『特殊催涙ガス(2)』

ジョーは全く体調に異常を来たす事もなく、元気にレースに出場するなどしていた。
優勝を掻っ攫って、ジュンの店に花束を届けた時も、ジャケットを着ていた。
「その銃、手放さずにいるんだな」
ちらりと覗いたホルスターを健が見た。
「ああ、いつ何があってもいいようにな。そろそろ何か起こりそうな気がするんだ」
ジョーはレース中もダッシュボードに特殊ガンを入れていた程だった。
「いやあね。ジョー、今日はみんなでデーモン5のコンサートに行くのよ。
 嫌な予感だなんて…」
ジュンがそう言った時に、全員のブレスレットが鳴った。
南部博士の呼び出しだった。
『科学忍者隊の諸君。すぐに三日月基地へと集まってくれたまえ』
「ラジャー!」
ジュンと甚平は既に店を閉める準備に掛かっていた。
ジョーが持って来た花束は可哀想に花瓶に活ける途中で放置される羽目になった。
無事にレースを終え、優勝を浚ったジョーは運が良かったと言えた。
科学忍者隊が基地へと集合したのは、それから30分と経っていなかった。
「諸君、ご苦労だった。
 先程、マレシリ諸島のある1つの島をギャラクターが基地化しようとしているらしい事が、情報部員の情報から解った」
「それは、罠の臭いがしますね。わざとその情報を掴ませた可能性が高い」
ジョーはのっけから『罠』説だ。
「その可能性は否定出来ないが、何か別の作戦を進めている可能性もある。
 諸君には予断を持たずに当たって貰いたい」
南部博士の言う事も尤もな事だった。
「科学忍者隊直ちに出動せよ!」
「ラジャー!」
全員が同じポーズを決めた。
ジョーはジャケットを脱いだ。
左肩から脇の下に掛けて下がったホルダーの銃を確かめる。
そして、「バード・ゴー!」と変身をした。
ホルダーは元の位置のまま、バードスタイルに装備されていた。
「ジョーの兄貴、かっこいい〜!」
「馬鹿、はしゃいでいる場合じゃねぇ!」
全員がゴッドフェニックスの格納庫へと急いだ。
ジョーは特殊ガンの出番だと踏んでいるようだ。
必ずしもそうとは限らないとは、博士の考えだったが、ジョーの勘としては、敵は彼の身体で実験をしたのだから、次も必ず狙って来る筈だと言う考えがあった。
基地の情報は敢えて流したのかもしれない。
つまりこれは罠だと、彼の勘はそう告げているのである。
「ジョー、余り気負うな」
健が窘めるように言った。
「確かにそうじゃねぇ可能性も否定は出来ねぇけれどよ。
 これはおめぇ達や、引いては地球の人々への被害拡大も考えられる重大な事だ。
 奴らが手を拡げねぇ内に叩いておかなければならねぇ事なんだよ。
 また俺みたいな子供が増える。
 家族を失って泣く人々が増える……」
ジョーの拳が震えた。
コックピットは静まり返った。
皆、ジョーの気持ちが理解出来たからである。
「よし、とにかくマレシリ諸島のアリセシ島へ向かおう。
 四方を車で回っても5時間程度の島だと言う。
 上空から調査して、場合によっては近くの海に着水する」
健の指示が飛んで、アリセシ島の地形がスクリーンに映し出された。
島の周囲を回るのに5時間掛かると言うのなら、BC島よりも広い、とジョーは思った。
ゴッドフェニックスを着陸させる場所ぐらい見つかる筈だ。
彼が思った通り、山間にその場所はあった。
そして、それは幸いにも情報部が報せて来た場所からそう遠くはなかった。
「よし、竜、着陸だ」
健が言った。
「既に敵の網に引っ掛かっているかもしれねぇぜ。
 奴らの攻撃には注意しろよ」
ジョーが呟くように言った。
そして、そっとマントの下の特殊ガンを撫でた。
これが希望の光となる筈だ。
ジョーはそう信じていた。
ギャラクターの野望を費えさせる為には、自分が先頭を切って働くのだ。
唯一被害を受けたこの俺が……。
ジョーは決意していた。
