『特殊催涙ガス(3)』

横穴の中は鉄製の壁になっていた。
2人が中に入った途端に岩肌と見せ掛けていた扉がドーンと閉まった。
如何にも怪しい。
「やっぱり罠だな…」
ジョーは落ち着いて静かに呟いた。
「どうやらジョーの勘が当たったな」
健も頷く。
「俺達を誘き寄せて、またあのガスを嗅がせようってんだぜ。
 全く懲りねぇ連中だ。
 こっちがその間に策を弄さないとでも思ったのかね。
 馬鹿にしてやがるぜ!」
ジョーは吐き捨てるように言った。
「まあ、そう言うなよ。お前のそのガン、まだどんな物か教えて貰ってないが、それが役に立つ時が早速来たと言う訳だ」
健がジョーに向かって、いい笑顔を見せた。
バイザーがあるのが残念だ。
「まあな。役に立つと思うぜ。俺達全員、半身不随にでもされたら敵わねぇからな。
 それに地球の人々もよ」
「ああ。奴らの考えている事は恐ろしい事だ。
 あの科学力を別の方向に使ってくれたらいいのにな」
「そんな事する訳がねぇ。奴らは地球を侵略して、いずれは自分達の物にする。
 それ以外には考えちゃいねぇだろ?」
「ベルク・カッツェの奴には総裁Xと言う後ろ盾がいる。
 そいつが何を考えているか解らない処が恐ろしい。
 カッツェはあいつ程解り易い奴はいないがな」
健がはっきりと前を見詰めながら言った。
「ジョー、行くぜ」
「おうっ!」
2人は横に並んで風のように走り始めた。
白と蒼のマントが翻り、左右に広がり走る様は颯爽としていて、華麗に見えた。
マントが風に靡いて、美しい。
動く造形美のようだ。
2人は双鳳のように並び立った。
彼らの眼の前には、敵兵が広がっていた。
「へへへ、待っていたぜ。科学忍者隊」
下卑た笑いを見せて隊員達が立っていた。
「ジョー、ジュン達も危険だ。早くあの装置を探して、そのガンで破壊してくれ」
「そんな事ぁ解っている!」
ジョーは眼を皿のようにして、噴出口を捜していた。
彼は健が渡してくれたゴーグルと、持っていた携帯用ガスマスクを着けた。
噴出口は先日と同じような場所にあるとは限らない。
ただ、あの時、ジョーは別の場所からも同じ物が噴出しているのを一瞬眼にしたのだ。
それは壁からだった。
そして床からも同じ物が噴き出していた。
ジョーには解らなかったが、実際にはギャラクターの隊員達も何人か倒れていたに違いない。
だから彼は、地下からパイプで繋がっていると見た。
そして、南部博士に言って、それに対抗出来る武器を提案し、作って貰った。
エアガンのバーナーよりも激しい火炎放射器で、特殊催涙ガスを一瞬にして燃やす。
そうすれば他の噴出口からも炎が舞い上がる。
そして気化した毒素は火によって焼き尽くされて消える。
それがジョーの計算だった。
小さな銃に高機能の火炎放射器を仕込んだ為、ジョーのような射撃の名手でないと取り扱いは不可能だ。
博士もそれを承知の上で、1丁だけ製作した。
ジョーの考えに同調する部分があったのだろう。
ジョーはまだ健達にその事を告げていなかったが、噴出口を見つけ次第、どこから噴出するか解らない炎に気をつけろと警告を出すつもりでいた。
健とジョーは闘いを始めた。
ジョーは華麗に長い脚で回転して、敵兵を纏めて薙ぎ倒して行く。
闘い乍らも噴出口を捜していた。
やがて、ジョーは足元にある四角い格子を見つけた。
「健、雑魚どもを頼むぜ」
ジョーはそう言って、蹲(しゃが)み込んだ。
そっと蓋を開けてみる。
簡易ガスマスクを着けているので解りにくい。
ジョーは危険を承知で一瞬だけガスマスクをずらしてみた。
微かなガスの臭いがした。
(これだっ!)
ジョーはそう思って、試験管を取り出し、その成分を中に収納し、すぐに蓋を閉めた。
これを持ち帰って南部博士に分析して貰わなければならない。
世界の各所で使われるような事になっては大変な事になる。
