『バクテリア殺人兵器(4)』

敵の隊長は右眼に眼帯をしていた。
と言う事は、右側から攻撃する時には特に気をつけなければならない。
ジョーは間合いを計った。
「お前の身のこなし、見事だ。わしの部下に欲しいぐらいだ。
 部下になると言うのなら、殺さないでやってもいい」
「何を言っているんだ?俺がおめぇに易々と殺されるとでも思っているのか?」
ジョーは負けるとは思っていなかった。
傷を負う可能性はあったが、相討ちに追い込む事は出来るだろう。
だが、それでは駄目だ。
自分は生き残って還らなければならないのだ。
科学忍者隊には、また次の任務が待っている。
ギャラクターを斃さない限りは、それが続く。
ジョーは本懐を遂げる日まで、生命を棄てようとは思わない。
いつでも任務の為に散る覚悟は出来ているが、その日はギャラクターの最期の日でなければならない、と彼は決めていた。
「俺はな。死ぬ程憎いギャラクターの手下になるなんて事は絶対に有り得ねぇ。
 覚えておけ。貴様らの思い通りにはならねぇんだよ!」
彼は跳躍して、敵の背後に回った。
しかし、隊長は自分の後ろを取らせる事を許さなかった。
さすがに『出来る』。
ジョーは額に汗を滲ませた。
「お前は誰よりも素早い。そして柔軟な肉体と鍛え上げられた筋肉を持っている。
 そして何よりも研ぎ澄まされた戦闘の勘。
 殺すには本当に惜しいっ!」
そう言いながら、敵の隊長はジョーに攻撃を仕掛けて来た。
例の鞭だ。
何かに仕掛けがあるのかと思ったが、普通の鞭だった。
ジョーはジャンプしてそれを避けたが、鞭は足首に纏わり着き、床に叩き落とされた。
しゅるるる、と音がして鞭が隊長の手元に戻った。
「わしを甘く見るなよ」
「その言葉、そのまま返してやる」
ジョーは決して怯まなかった。
そして、羽根手裏剣を繰り出した。
それも鞭で叩き落とされてしまった。
さすがである。
羽根手裏剣を交わせる敵は殆どいない。
しかし、ジョーの攻撃もただの輩とは訳が違う。
次の瞬間には、エアガンが飛び出している。
三日月型のキットを敵の右腕にヒットさせた。
羽根手裏剣を交わして多少油断していたのかもしれない。
だが、隊長はそれでも鞭を手放さなかった。
「ふふふ、やるな」
不敵に笑うと、鞭が新体操のリボンのように宙を舞った。
ジョーはコンドルのように素早く跳んだが、何回かはその餌食となった。
何度も背中を打たれたのは堪えたが、その位で気力が萎える彼ではない。
マントが身体を守ってくれたのもある。
それ程の打撃は受けていなかった。
「ほう。そのマントは随分と防御力が高いようだな。
 だったらその羽をもぎ取ってしまおう」
隊長が下卑た笑いを見せた。
これまでは割と紳士的だったのだが、ジョーの手強さに本気を出したらしい。
「わしに本気を出させたのは、お前が初めてだ」
隊長は嬉しそうに言った。
「さて、どう料理してやろうか?」
ジョーはまだ、あの眼帯の正体を掴んでいない。
眼帯が一瞬キラリと光ったのが解った。
やはり何かが仕込まれている。
彼の勘は此処でも当たっていた。
しかし、一体どんな攻撃をして来るのだろう?
