『カモフラージュ(8)』

エレベーターは一路地下へと向かって行った。
下では何が待ち受けているか解らない。
ジョーは警戒しつつも、表示板を見続けた。
そろそろ最下階に着くらしい。
多勢に無勢なのは覚悟の上だ。
だが、彼にとってはそれはそれで闘い易い。
科学忍者隊を斃す為に様々なカモフラージュをしながら、ウランを溜め込むと言う二重の旨みを吸い取ろうとしたギャラクター。
苦しめられた村の人達、そしてレーザービーム砲で墜落させられた飛行機の人々…。
彼らの無念が、ジョーの脳裡を掠めた。
此処でおめおめと引き下がる訳には行かなかった。
闘いの火蓋は既に切られているのである。
エレベーターは容赦なく、目的地へと到達し、その扉を開けた。
案の定、ギャラクターの隊員達がマシンガンを掲げて待っていた。
マシンガンの洗礼を受けたジョーは、マントでそれを防ぎつつ、敵兵に足払いを喰らわせた。
脚を掬われると、立ってはいられない。
仲間同士絡み合いながら、敵は崩れて行った。
ジョーはそのまま敵の中に駆け込んだ。
こちらは1人だ。
その手を使うしかなかった。
何十人いるのかは解らなかったが、ダミーの研究所とは言え、科学忍者隊を誘き寄せる作戦もあった為か、結構の人数がスタンバイしていた。
「たった1人で来るとは馬鹿な奴よ」
チーフ格の色違いの制服を着た男が、悪そうに笑った。
バズーカ砲を2本担いでいる。
余程に膂力があり、自身の力に自信があるらしい。
バズーカ砲一門でも相当に重いのだ。
驚いた事に、以前南部博士が国連軍選抜射撃部隊の為に開発したバズーカと同等品が出来上がっていた。
ギャラクターはそれを盗み出そうとした事がある。
どうやってか同じ技術を開発したのだろう。
こいつは多少は小さいが、強力だ。
やられたら重傷を負う処か、死が待っているかもしれない、とジョーは覚悟を決めた。
死ぬ時は死ぬ。
科学忍者隊として任務を始めてから、その覚悟は出来ている筈だった。
この期に及んで怯む事などある訳がない。
ジョーは堂々とバズーカ砲の前に立ちはだかった。
彼は守るべき者の為に傷を負う事はあったが、1人でいる時に怪我をした事は殆どなかった。
不覚を取ってなるものか、と気を張り巡らせているのだ。
ジョーは驚いた事に敵が担いでいるバズーカ砲の上に跳躍して、とんと乗った。
彼が脚を引っ掛ける事で、片方のバズーカ砲が暴発して、周囲の敵が倒れた。
その間敵のチーフはボーっとしていた訳ではない。
ジョーを振り払おうと必死になっていたが、ジョーは器用にも落ちる事はなかった。
片脚を敵のもう一方の肩に掛けていたからである。
これでバズーカ砲は一門になったが、まだ安心は出来ない。
敵兵がチーフの後ろに下がり、ジョーとチーフが一騎打ちをするような形となった。
ジョーはエアガンを抜き、羽根手裏剣を唇に3本咥えているが、バズーカ砲とでは何とも分が悪い事は事実だった。
ジョーは瞬時に攻撃方法を決めた。
敵がバズーカ砲を発射する直前に、発射口にエアガンの銛を喰い込ませるのだ。
ジョーは黙ってそれを実行した。
敵に行動を悟られてはならない。
チーフがバズーカ砲を発射しようとした一瞬前、ジョーはエアガンを発射していた。
見事にバズーカ砲の発射口に銛が喰い込み、バズーカ砲は砲身の中で暴発した。
その間にジョーは羽根手裏剣でチーフの両手の甲を射抜いていた。
そして、そのまま彼の身体に飛び込んで行き、肉弾戦を演じた。
チーフは腕を赤く染めている。
それは羽根手裏剣のせいではなく、バズーカ砲の暴発によるものだった。
右腕が千切れそうになっていたが、ジョーは同情はしなかった。
「痛むだろう?どうだ?俺にぶち込む筈だったバズーカ砲でやられた気分は?」
ジョーは冷たく言い放った。
しかし、その時、別方からバルカン砲の発射音がした。
バルカン砲はガトリング砲の一種だ。
ガトリング砲はジョーのG−2号に搭載されている。
チーフとの闘いに気を取られている間に、ミニ戦車が此処までやって来ていたのだ。
