『カモフラージュ(10)/終章』

健は竜を伴って、ジョーの救出に向かった。
甚平と竜の話からも、ジョーの状態が尋常ではないと感じ取ったからだ。
今、ブレスレットに返答がない事で、健はそれを確信した。
竜はゴッドフェニックスに残しておくべきかとも思ったが、ジョーが重篤な場合には役に立つ。
それで連れて行く事にした。
ジョーの闘いの残骸が其処此処にある事を感じ取りながら、健達は進んだ。
倒れている敵兵の山。
止むを得なかったとは言え、孤軍奮闘したジョーは、どんな傷を負っているか解らない。
最悪の事態も考えられた。
(ジョー、生きていてくれ…)
そう願うばかりだ。
そのジョーは今まさに生死の境目にいた。
意識は失ったままだ。
失血が酷い。
まだ出血が止まっていないのだ。
早く止血しなければ…。
健は念の為にゴッドフェニックスから救急用セットを持参していた。
その場で手当が必要な場合もあると踏んだのだ。
覚悟をしていたが、敵兵が現われる事はもうなかった。
ジョーが倒して、残りは逃げ出したか?
健はジョーの豪胆さに改めて舌を巻いた。
(ジョー、無茶のし過ぎだ…)
しかし、任務の為に科学忍者隊がバラバラになった事は仕方のない事だった。
ジョーの周囲には血生臭い臭いが漂っていたので、健と竜はすぐに彼の居場所に気付いた。
敵の隊長を斃し、ミニ戦車を破壊した事が解る。
その周囲にはペンシル型爆弾で倒れた敵兵が蹲っている。
「ジョー!しっかりしろっ!」
うつ伏せに倒れているジョーを、健と竜はそっと仰向けにした。
右胸から腹部に掛けて、バルカン砲の砲弾を受けているようだった。
「ジョー…」
健は竜にジョーの上半身を支えさせ、黙々と止血の手当を始めた。
その時、ジョーの腕がシュッと動いた。
敵兵の1人が意識を取り戻し、マシンガンで彼らを狙っていたのだ。
ジョーはそれを羽根手裏剣を放って防いだ。
「ジョー…」
「すまねぇな、また世話を掛けちまったようだ…」
「喋るな。傷に障る」
「敵の隊長は斃したぜ……」
「ああ、解っている。良くやってくれた」
健は宥めるかのように言った。
ジョーはまだ半ば意識を失っている。
だから、傷に障ると言われても、まだ話があるかのように譫言を言っていた。
「敵の…ミニ戦車。まだ、残ってねぇ、だろうな?」
「大丈夫だ。お前が破壊した1台だけだったようだ」
「そうか……」
ジョーはそう呟いて、「ぐはっ!」とまた夥しく血を喀いた。
そして、再び完全に意識を失った。
身体が弛緩したので、それが解った。
健はジョーの頚動脈に触れた。
止血作業は終わっていた。
「まだ僅かだが脈は触れている。竜、頼んだぞ」
「ラジャー」
竜はジョーを軽々と抱き上げ、そのまま全速力で走った。
この為に彼が必要だったのだ。
健もその後ろから2人を守るように走った。

血に塗れたジョーを連れて戻って来た2人を見て、ジュンと甚平は言葉を失った。
「ジョーは任務を完遂していた。流石だな」
健はそれだけを呟いて、竜と2人、トップドームへと跳躍した。
ジュンと甚平もそれに続いた。
ジョーを毛布を敷いた床に寝かせ、ゴッドフェニックスは発進した。
まだこの基地を超バードミサイルで破壊すると言う最後の任務が残っている。
健はジョーに撃たせてやりたかった。
だが、彼は意識を失っている。
健は気持ちを込めて発射ボタンを押した。
ジョーの情念が、健の指に込められた。
「ジョー、しっかりして!」
ジュンが叫んでいる。
反応はない。
止血処置は済んでいるが、それで出血が抑えられているだけで、完全に止まったとは言えなかった。
唇からも、もう節操もなく血が流れている。
時々「ぐふっ」と噎せ込み、大量に喀く事がある。
早く輸血をしなければ…。
全員が焦燥を感じていた。
南部博士が基地で手術の準備をして待っていると言う。
竜は必死に急いだ。
ゴッドフェニックスの進みがもどかしく感じられた。
少しでも近道を、と計算を出して、とにかく基地までまっしぐらだった。
竜によって運び込まれたジョーを一目見て、博士は「これは酷い…。危険だな…」と呟いた。
それを暗澹とした思いで受け止めた科学忍者隊の4人を尻目に、博士はどうやったのかストレッチャーに乗せたジョーのバードスタイルを解いた。
「健、竜。ストレッチャーを押して私に着いて来たまえ」
「解りました」
全員が博士に続いた。
ジョーはそのまま『手術中』のランプがある部屋へと消えた。
そして、ランプが煌煌と点った。

待つ身には長い時間だった。
手術は4時間程掛かった。
博士も手術室から出て来なかったから、自ら執刀したか、立ち会ったかしたのだろう。
やがて博士はいつもの姿で出て来た。
どうやら手術には立ち会っただけだったようだ。
「危険な場面も多かったが、ジョーは良く耐えてくれたよ。
 暫くは面会謝絶だが、生命は助かるだろう。
 絶対に無茶をさせてはならん。
 助かる生命が助からなくなるからな。
 それだけギリギリの処で助かった生命だ。
 ジョーが無茶をしないように諸君が監視してくれたまえ」
疲労を滲ませた顔で、博士はそう言った。
「ラジャー!」
全員が声を合わせて答えた。
やがて酸素マスクをしたジョーがストレッチャーで運び出された。
発汗していたが、ぴくりとも動かない。
恐らくは高熱を発しているのだろう。
暫くICUに留め置かれる。
健達も逢う事は許されなかった。
しかし、博士は「生命は助かるだろう」と言った。
科学忍者隊はその言葉を糧に、ジョーの病室の前で交替でずっと待機を続けた。
ジョーはこれまでも数々の危機を乗り越えて来た。
こんな事で死にはしない。
そんな確信が全員の心に芽生えていた。
「そう簡単に死なせるものか。
 任務の為とは言え、1人で飛び込んだんだからな。
 1人で行って、そのまま消えてしまうなんて許さない」
健が拳を握り締めた。
「大丈夫よ、博士もああ言ったのだから。
 博士は慎重な人よ…」
ジュンが健の肩を叩いた。
「ああ、解ってる。でも、いつも思うんだ。
 ジョーが俺達を取り残して、1人で別の世界に行ってしまいはしないかとな」
「健……」
「悪い考えだ。こんな考えは払拭したい。
 奴はいつだって、自分から危険の中に飛び込んで行く。
 危なっかしくて見ていられない」
「あら、それなら同じ事をジョーも言っていたわよ。
 貴方に対してね」
「ははは、お互いに同じ事を思っていたようじゃのう…」
竜が笑い話にして、その場を和ませた。
「ジョーの兄貴、早くまたおいら達と一緒に任務に就けるといいね」
甚平が病室のドアを見遣りながら呟いた。




inserted by FC2 system