では、眼帯を取ってしまえばいい。
ジョーはそう思った。
跳躍して奇襲攻撃を掛ける。
自分の身を囮として、鞭が舞っている間に、彼は隊長の頭上から羽根手裏剣を放ち、その眼帯の紐を切った。
眼帯が取れて隊長の素顔が露わになった。
隊長の右眼にはビーム砲が仕込まれていた。
眼の動き1つで発射出来るものだった。
右眼は本当に見えなかったのだ。
それで此処までの闘い。
天晴れだとジョーは思った。
眼帯はただ右眼の武器を隠していただけだった。
義眼の代わりにその武器が装着されていたのだ。
方向性は眼の動きで、発射は瞼の動きでコントロールするのだろう、とジョーは考え、では、視界を悪くしてしまえばいい、と思った。
ペンシル型爆弾を取り出した。
隊長の周囲3メートルの場所にカカカカカっとペンシル型爆弾が間を置かずに床に刺さり、爆発が起こった。
煙幕が張られたようになって、ジョーにとっても視界が遮られる結果となった。
だが、彼はいつでも戦闘の勘を研ぎ澄ましている。
見えない事は関係なかった。
ジョーは敵の懐に入った。
それは見事な間合いだった。
隊長は信じられないと左眼を見開いた。
その時にはジョーの重い膝蹴りが鳩尾に入り、右眼には見事に羽根手裏剣が突き刺さっていたのである。
痛みはなかっただろうが、ビーム砲と言う最後の手段はジョーによって封じられ、鳩尾の急所を打たれた隊長は鞭を取り落として崩れ落ちた。
ジョーは特殊ガスマスクで元々視界が悪い中、これだけの事を遣り遂げたのである。
先程の装置に近づいてみた。
幸い今の爆発で液漏れは起きていない様子だ。
ジョーには此処で成すべき事はもうなかった。
「こちらG−2号。K地区のダムの基地内にある汚染物質流出装置は停める事に成功。
 この後はどうすれば?」
『おお、ジョー。除染装置を持ってすぐに国連軍が行くから、済まんがD地区に回ってくれたまえ』
「D地区ですか?健が行っているW地区以外にも基地があったって事ですね?」
『うむ。そちらには甚平が行っている』
「解りました。すぐに向かいます。こっちの後処理はお願いします」
ジョーが言っている時に、彼の足首を掴んだ者があった。
「まだだ…。逃がさないぞ」
「貴様!あのパンチを喰らって、もう息を吹き返すとは…っ!」
『ジョー、どうした?』
「博士、事情が変わりました。甚平の応援に行くのにもう少し時間が掛かります」
『解った。ジュンと竜にも健と甚平の応援に向かわせる事になったから、終わったら駆けつけてくれたまえ』
「ラジャー!」
ジョーは悔しげに敵の隊長を見た。
「ちっ、打たれ強い奴だ」
ジョーは舌打ちをした。
そして、「完膚なきまでにやるしかねぇって事か…」と呟いた。
この隊長、ジョーを殺すのを惜しがるなど、少し変わった男だった。
ジョーの闘い振りを余程買っていたのだろう。
それだけではなく、若者を殺すのには少し気後れがしていたようだ。
だが、ジョーに急所をやられた事で、その気持ちは消え失せている。
先程までが本気ではなかったと言う事ではないが、今度も先程以上に本気で狙って来るだろう。
その手にはまた鞭が握られていた。
右眼のビーム砲はジョーが破壊したが、他に見た処では、腰に拳銃らしき物が見える。
鞭を右手に、拳銃を左手に抜いた隊長は、臆する事なくジョーに近づいて来た。
先程右腕をエアガンの三日月型キットで撃っておいたが、大して堪えてはいない様子だった。
「両腕が使えるのか?でも、残念だったな。
 俺は右利きだが、訓練して左腕も使う事が出来る」
ジョーはガスマスクを外して腰に下げ、エアガンを抜き、羽根手裏剣をだらりと下げた左手に持っていた。
唇にも羽根手裏剣を咥えている。
左腕で狙いやすいように向きをいつもと逆にしていた。
隊長は無我夢中でジョーに向かって来た。
この勝負、常軌を逸した方が負けだ。
既に勝負は着いていると言っても良かった。
ジョーは華麗に羽根手裏剣を舞わせた。
それは隊長の喉元に刺さり、エアガンが心臓を撃ち抜いていた。
生命を失う程の事はない。
ジョーは羽根手裏剣を手加減して放ったからだ。
だが、隊長は一生声を失った。
「仕方がなかったんだ。恨むなよ…」
ジョーは背中を向けた。
隊長が彼の背後から狙って来る事はもうなかった。




inserted by FC2 system