑した。
啖呵を切る辺り、リーダーの健とそっくりだ。
さすがに健の事を『兄貴』と慕っているだけの事はある。
ジョーはそれ程目立つ事はしない。
ギャラクターを斃す事だけを考え、闘いに没頭するから、いつも気合のみで相手に挑んで行く。
今日もそうだった。
敵兵の中に逸早く飛び込んで行く。
それを見て、甚平も負けじと続いた。
ジョーの事をライバル意識で見ている訳ではない。
健に続く兄貴分として、甚平なりに慕っている。
何よりもリーダーとしての資質は別として、ジョーの実力が健と伯仲している事は甚平も良く解っている。
エアガンと羽根手裏剣を同時に駆使して、敵兵を薙ぎ払って行く姿には、惚れ惚れとする事がある。
そして、何よりも何かあった時に、そっと仲間を庇ってくれる存在なのも甚平には解っている。
冷たい素振りをしてはいるが、実はそうではない事は、実は仲間内では知られている事なのである。
まだそれを理解していないのは、共に行動する事の少ない竜だけかもしれない、と甚平は密か に思った。
ジョーは敵兵の中に駆け込んで、戦闘を開始した。
雑魚は早く片付けて、目的を達成しなければならない。
その時、竜から国連軍の到着を告げられた。
「甚平。倉庫になっている工場もどきの建物をおめぇ1人で守れるか?」
国連軍の人間から殉職者を出したくなかった。
その思いは甚平にしっかり伝わっている。
「解った。おいらに任せて。
 でも、ジョーの兄貴。此処も敵が多いよ。
 気をつけてね」
「それは俺の台詞だ。充分に気をつけろよ、甚平」
そう言っている間にも、ジョーは甚平の退路を作る為に羽根手裏剣を飛ばした。
それは正確に甚平を狙っていた敵兵へと命中した。
「そう簡単にてめぇらの思い通りにはさせられねぇのさ」
ジョーは敵兵を足払いし、羽根手裏剣をお見舞いする。
その返す刀で、エアガンの三日月型キットで打撃を与えている。
見事な事に、全く無駄な動きがない。
その鍛え上げられた肉体を余す処なく使い、全身を武器として、敵兵の束の中に挑んで行く。
敵の中に飛び込んでしまった方がこちらが無勢の時には有効である。
それは胆力がないとなかなか出来ない事ではあるが、敵の間合いに入ってしまう事で、武器を持って攻撃する敵には武器の意味がなくなるのだ。
但し、至近距離からマシンガンを撃たれる危険性はある。
ジョーはその事は理解していた。
その上で飛び込んで行く。
敵兵は同士討ちの危険を省みたりはしない。
仲間を犠牲にしようとも、コンドルのジョーを斃す事を優先するように教育されている筈だ。
それでも、敵を恐れないのは、ジョーに敵兵の動きを見切る能力が備わっているからなのだ。
彼にはその能力がある為に、科学忍者隊の斬り込み隊長的な役割も担っている。
健のリーダーとしての仕事をやり易くする為だ。
その力が今、如何なく発揮されようとしている。
ジョーは50人からいる敵を1人で倒そうとしているのだ。
この建物の中には司令室があるに違いない。
恐らく上物はダミーで、地下に潜る事になるだろう。
甚平を国連軍の援護に充ててしまったから、自分1人でこの任務を片付けるしかなかった。
「甚平!ウランの運び出しが終わったら、すぐに連絡しろっ!」
『ラジャー!今、始まった処だよ』
甚平も戦闘中だ。
それが解る物音がブレスレットから響いていた。
ジョーは早々に通信を切った。
甚平の戦闘を邪魔しない為でもあったし、自分の闘いに集中する為でもある。
ジョーは気合を込めて、敵兵の喉笛に長い脚でキックを叩き込んだ。
そのまま回転して、別の隊員の鳩尾に右拳を捻り込んでいる。
その素早さは香港映画の早回しを観ているかのようだったが、ジョーの場合は実際にその速さで動いている処が強みだ。
「とおりゃっ!」
気合を掛けて跳躍し、敵兵の頭の上をのしのしと歩いた。
勿論歩いただけではない。
敵の後ろ首にある急所を痛めつけたのだ。
それだけで何人もが倒れた。
ジョーは先へ進まなければならなかった。
地下へ潜るルートがある筈だ。
甚平と国連軍がウランを運び出している間に、事を運ぶ必要がある。
『ジョーの兄貴、おいらだけじゃ手に負えない程敵が増えて来たよ』
甚平の声がした。
「解った。竜をそっちにやる。頑張れ!』
ジョーは竜に甚平の応援を頼み、自分は敵を切り拓きながら、地下への道を探した。
甚平から運び出しが終わったと連絡が来るのを待って、司令室を爆破する必要がある。
此処にカッツェがいるかどうかは解らないが、倉庫代わりに使っていただけなら、居ない可能性が高い、とジョーは思った。
司令室には時限爆弾ではなく、ゴッドフェニックスからのスイッチで爆発する爆弾を使う。
そしてそこに超バードミサイルもぶち込んで、研究棟から工場と見せ掛けた倉庫までを一気に爆破させようと考えていた。
その為にも、まずは司令室を探す事が第一の任務だった。
恐らくはチーフか隊長級の隊員が出迎えてくれるかもしれない。
ジョーは、覚悟を決めて先へと進んだ。
孤軍奮闘とはまさにこの事だ。
ジョーは1人でそいつと対峙しなければならない。
健とジュンはまだ前の現場の処理に掛かっている。
当てにする者は誰もいない。
だが、そんな時こそ闘志が沸いて来る。
人間、所詮は1人だ。
そう思い至ったら、気分が楽になった。
ジョーは元々一匹狼だった筈だ…。
やがて、雑魚兵が減って行き、自然と道が拓かれる形となった。
そこにはエレベーターが一基あった。
明らかに地下に向かうものだった。
ジョーは意を決してそれに乗り込んだ。
罠ではないかと油断もしなかった。
彼が予想していたようなガス兵器は出て来なかった。
どうやらこのまますんなりと地下まで案内してくれるらしい。
ジョーは拳を握り締めて、来たるべき難敵へと備えた。




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