『バクテリア殺人兵器(1)』

『科学忍者隊の諸君、速やかに私の処へ集合せよ』
南部博士の招集が掛かったのは、朝5時の事だった。
ジョーはレース出場の準備の為、起きていた。
「G−2号、ラジャー」と言ってから、「ちぇっ」と言った。
仕方がない。
もう出発の準備をしていたので、すぐに三日月珊瑚礁へと向かった。
竜が寝起きで間に合いそうもないので、海辺に置かれている潜航艇を使って、1人で潜った。
司令室に着くと、まだジョーしか到着していなかった。
「ジョー、早かったな」
既に博士が何やら説明の準備をしていた。
(博士こそ早いじゃないですか…)
そう思いながら、
「早起きしてレース出場の準備をしていたものですから…」
と答えた。
「そうか。それは残念だったが、今回の事件はそれどころではない。
 諦めてくれたまえ」
「………………………………………」
言われなくても解ってますよ、と言おうとして止めた。
だから彼が此処に来ているのだと言う事は、博士だって解っている筈だ。
別室にいる職員にデータを送らせて、忙しく働いている博士にこれ以上自分に時間を割かせたくなかったので、ジョーは海の中を泳ぐ魚を窓から眺めた。
「ジョー、早かったな」
やがて、他のメンバーも登場した。
宵っ張りで寝不足に慣れているジュン以外は眠そうにしていた。
迂闊にも欠伸をしそうになって、甚平が慌ててそれを噛み殺した。
子供にはまだ眠い時間帯だ。
夜中だと言ってもいい。
だが、その隣で竜も眼に涙を溜めて欠伸を噛み殺していて、健とジュンが苦笑いをしていた。
「ユマニチュシティーのチュード湖を知っているかね?」
博士が既に下ろしてあったスクリーンにその映像を映した。
「確か、先日大量に藻が沸いたと話題になった湖ですよね?」
健が訊いた。
「その通りだ。そのチュード湖の藻を研究していたチームの人間が、バタバタと倒れて行く奇怪な事件が多発した。
 調査の結果、その藻には多量の有害物質が含まれていた」
「有害物質とは?」
ジョーが低い声で訊いた。
「特殊なバクテリアと言っていい」
博士はスクリーンに奇妙に蠢く物質の拡大映像を映し出した。
「これは1万倍に拡大した映像だ。
 この生きた物質からは触手が出ているのが解るね。
 これが研究者の体内に入り込み、血管に侵入したのだ」
「それで?倒れた研究者はどうなったんです?」
ジョーが片眉を吊り上げた。
「全員死んだ…」
「何ですって!?」
健が叫び、絶句した。
「この特殊バクテリアは、諸君のバードスーツを通す事はない。
 よって、顔にマスクを付けた上で、至急、行動を開始して貰いたい。
 恐らくはギャラクターの陰謀に間違いないと思う」
博士が指示を始めた。
ガスマスクに特殊加工した物を銘々に手渡す。
「ギャラクターの目的は何ですか?博士。
 大方、地球の人々を皆殺しにする殺人兵器を作り出している途中に何やら失敗したって事ですかね?」
ジョーは冷ややかに言った。
「私もその通りだと見ている」
博士は短く答え、スクリーンに地形図を映し出した。
「この通り、チュード湖は、周囲を山で囲まれている。
 広さは日本の琵琶湖クラスと大きいものだ。
 従って、ゴッドフェニックスにて潜る事は可能だろう。
 今回の事件で水質が濁っているので、計器飛行で行くが良い」
「解りました」
「充分に注意したまえ。諸君の成功を祈る。
 ギャザーゴッドフェニックス発進せよ」
「ラジャー!」
全員が同じポーズをして、司令室を飛び出した。
格納庫に向かって走りながら、バードスタイルに変身する。
「マスクをしながらじゃ闘いにくいね」
甚平が呟いた。
「水の中に居る必要がある時だけ使えばいいのさ。
 腰にぶら下げておきな」
ジョーが甚平の肩をポンっと叩いた。
竜が「おらにも被れるのかな?」と首を傾げながら走っていた。