その為にギャラクターの隊員達は、それを自分達の身体で隠していた。
ジョーは跳躍してその弾丸を避けたが、避け切れなかった。
彼がジャンプする事を予期した上で発射されていた。
マントで防げなかった右胸から腹部に掛けて数弾喰らってしまい、ジョーは呻きながら転がり落ち、唇から血を喀いた。
肺を傷つけたのは間違いなかった。
だが、この程度で屈するジョーではない。
血を喀きながらも立ち上がったその鬼気迫る様子を見て、ギャラクターの隊員達は引いた。
「馬鹿者!引くな!今がチャンスだ!」
叫んだのは、研究員のような白衣を着た普通の男だった。
違う処は、右手がロボット化している処だった。
「覚えているか?この腕はお前にやられた」
ジョーは思い出した。
任務の中で、肩から下を爆発で失った隊長がいた事を。
ジョーが仕掛けたペンシル型爆弾に巻き込まれたのだ。
「そ…れで、俺、を恨んでいた訳か…。
 出番、を、そっと狙っていた、んだな……」
ジョーは言葉と共に血を喀きながらも、そう言った。
「迂闊、だったぜ…。誰よりも、用心深いこの俺が、よ…」
ジョーはふわりと意識を奪われそうになったのを、意志の力で踏み止(とど)まった。
「だが…、まだやられる訳には行かねぇ、んだ…。
 任務は終わっちゃ、いねぇから、な……」
ジョーは信じられない精神力で自身の身体を保っていた。
「おめぇの…部下のチーフも…、そうして右腕をロボット化して、やる、のか?」
ジョーは余計な事を喋るのは身体に堪えると言う事を知った上で、話していた。
「俺は、おめぇを倒さなければ、ならねぇ…。
 この基地はウランの奪回が終わったら、爆破、する、からな…」
ジョーの唇からまた血が漏れた。
胸と腹の傷からもボタボタと血が流れ落ちている。
失血が酷いのが気になった。
だが、止血をしている余裕などなかった。
「へっ!おめぇだけは、倒しておかねぇとな…。
 このままでは、また因縁を深める、だけだ…」
「その身体で何が出来る?」
隊長はせせら笑った。
「出来るさ…。俺達科学忍者隊には、知恵と勇気がある……」
ジョーは真っ青な顔をしながらも、敵の隊長をしっかりと見ていた。
その時、甚平から奪回が終わった旨の連絡が入った。
「解った…。ゴッドフェニックス、に戻って、いろ…」
『ジョーの兄貴?何かあったの?』
甚平が心配そうに言った。
「いや、何でもねぇ…」
『何でもない訳がないわさ』
竜の声も聴こえた。
だが、ジョーはもう引き下がる事は出来なかった。
「こいつを…。隊長を倒したら、すぐに戻る。
 ゴッドフェニックスで、待機、していろ」
『ラジャー』
心配そうな2人の声が聴こえた。
本当にゴッドフェニックスに戻るのかどうかは解らない。
2人の判断で此処まで駆けつけるかもしれなかった。
だが、ジョーは2人の力を借りずに、自分自身の力だけでこの決着を着けたかった。
ジョーは羽根手裏剣を静かに唇に咥えた。
そして、時が経つのを待った。
自分の体力は弱って行く。
だが、タイミングは確実な瞬間を逃してはならないのだ。
戦闘員としての長い闘いの間に、ジョーはそう言った呼吸を身体で覚えていた。
敵の隊長が動いた。
倒れているチーフを見やって、「そいつを医務室に運んでやれ」と言った。
ギャラクターにしては珍しい。
今までなら、こう言った輩は見棄てられて来た。
ジョーは珍しい物を見た、と思った。
右腕を失うと言う、自分と同じ境遇に陥ったチーフに同情したか?
ギャラクターにもそんな隊員がいるとは…。
カッツェがいたら射殺ものだな、とジョーは考えながら、『タイミング』をひたすら待っていた。
隊長はなかなか隙を見せない。
武器はミニ戦車に積んだバルカン砲だけのようだ。
次に撃って来る時は、ジョーを殺しに掛かって来るだろう。
ジョーはこの危機を乗り越えなければ、と思った。




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