『バクテリア殺人兵器(2)』

わざと残された資料…。
中身は偽物で、ジョーの嫌な予感は当たっていた。
彼の言う通り、罠だったのだ。
ギャラクターは南部博士の手で、より被害が甚大になるような『浄化剤』を作らせようとしていた。
「何て汚ねぇ手を使いやがる!」
ジョーは右手の拳を左の掌にパシッと音を立てて、思い切り当てた。
「奴ら、水源を片っ端から汚染するつもりなんじゃねぇのか?」
「そうだろうな。今、博士が最初に出た『藻』から浄化剤を作る方法を編み出そうとしている。
 俺達はギャラクターの動きを事前にキャッチして未然に防ぐしかないんだが…」
健はそこで詰まった。
「どうやって?」
当然のように甚平が訊いて来た。
「それが解らねぇからリーダーさんも困ってるんだろうが」
ジョーは甚平の頭を拳固でコツンと軽く叩いた。
「国連からの通達で、各国で水質検査は進められているそうだが、とにかく研究員が危険に晒される事から、なかなか遅々として作業が進まないそうだ」
健は腕を組んで、窓から外の海を優雅に泳ぐ魚達を眺めていた。
「何も湖や水源だけじゃねぇ。海だって汚染されるかもしれんぞいっ」
竜は怒りに狂っていた。
彼は海の男の倅だ。
「汚染された魚は喰えない。漁業を営んでいる人々には死活問題じゃわ」
「そうね…。これから各地でそう言った被害が出るかもしれないわね」
ジュンも言った。
「俺達はこんな処でトグロを巻いていなけりゃならねぇのか?  全くイライラするぜ!」
ジョーが壁に拳を叩き付けた。
「ジョー、落ち着け。今の俺達に何が出来る?
 此処にいて、すぐに出動出来るようにする以外には何も出来ん」
健の言う通りだ。
そんな事は言われなくても解っている。
ジョーは怒りのぶつけどころがなく、ただ拳を握り締めた。
「博士かISOから連絡が入るのを待つしかない。
 みんな朝食はまだだろう?
 交替で食事だ。
 ジュン、甚平、竜は先に行け」
「解ったわ」
健の指示で3人が展望レストランに出掛けた。
「おい、すぐに食べられる物にしろよっ!」
ジョーはそう声を掛ける事を忘れなかった。
いつ出動命令が掛かるか解らないのだ。
科学忍者隊としては当然の配慮だった。
司令室に残った健とジョーは腕を組んだまま押し黙った。
「とんでもねぇ事が起こったな…」
沈黙を破ったのはジョーだった。
「健、出動がある予感がするぜ。俺達はゴッドフェニックスの保存食を喰おう」
「お前がそう言うなら…」
健は展望レストランに未練があったようだが、ジョーの勘は見過ごしには出来ない。
「俺はレースに出る為に軽く腹拵えしている。
 おめぇが先に行って来いよ」
「それなら、こっちに持って来てやるさ」
「リーダー様を使いっ走りには出来ねぇし、此処で物を喰うのはさすがにまずいだろ?」
確かにジョーの言う通りだ、と健は思った。
「解った。すぐに戻って来るから」
「何かあったら連絡する」
「ああ!」
健は格納庫へと走って行った。
彼が戻って来た時にその一報があった。
健は済まなそうにジョーを見たが、ジョーはそんな事は意に介していない。
元々食事に拘りがある方ではない。
一番舌が肥えている癖に、食べる事に執着がないのだ。
駆け込んで来た南部博士は、スクリーンに地図を映し出した。
「この南東の国、リクーム国の海岸に、魚の死骸が押し寄せたとの連絡が入った。
 その魚を食べた烏も死んでいる。
 これはギャラクターの汚染物質によるものと考えるのが自然だ」
「例の『藻』に関係していますね?」
健が訊いた。
「うむ。形状は違うと思われるが、何やらの液体が海中で放射されたものだろう」
「何て事をするんじゃ!」
竜の身体が震えていた。
「潜水艦か何かで放射したのか、それともそこに基地があるのか…?」
ジョーが呟いた。
「そのどちらも可能性はあるだろう。
 情報部員が動いてはいるが、危険な海中の事、まだ有力情報は得られていない」
「潜水艦だと厄介です。神出鬼没ですから。
 まだ別の場所に被害が及ぶ可能性があります」
健が言った。
「科学忍者隊はすぐに出動して貰いたい。
 先程のマスクは持っているな?」
「はい」
「では、気をつけてな。諸君の成功を祈る」
「ラジャー」
科学忍者隊は出動した。