もしかしたらギャラクターは一般の人々を誘拐して人体実験済みかもしれなかった。
地球上の各所で謎の失踪事件が多発していた。
だとすれば、開発を急ぐだろう。
ジョーは絶対に許せなかった。
人々を脳の病気で死に至らしめたり半身不随にしようなどと言う計画はどうしても潰しておかなければならない。
特殊催涙ガスに含まれた成分が何なのかはまだ解っていない。
だが、どうしてジョーがそれを破壊する方法を考え付いたのかについては、成分の事は何も関係していなかった。
催涙ガスの噴出の仕方に問題があった。
ジョーはそれ自体を防ごうとしているのである。
まだ仲間達には何も話していないが、博士が黙ってこの特殊ガンを作ってくれたと言う事は、博士としてはジョーの考えに賛同する部分があったからなのだろう。
ジョーは試験管を持参していた。
催涙ガスの採取も同時にしようと考えている。
危険な賭けだった。
彼がまた特殊催涙ガスを浴びたりする事がないように、充分な注意が必要だった。
その為にジョーは携帯用ガスマスクも持参している。
鼻と口を塞ぎ、酸素を供給するものだった。
だが、この催涙ガスは皮膚からでも身体に侵入する。
科学忍者隊のバイザーは顔を露出している形なので、ジョーはそれでやられたのだ。
この携帯用ガスマスクだけでは防げまい。
「ジョー!」
健がゴーグルを渡して来た。
鼻で引っ掛かって止まる方式の物だ。
「それを使え」
ジョーは黙って投げ渡されたそれを受け取り、腰のベルトに取り付けた。
ゴッドフェニックスは着陸を済ませた。
科学忍者隊の5人はトップドームから跳躍して、華麗に舞い降りた。
黄色い山肌が続く地域だった。
「情報部からの情報によれば、あの一層高いフキホラ山は活火山だそうだ。
 あのフキホラ山の地下に基地が建造されていると言う話だ」
健がフキホラ山を指差した。
木1本生えていない何とも味気のない山だった。
切り立っており、登る者など殆どいない。
酔狂な登山家が時々やって来るらしく、ハーケンが所々に残っていた。
「全高4898メートル。登り甲斐はあるのだろうが、登っても景色も大した事はないと言う噂だな」
ジョーが呟いた。
「これを登るんかいのう…」
竜が不安そうに言った。
「馬鹿野郎。基地は地下だ」
ジョーがそれを一喝した。
5人は二手に分かれた。
今回はジョーの事が心配だと健がジョーに着いた。
健とジョー、ジュン・甚平・竜の二組だ。
「俺の事なんか心配要らねぇのによ」
ジョーはいつものように悪態を吐いたが、健は意に介していない。
また倒れるような事になるかもしれないのだ。
自分が着いていなければならない、健はそう思っていた。
勿論、ジョーの事は信じている。
しかし、何が起こるか解らない。
ジョーが言っているように今回のこの情報が罠だったとしたら、尚更の事だ。
健はだから慎重にならざるを得なかった。
「健、行くぜ」
健が考え事をしていると、ジョーが早くしろとばかりに健を急かした。
「あ、ああ……」
健はまだ何かを考えていた。
ジョーを突き動かしている物は何なのだ?
自分達と同じ正義感ばかりではない。
彼が持っている復讐心…。
それだけでもない気がする。
あるとすれば義憤か?
健はそう思った。
ギャラクターが犯し続けて来た罪に対する義憤。
ギャラクターの為に家族を失ったジョーだからこそ、考える第二第三の自分の存在。
健はじっとジョーの横顔を見た。
「健、横穴があったぜ。此処が出入口かもしれねぇな」
ジョーは健の視線に気付きながらも、知らぬ顔で言った。
「行ってみよう。だが、罠が待っているかもしれん。充分注意するんだ」
健はそう言って、ジョーよりも先に自分がその横穴へと足を踏み入れた。




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