『特殊催涙ガス(1)』

敵との闘いにはいつでも危険が付き纏う。
そんな事は百も承知でいなければ科学忍者隊は務まらない。
その日、ジョーは敵の特殊催涙ガスをいきなり嗅がされていた。
床から噴き出して来たのだ。
その時はすぐに眼を閉じ、呼吸を停めて大事に至らなかったのだが、特殊催涙ガスは表に出ている顔の皮膚を通して彼の全身を冒したらしい。
ジョーは全ての任務を終え、ゴッドフェニックスに戻った処でいきなり倒れた。
「ジョー、どうしたの?」
ジュンがすぐに気付いたが、ジョーには意識がなかった。
「健、おかしいわ。意識がないし、自力呼吸が止まっているわ!」
ジュンはすぐに酸素吸入器をジョーの口元に宛がった。
「さっき催涙ガスを浴びていたようだが、その時は何も起こらなかったんだが……」
健が慌てて近づいて来てジョーを見下ろした。
「ジョーは息を停めていた筈だ。眼も閉じただろう。
 それでもどこからか侵入したか、皮膚を通して体内に入ったか…。
 どちらにせよ、ただの催涙ガスじゃないな」
健がそう言って、南部博士に状況を報告した。
ジョーは散々闘った後だった。 八面六臂の活躍をして、疲れた処で症状が出て来たのだろうか?
『どんな催涙ガスかは今となっては解らぬが、とにかくジョーの身体を調べてみよう。
 至急基地へと帰還してくれたまえ。
 他にそれを浴びた者はおらんのか?』
「はい、浴びたのはジョーだけです。
 ジョーのいた場所の足元に折悪しく、噴射口があったのです。
 でも、ジョーは息を殺し、咄嗟に眼を閉じた事で、催涙ガスの被害からは逃れた筈だったのですが……」
『解った。皮膚から入り時間差で症状が出て来る、特殊催涙ガスだろう。
 ただの催涙ガスではあるまい。
 それで、ジョーは意識がなく、自力呼吸が出来ないのだな』
「はい、そうです」
健が不安そうに答えた。
『とにかく急いでくれたまえ。心臓を冒す恐れがある』
「えっ!?解りました!竜、急いでくれっ!」
「ラジャー」
竜は操縦桿を操作した。
ジョーは倒れたままぴくりとも動かなかった。
外傷はない。
ただ昏々と眠っているように見えた。