やがて、ゴッドフェニックスは、チュード湖に到着した。
「まずは上空でレーダー探知だ。竜は湖の上を旋回していてくれ」
健が指示を出し、ジョーとジュンはレーダーに張り付いた。
「湖の底に何やら大規模な建物があるな」
「そうね…」
「位置的には、丁度中央に当たる部分だ。
 詳しい事はこれ以上、解らねぇぜ」
ジョーが健を振り返って言った。
「よし、ゴッドフェニックスで突っ込もう。
 全員マスクを着用」
「ラジャー」
視界が悪くなるが仕方がない。
ゴッドフェニックスで突っ込めば汚染された湖水が基地へと流れ込む。
尤もゴッドフェニックスが『栓』をしている間は、大した事はないだろうが…。
今、南部博士のチームが湖の水を元通りに戻す研究をしている筈だった。
それが完成すれば国連軍が対処する事だろう。
自分達はとにかくギャラクターの基地を破壊して、愚かな研究を止めさせれば良いのだ、と健が全員に告げた。
「全く、次から次へと酷ぇ事を考えやがるぜ」
ジョーはマスクの下からくぐもった声を出した。
ガスマスクには特殊加工がしてある。
これとヘルメットで、完全に彼らの身体は、全身を覆われた事になる。
マスクとヘルメットの隙間が気になったが、着けてみるとそれ程ではない。
「竜、突入だ!」
「ラジャー!」
ゴッドフェニックスは敵基地へと体当たりして、トップドームをその内側へと潜り込ませた。
全員がトップドームから基地内へと跳躍した。
思った通り、ゴッドフェニックスが『栓』の役割を果たしたので、それ程大量の湖水は流れ込まなかったが、それでも汚染水は流れ込んだ。
どうやらこの基地で実験中に失敗を犯し、湖水に特殊バクテリアを吐き出してしまったらしい。
これでは死者も出ている事だろう。
「おい、誰もいねぇな…」
ジョーが慎重に周囲を見ながら呟いた。
「もうこの基地を棄てて、別の場所に移動したのかもしれないぞ」
健が言った。
「特殊バクテリアは既に完成していたんじゃねぇのか?
 実際に研究者に死者も出ている。
 だとすれば、こんな基地は棄てたって構わねぇじゃねぇか!」 ジョーが叫んだ。
「全員で中を調べろ。誰もいないようなら時限爆弾を仕掛けて脱出だ!」
「ラジャー」
全員が散った。
「証拠物件が残っていたら抑えるのを忘れるなよ!」
ジョーがそう付け加えた。
そのジョーが何やら、置きっぱなしのファイル類を見つけたのは、何とも奇遇だった。
殆どの資料はそのまま放置されていたのだ。
「資料室に資料がそのまま残されている。誰か手伝ってくれ」
ジョーはブレスレットに向かって通信した。
健が竜と共にやって来た。
3人で運び出せるだけの資料を持ち出して、ジュンと甚平が時限爆弾を仕掛けた。

ゴッドフェニックスはそのまま一旦帰還した。
ジョー達が持ち帰った資料により、汚染水の浄化方法も発見出来そうだった。
「だがよ、何で資料を残した?見つからねぇとでも思ったのか?
 それとも失敗に恐れをなして、とっとと脱出したってぇのか?
 罠じゃねぇだろうな?!」
ジョーは健に訴えた。
「うん…。ジョーの言う事には一理あるな」
健が呟いた時、南部博士が走り込んで来た。
「残念だが、諸君が持ち帰った資料は偽物だった…。
 その通りに除染物質を作っていたら、逆に被害を拡大させる作用がある」
「ジョーの勘がまた当たったな…」
健がジョーのブルーグレイの瞳を覗き込んだ。
ジョーは悔しげにその拳を握り締めた。
こんな勘は当たっても嬉しくはなかった。
だが、1つの危機を避けられた事は事実だ。
問題はこれからだった。




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