ジョーは食事をし損ねたが、朝早くに軽く食事をしていた事もあり、それ程強い空腹を感じている訳ではなかった。
食べようと思えば、このゴッドフェニックスの中に食料がある。
だが、今は食べる気分ではなかった。
「ジョー、食事をしておいた方がいいんじゃないのか?」
健が言ったが、「いや、今はいい」とサラリと交わした。
「それより、汚染物質をばら撒いたのが何なのか、早く正体を確認しねぇと…」
「ああ。レーダーには反応がないのか?」
「海に潜らねぇと無理じゃねぇのか?
 それにこれが人々を殺す為に開発された物なら、最終的には海ではなく、生活用水に…。
 ん?そうだ!ダムの中に秘密基地がある可能性があるぜ!」
ジョーは何故それに早く気付かなかったんだ?と言う悔恨の表情を見せた。
『それは確かに有り得るな』
サイドスクリーンに南部博士の姿が現われた。
『すぐに可能性のあるダムをピックアップする。
 諸君はメカ分身して、それぞれを当たって貰いたい』
「ラジャー」
『その海は国連軍に任せる。既に海軍を手配した』
「大丈夫ですかね?」
ジョーは腕を組んでスクリーンを見上げた。
『諸君の手が足りなくなる。止むを得まい。
 先程諸君に渡したガスマスクと特殊潜水服を用意した。
 君達は心配しなくていい』
「解りました。では、待機します」
『うむ』
博士がスクリーンから消えて10分。
怪しいと見られるダムが5箇所上げられた。
「全員単独で行くしかあるまいな」
健が腕を組んで配置を考えた。
地上から行くジョーとジュンには、一番近い方角のダムを宛がった。
「よし、全員充分に注意して当たってくれ。
 基地を発見したらすぐに連絡を取る事。
 また、基地は1箇所とは限らない。
 一見怪しくなくても、必ず確認しろ。いいな?」
「ラジャー」
健の指示で全員がゴッドフェニックスから離散して行った。

ジョーは健に指示をされた地域に向かった。
山脈が続いている。
G−2号機は悪路走行性が高い。
彼のレーサーとしての腕の見せ所だった。
今頃トップでチェッカーフラッグを受けていたかもしれない、と思うと悔しさが込み上げたが、任務は優先しなければならない。
仕方のない事だった。
その辺は割り切らなければならなかった。
それが彼を不本意ながらレーサーへの道から遠ざける理由になっていた。
ギャラクターを斃したら、自分は世界的レーサーになってやる。
その機が来るまでに何年掛かるのか?
その間に自分のレーサーとしての旬が終わってしまいはしないか、と不安になる事もあった。
だが、ギャラクターへの復讐も、彼が強く心に誓った事である。
どちらの希望も果たす為には、少しでも早くギャラクターを斃す他にはなかった。
ジョーは目的となるダムへと到着した。
G−2号機を降りて、双眼鏡でダムを観察する。
G−2号機に搭載された小型レーダーには、影が映っていた。
ジョーはその事を一応、健に報告しておいて、特殊ガスマスクを付ける。
ダムの中へと飛び込む事にしたのだ。
双眼鏡を覗いた結果、基地の出入口があるとすれば、大量の水が吐き出される排出口しかなかった。
ジョーは夥しい水量に激しく抵抗しながら、呼吸を止めて侵入を試みた。
苦しみもがきつつ、漸く激しい水圧から逃れた時、彼の眼の前にはやはり敵兵が待ち構えていた。
「健!当たり籤だぜ!」
ジョーは健に連絡を取った。
『他のみんなも担当区域を確認次第応援に行く!
 それまで持ち堪えていてくれ!』
健の声は切羽詰まっているように感じた。
もしかしたら健も『当たり籤』を引いたのかもしれない。
とにかく仲間の助けは当てにしない事にして、ジョーは気合を込めて敵兵に向かって突進した。




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