ジョーは科学忍者隊の全員にブレスレットで告げた。
「床や壁にある格子状の噴出口に気をつけろ!
 今から火炎放射器で焼き尽くす。
 激しい炎が噴き出る筈だ。
 気化した毒はその炎によって焼き尽くされるが、絶対に近づくなよ。
 俺のようになっちまうぜ!」
ジョーは全員に警告を発した上で、左肩のホルスターから特殊ガンを取り出した。
健達はあれは火炎放射器だったのか…、と驚いていた。
普通の銃にしか見えなかった。
全員に与えた方が効率が良いのに、と密かに思っていた健も、これには納得した。
ジョーにしか取り扱えない。
だから、南部博士は1丁しか用意しなかったのだ。
ジョーの射撃の腕に賭けて……。
健は今、ジョーと博士の意図を正確に理解していた。
ジョーが噴出口に向けて、特殊ガンを放った。
あのジョーが反動で足を着いたままズズっと後ろに数センチずれるような衝撃があった。
健はそれを闘いながらつぶさに見ていた。
ジョーは持ち堪えている。
小型火炎放射器が切れるまで焼き尽くすつもりだ。
あちこちの床や壁から炎が噴き出した。
彼の計算は成立していたのだ。
これで特殊催涙ガスはもう使えまい。
最後にドンっと激しい爆発音がした。
恐らくは大本の特殊催涙ガスを発生させる装置が爆発したに違いない。
特殊ガンも燃料が切れたようだ。
ジョーはそれをホルスターに仕舞った。
まだ銃身が熱いが、バードスタイルでいる限りは大丈夫だ。
捨て置く訳には行かない。
何かの時にまた必要になる事もあるかもしれないので、しっかり持ち帰るつもりだった。
ジョーは何の気負いもなく、闘いに戻った。
だが、この基地の特殊催涙ガスは封じたが、これで終わりとは限らなかった。
今、南部博士はジョーに渡した銃と同じ物を取り扱える人物を探している筈だ。
今の処、『国連軍選抜射撃部隊』のレニック中佐とマカラン少佐が候補に上がっていた。
他にはいない。
アスリア国のアリス王女なら、こなせるかもしれないが、まさかそのような高貴な人間に依頼する訳には行かない。
博士は急ぎ、後2丁の製作を部下に命じた。
そして、ジョーが採取する筈のサンプルの到着を待っていた。
特殊催涙ガスが使われてしまった時の対処方法を考え出さなければならないのだ。
ジョーのように大腿部から血栓溶解剤を流し込むのでは、大量に被害者が出た時に対応が追い着かない。
何か、中和剤を見つけて、街毎除染しなければならないだろう。
博士はサンプルが入手出来次第、そちらの研究に入らねばならなかった。
「竜、聴こえるか?俺が採取したサンプルを至急南部博士に届けてくれ」
ジョーは竜に通信をした。
『何でおらが?』
「ゴッドフェニックスが一番早いからだ!他に理由はねぇっ!」
『解った!すぐにジョーの居場所へ行くっ!』
竜はすぐに請け負って、ジョーの処へと現われた。
ジョーは試験管を大切そうに渡す。
「頼んだぜ、竜」
「心配するな!すぐに届けて戻って来るぞいっ」
竜は試験管を腰のベルトに慎重に挟んで、走り始めた。
その竜をマシンガンで狙うギャラクターの隊員は、ジョーの手刀で簡単に意識を手放していた。
ジョーはそのまま羽根手裏剣を放ち、敵兵を撃ち払った。
まだ終わりじゃねぇ。
彼の勘はそう告げていた。
ギャラクターは既にどこかの街に、特殊催涙ガスを仕掛けている。
だとしたら狙われるのはどこか?
一番危険なのは、ISOがある地域だと、ジョーは懸念していた。
自分なら第一に、優秀な頭脳が集まっているその場所に特殊催涙ガスの発生装置を仕掛けるだろう。
ジョーは博士の分析が一刻でも早く終わってくれる事を願いながら、敵兵に渾身のパンチを与えていた。


※アリス王女は、226〜232◆『国際潜入捜査』に登場しています。




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