「ジョーの血液の中に、血栓と言う物が作られている。
 血の塊が血管の中に詰まり、流れを悪くしているのだ。
 心配は要らない。
 これは一過性脳虚血発作と言って、脳梗塞の前兆でもあるのだが、ジョーの場合、健康だ。
 大腿部からカテーテルを入れて、血栓を溶解する事には成功しているし、すぐに回復に向かうだろう」
「そんな事があの催涙ガスで出来るのですか?」
健は驚いていた。
「ギャラクターの科学力は我々には想像が付かない処にまで来ている。
 あわよくば、ジョーが半身不随にでもなってくれたら、ギャラクターとしては成功だったと言う訳だ」
博士が苦い表情をして言った。
こんな科学が使われてはならない。
「ギャラクターは我々の上を行く科学力を持っている。
 だが、こんな使い方をされては敵わん」
博士は腕を組み、黙り込んでしまった。
「ジョーの事だ。2〜3日の入院で完全に良くなる。
 問題は何もない。
 ただ、こんな攻撃が頻繁に行なわれるようだと、いくら若くても本当の脳梗塞を起こしてしまう危険性がある」
「1度攻撃を受けているジョーは次にこの攻撃を受けたら危ないって事ですか?」
健が訊いた。
「その通りだ……」
博士は呻くように言った。
「でも、ジョーは同じ攻撃に遭うような男ではない。
 次までにはこの攻撃に備えて、何か解決策を生み出す事だろう」
「ジョーの兄貴はあれでアイディアマンだからな〜」
甚平が呟いた。
「何か装置の破壊方法を考える事でしょうね」
「今も夢の中で考えているかもしれないのう」
竜が言った。
取り敢えずジョーが大丈夫だと訊いて、科学忍者隊も和んで来た。
が、健だけは違った。
「あの装置、また基地に設置されるに決まっています。
 完膚なきまでに破壊しなければ、どんどんエスカレートするでしょう」
「うむ。私はどんな物なのか見ていないのでね。
 ジョーが回復したら話を訊いておこう。
 私が何か開発出来る物があれば、勿論協力はする。
 諸君の身体に何かあっては困るからね」
南部はジョーの意識が戻ったと言うメディカルスタッフの声に立ち上がった。
「諸君は少し待っていてくれたまえ」
博士は1人で病室へと入って行った。
ジョーは自分で操作してベッドをギャッジアップしていた。
「大丈夫ですよ、博士。どこにも異常はありません。
 ちょっと起きてみてもいいですか?」
ジョーはそう言い、ベッドから降りた。
「普通に歩けますし、今すぐ走る事だって出来ますよ。
 頭がクラクラする事もありません。
 今、訓練室に行けば、いつも通りに働ける筈です」
「いや、3日は入院して貰う」
「こんなに元気なのに、ですか?」
「大事を取るのだ、ジョー」
「……博士がそう仰るのなら仕方がありません。
 でも、博士、あの装置を破壊する方法を見つけたんです」
その後、ジョーはボソボソと博士にある事を告げた。
「なる程。それならすぐにでも開発して上げる事が出来る。
 君が退院する時には渡せるだろう。
 いいか、今日を含めて3日は我慢するのだ」
「解りました。もう大丈夫なんですがね」
ジョーは苦笑いで博士を見送った。
念の為、他の症状が出て来ないか、メディカルチェックが続くのだ。
ジョーは仕方なく腹を括った。
その3日の内に出動がない事を祈って……。
博士と入れ違いに健達が入って来た。
「ジョー、驚いたぞ」
「驚いたのは俺の方だ。催涙ガスは防いだんだがな…。
 こんな不覚を取るとは思わなかったぜ」
「思いの外重い脳虚血発作だったのだそうだ。
 だから、一時的に自力呼吸も出来なくなった」
健が言った。
「だが、もう何ともねぇ。すぐに呼吸器も取れた。
 これを浴びたのが年寄りだったらまずかったらしいぜ。
 幸い俺がまだ若かったんでね」
「でも、次にこれを浴びたらまずい事になるかもしれないと博士は言っていた」
「大丈夫さ。ある物を開発して貰うように博士に依頼した」
「ある物って何だ?」
「今は言わねぇ」
「何だよ、ジョーの兄貴〜!勿体ぶっちゃってさぁ!」
甚平が嘆くように言った。
「おいら達心配したんだよ。ジョーが急に倒れて息まで出来なくなっちゃったから」
甚平の眼には涙が浮かんでいた。
それを見たジョーは、甚平の頭をそっと撫でた。
「心配掛けてすまねぇな。
 でも、次にあの装置に出逢ったら俺が完膚なきまでに破壊してやる」
「ジョー、エアガンのキットの開発を博士に依頼したんだな?」
健はさすがに核心を突いて来る。
「エアガンのキットじゃねぇが、まあ、特殊な銃器だ。
 楽しみにしてろよ。きっと近々出番がある」
ジョーはそれを確信していた。

そして、翌々日にはジョーは退院し、博士が約束通りの品物をジョーに渡した。
ジョーは、Tシャツの上にガンホルダーを付けてそこにそれを収め、その上からジャケットを羽織った。
「これで準備万端だぜ。後はギャラクターのご登場を待つばかりだ」
「ジョー、やけに自信満々だな」
健が訊いた。
「ああ。こいつならあの装置を破壊出来る。
 いいか、あの装置は地下で繋がっているんだ。
 こいつは全ての装置を1度に破壊出来る優れものさ」
ジョーは次の出動が待ち切れないかのような顔をした。
「ジョー。お前が1度あれを浴びている事は敵も知っている。
 お前を集中攻撃して来るぞ」
健が眉を顰めた。
「それこそ願ったり叶ったりだ。
 装置の場所を教えてくれさえすれば、こっちのもんだぜ」
「ジョーの兄貴が何を考えてるのかおいら全く解らないや」
「なぁに、今に解るぜ」
ジョーは甚平に向かってニヤリと笑って見せた。




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