『カモフラージュ(9)』

1人で対バルカン砲に臨まなくてはならなくなったジョーは、深手を負っている。
肺を傷つけられているのは間違いがない。
えずきを伴って、胸から込み上げて来る鮮血を、漏らさぬようにと頑張っても、それは無理な事だった。
「ぐふっ!」
堪えても堪えても口から溢れ出て来る鮮血。
バードスタイルだったからこの程度で済んだのだ。
これが平服だったら、とうに彼はこの世にはいない。
対バルカン砲。対戦車……。
近づけば敵の思うツボだろうし、ジョーの投擲武器はエアガンと羽根手裏剣のみ。
健のブーメランでもあれば、遠くの敵に大きな一撃を与えられるのだが……。
「くそぅ。それでもやってやるのみよ…」
ジョーは弱々しく呟いた。
ヨロヨロと歩き始めた彼だが、数歩目からはしっかりとした。
意志の力が強いのである。
敵を倒す事しか考えていない。
もはや『倒す』のではなく、『斃す』に変わっている。
『殺さず』が科学忍者隊に下された命令だが、実際には任務の中で多くのギャラクターを死なせている。
ジョーはこの敵は殺さなければ、こっちが殺られると踏んだのだ。
これ以上の傷を受ければ、助かるまい。
いや、今でも充分に彼は重傷だった。
歩く度に血がぽたりぽたりと垂れ、時折立ち止まっては大量の血を喀く。
肺の傷が相当身体に堪えているようだ。
このままでは失血死が近い。
だが、こんな処で死ぬ訳には行かなかった。
どうせ死ぬのならせめて、任務は終えたかった。
この隊長と一騎討ちする。
ジョーはそう決めていた。
「雑魚どもは引っ込んでいな。
 これは俺とこいつの闘いだ……」
ジョーの鬼気迫る表情に敵兵が引いた。
それは恐怖の表情だった。
「ふん。腑抜け共めが!
 まあ、いい。こんなに素晴らしい獲物を見つけたのだからな。
 こいつの首を持って行ったら、カッツェ様がすぐにも勲章を下さるに違いない」
「そうは…、させるかよ?冗談じゃ、ねぇぜ……」
ジョーはどうやったのか、何時の間にか敵のミニ戦車のすぐに横に立っていた。
敵の隊長は心底驚いた。
「その身体を引き摺って、どうやって此処まで来た?」
「おめぇが…、ほんのちょっと、勝利の美酒に酔い、しれる妄想を、している間にさ……」
ジョーは息苦しかった。
当然だろう。
これだけの血を喀いている。
やられたのは右肺だ。
心臓が無事なのは助かった。
「俺は、そう簡単に、死なねぇように、出来ている、らしいぜ…」
ジョーは8歳の時の事を思った。
仔犬を助けた時の事も…。
全て乗り越えて来た。
「ぐっ!」
また血を喀いた。
その惨状を見ながら、敵の隊長は笑った。
この距離ではバルカン砲も役には立たない事を知りつつも余裕だった。
そうだ、このまま放って置くだけでジョーは死ぬ。
簡単な事だったのだ。
時間さえ稼げばいい。
だが、この隊長の誤算は、ジョーの打たれ強い処にあった。
ジョーはなかなか息絶えなかったのだ。
それどころか、さっきから1度もジョーは倒れてはいない。
その事に気付くべきだった。
右腕を失った仇に遭遇した事で、この隊長もまた、人間らしい高揚感に見舞われていて、冷静さを失っていたのだろう。
ジョーにとっては、それが幸いした。
「俺が…、此処まで来たって事、はどう言う事か、解るか?
