『海で見る夕焼け』
その日の午後、ジョーは健を海に誘った。
泳ぐにはもう涼しくなり始めているが、まだ空は高く、風が爽やかだ。
「どうしたんだ?たまの休暇と言えばサーキットへ繰り出すお前が珍しいな…」
海辺に佇んで健が訊いた。
「どうして、と言われると困るんだがな…」
ジョーは眼を伏せた。
健のバイクとジョーのG−2号機が寄り添って停まっている。
「何だろうな…。解らねぇんだ…。
どうして1人で来ないで、おめぇを誘ったのか、って事もな…」
「俺が一番暇そうだったんじゃないのか?」
健は自嘲的に嗤って、砂浜に座り込んだ。
「ジョー、お前も来いよ。のんびり座って海を眺めるってのもなかなかいいもんだぜ」
「野郎2人でか?」
「誘ったのはお前じゃないか?」
健の青い瞳が屈託なく振り返った。
「それもそうだ…」
ジョーも健の横に座って長い足で胡坐を組んだ。
「もうすぐ…陽が沈むなぁ……」
健が首の後ろで手を組んで呟いた。
「此処の夕焼けが綺麗だって事、おめぇ知ってたか?」
「ああ…小さい頃お前に聞かされた事があったな…」
「そうだったっけか…」
健の言葉通り美しい夕焼け空が辺りを包み込み始めていた。
ジョーはまた俯いた。
「おい、どうしたんだ、ジョー。いつものお前らしくないぞ」
「すまん…。何か胸に引っ掛かるもんがあったんだ。
理由が解ったからもういいさ」
ジョーは立ち上がるとジーンズに付いた砂を叩(はた)いた。
「どうしたって言うんだ?」
「あの日…。お前が羽根手裏剣で大陸横断鉄道の地図を示して出動して行った日…。
あの日もこんな夕焼けだった。
デブルスター2号…、いや、アランの婚約者を俺がこの手で…羽根手裏剣で殺した日のようだ…」
ジョーの拳には何時の間にか羽根手裏剣が握られていて、その手が震えていた。
「ジョー!そんなに強く握っては手を!」
健が言うが早いか、ジョーの右手からは血がポタリと砂浜に落ちていた。
「何でお前を誘ったんだ、俺は…。1人で来りゃ良かったんだ…」
「ジョー…」
健がジョーの肩に手を置いた。
「俺は嬉しかったぜ。いつも決して弱みを見せないお前が、俺を頼ってくれたんだな」
健は柔らかく、そして爽やかな笑顔を見せた。
それはジョーの疲れた心を洗わせるような笑顔だった。
「まだ俺にも迷いがあったんだな。もう大丈夫さ。
あの日と同じ夕焼けを見ていたら、何となく吹っ切れた気がするぜ」
ジョーは健を安心させるようにニヤリといつもの不敵な笑みを見せた。
「それなら付き合った甲斐があったよ。それより右手を見せろ。
止血する。科学忍者隊にとっては大切な手だからな」
「!?」
ジョーはどこかで聞いた事があるその言葉を頭の中で反芻していた。
(そうか…ガンテストの時の南部博士の言葉か…)
ジョーは顔を上げた。
(俺にはまだ必要とされる場所がある)
そう思う事で、痛みを希望に変える事が出来た。
此処まで来て良かったと思えた。
「健、スナックジュンへ行こうぜ。今日は俺が奢ってやる」
ジョーは何となく健に奢ってやりたくなり、声を掛けた。