 バルカン砲は使えねぇぜ」
ジョーは敵の最大の武器をこうして、封じた事になる。
雑魚兵達がマシンガンを掲げて、彼を取り囲んだ。
「構うな。俺とこいつの一騎討ちだ!」
隊長はまだ強気だった。
隊長の一喝で、また隊員達は後ろへと引いた。
ジョーはペンシル型爆弾を周囲に投げつけておき、彼らを動けなくした。
2人の周りで爆発が続いた。
硝煙の中、隊長はゆっくりとマシンガンを構えた。
ジョーはエアガンを敵の胸に向けた。
射撃の腕なら、自信がある。
問題は体力が持つかどうかだ。
倒れる前にやらなければならない。
いや、この隊長を絶対に斃して、この基地から脱出してやる。
ゴッドフェニックスから超バードミサイルで基地毎爆破する事になっているのだ。
この基地と心中はごめんだ、とジョーは不敵に笑った。
「この期に及んで笑うなどとは、大した若造だ」
ギャラクターの隊長はジョーを褒めたのか、それとも鼻で笑ったのか。
ジョーにはもうそんな事はどうでも良かった。
とにかく、焦りは禁物だ。
彼には時間がなかったが、それでも、この隊長だけは自分の力で斃さなければならない。
助けを呼ぶ事は出来たが、彼は敢えて呼ばなかったのだ。
ジョーは血を喀きながら、敵をしっかりと見据えた。
頭がぐらりとするのを感じたが、意志の力で意識を取り戻した。
今、倒れては確実に敵の餌食だ。
ジョーは敵のマシンガンが咆哮するのを待っていた。
羽根手裏剣で狙いをずらしてやる作戦だった。
自分が跳躍してそれを避けるのは体力的に不可能だろう。
それなら羽根手裏剣でそれを成しておいて、その瞬間にエアガンで敵を撃つ。
彼は既に羽根手裏剣を左手に持っていた。
1度は唇に咥えた羽根手裏剣だ。
真っ赤に染まっている。
その為に左手に持ち替えたのだ。
彼は右腕を傷めた時の事を考慮して、左手でも羽根手裏剣を放つ事が出来るように、自己訓練をしている。
敵の隊長のマシンガンが少し動いた。
ジョーの心臓を狙っている事が解った。
ジョーは密かに羽根手裏剣を放つ用意をした。
敵がマシンガンを撃つ瞬間がやって来た。
ジョーはその一瞬を決して逃したりはしなかった。
左腕を大きく動かして、羽根手裏剣をマシンガンの銃身の先の方に向けて放った。
3本の羽根手裏剣がマシンガンの方向を変えた。
マシンガンはあらぬ方向に向かって発射された。
その瞬間、ジョーのエアガンが敵の心臓目掛けて発射されていた。
狙い違わず、敵の左胸に命中した。
これだけで敵が死ぬ事はない。
エアガンはそう言う武器だった。
だが、ジョーはそこにも羽根手裏剣を浴びせた。
胸、そして、喉元にも……。
そうして、敵の隊長は絶命した。
「わぁ〜っ!」
と叫んで逃げて行く雑魚兵は放っておいて、ジョーはミニ戦車に時限爆弾をセットして、脱出を始めた。
だが、脚が絡むような感じで上手く歩けない。
時限爆弾は1分で爆発する。
少しでも離れなければ……。
そう思った時、ミニ戦車が爆発し、爆風に身体が飛ばされた。
直接傷は受けていなかったが、倒れた彼の胸と腹の傷から血が溢れた。
そして、唇からも「ぐふっ!」と血を喀いて、彼はついに気を失ってしまった。
このままでは、ジョーは死んでしまうだろう。
そこに健からの通信が入った。
『ジョー、どうした?一体何処にいる?』
健は最初の現場での任務を完了し、此処に駆けつけたのだ。
『今、助けに行くぞ!』
健の声にジョーが答える事はなかった。
意識は完全に奈落の底に浚われていた。
出血が床にどんどん広がって行く。
彼は最早重態に陥っていた。
時限爆弾の影響はないが、それ以前にバルカン砲の餌食になっていたのが、致命的だった。




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