『特殊催涙ガス(4)』

竜はすぐにサンプルを手に飛び立った。
それを南部博士に届ける事は、今の彼にとっては何よりも重要な任務だ。
下手をすれば人類を全て病人にしてしまうかもしれない恐ろしい催涙ガスを、ジョーは採取している。
これを分析する事によって、例えばロケットで雨を降らせるなどして、汚染された地域を浄化する事が出来るのだろう。
それと、国連軍選抜射撃部隊よりレニック中佐とマカラン少佐が急遽ISOに呼ばれていた。
そこには南部博士はおらず、博士とはスクリーンで遣り取りをした。
ジョーに与えた銃を後2丁用意してあり、2人に係員が手渡した。
それの使い道について、博士が三日月基地から説明をし、協力の依頼をした。
「勿論、協力するとも。こんな事を許しておく訳には行かん」
「私も協力させて戴きます」
レニックとマカランは言葉遣いは違うが、同様にそれを快諾した。
催涙ガスを噴射しようとしている場所が発見され次第、彼らも出動する事になる。
情報部員達が裏で暗躍している筈だった。
ジョーはブレスレットで博士に「ISO一帯が危ない」と告げていた。
博士もそれには同感のようだった。
「科学忍者隊のG−2号が、そこの一帯が狙われている可能性があると示唆して来ている。
 2人はそこで待機していて欲しいのです」
南部博士も留学時代の先輩、レニックがいるので言葉は丁重だ。
「了解しました」
いつでも丁寧なマカランが答えた。

ISOの方の手筈が済んだと聴いたジョーは、取り敢えずホッとした。
レニックとマカランの2人なら、自分と同じ働きをする事は可能だろう。
ただ、その作業は一時的に有効なだけだ。
ビル街なので、特殊催涙ガスはマンホールなどから流される可能性が高かったが、そうだとして、どこまであの火炎放射器が有効なのかは解らない。
全部は防ぎようがないのではないか、とジョーは見ている。
しかし、ISOの近隣に住まう人々やISOの職員に全員防御服を着せ、ガスマスクを着用させる訳にも行かない。
ギャラクターの狙いがISOのビルだけであれば、範囲は狭まり、レニックとマカランだけでも防ぐ事は可能だが、もっと広域を狙って来た時に有効なのが、南部博士の研究である。
その為に竜が持ち帰った試験管の中身を分析し、対処法を調査しているのだ。
ジョーはそれに頼るしかあるまい、と思った。
今は眼の前の敵を倒し、この基地を完膚なきまでに叩き潰す事だ。
ドーン、と言う衝撃音があった。
ジュンがこの基地の機関室を爆破した音だった。
すぐにブレスレットから報告があった。
ジョーは健と2人で、司令室へと向かう。
囮の基地だったにせよ、この基地は破壊しておかなければならない。
いつ特殊催涙ガスを別の場所にばら撒こうとするか解らないからである。
ジョーが気になっていたのは、特殊催涙ガスの噴出は地上からだけとは限らないと言う事だ。
誰かがISOに入り込んでいれば、排気口からでも逆流させる事が出来る。
ギャラクターなら清掃員にでも成りすまして入り込むぐらいの事は訳はないだろう。
となれば、優秀な頭脳が奪われて行く事になる。
ジョーは南部博士に連絡をして、その事を告げた。
「危ないのはマンホールだけじゃありません!
 いや、もしかしたらISOビル内の排気口の方が10倍危険なのではありませんか!?」
彼の声は逼迫していた。
『解った。マカラン中佐達には知らせておく』
博士は目まぐるしく頭を回転させていた。
もし、ジョーの言う通り、マンホールではなく、ISO内の排気口から狙って来るとすれば、液体だけではなく、気体でも浄化物質を作らなければならないと言う事だ。
博士はどちらを優先するべきか考えた。
そして、可能性として高いのは、ISOの内部を狙って来る事だろう、と言う考えに至った。
基本的な開発は南部博士がして、液体の方の開発は部下に任せようと言う事に決定した。
液体はロケットとして発射して雨を降らせる方法を採る。
そして、科学忍者隊は敵の基地を爆破し終えて、このISOビルに向かう事になった。
南部博士はまだ三日月基地にいる。
研究から手が離せないので、そこから指揮を取る他なかった。
『レニック中佐達と協力して何とか頼んだぞ。
 ジョーの銃のカートリッジは、竜に持たせた』
「解りました、博士」
健が答えた。
「ジョー、博士はお前の勘に賭けたようだ」
「俺の勘じゃなくて、博士の科学者としての勘にもたまたま同じ事が引っ掛かったんだろうぜ。
 でなければ博士は根拠もなく動いたりしねぇ。
 俺の意見に左右された訳じゃねぇさ」
「そうかな…?充分参考にはなったと思うぞ」
健は迎えに来たゴッドフェニックスに乗り込むと、腕を組んで言った。
「さて、どうする?ISOに堂々とバードスタイルで乗り込むのか?」
「そこは博士が上手く話を通してくれている筈だ。
 問題は職員全員を避難させる事が出来ないと言う事だ。
 世界中の様々な機能が停止してしまう……」
健はそれを憂慮していた。
だからと言って、職員の避難をさせないと言うのはどうなのか…?
「俺達で守るしかあるめぇ」
「でも、どうやって?」
甚平が訊いた。
「先回りして排気口からやって来る特殊催涙ガスを焼き払う」
「でも、それではさっきみたいに他の排気口から火柱が出るわ」
ジュンが立ち上がった。
確かにその通りだ。
「くそぅ……」
ジョーはグッと詰まった。
「なら、レニック中佐とマカラン少佐は何の為に配備されているんだ?
 俺と同じ銃を持っているだけだぜ?」
確かにジョーの言う通りだった。
ジョーは訳が解らなくなり、頭を抱えた。
「博士の研究成果を待っていたら、この広いISOビル内を全て掃除出来るのかよ!?」
ジョーが焦りを見せるのは当然の事だった。
健も同様の危惧を抱えていた。
博士がその銃に合わせた新しいキットの製作に入っている事など、彼らはまだ知らない。
火炎放射ではなく、排気口から放射して特殊催涙ガスを包み込んでしまう気体を、今博士は調合しているのだ。
それを撃つにはやはり相当な射撃の名手が必要になる。
やはり博士の人選は間違っていなかった。
そこにジョーも入るのだから、これで正解だ。
ただ、問題はその新たな武器の開発が間に合うかどうかだ。
博士は完成次第、自身がそれを持ってISOに出向くつもりでいる。
ISOの仲間達を犠牲にする訳には行かない。
自分だけのうのうと安全な場所に居る事は出来ない、と博士は思ったのである。
その話を聴いたジョーは律儀な事を考えなくてもいいのに、と思った。
博士にこそ、安全な場所にいて欲しい。
ギャラクターの最終的な狙いは南部博士の身柄とその頭脳、そして博士が握る科学忍者隊の機密事項だ。
科学忍者隊を組織し、指揮を執っているのが南部博士だと言う事はとうの昔に知れている。
ジョーは博士に別の者にその銃のカートリッジを持参させるように依頼した。
「お願いですから、博士は基地から出ないで下さい」
「そうです!ジョーの言う通りです。
 博士はそこから出ては行けません。
 今、ISOに行かれては敵の思う壺です」
ゴッドフェニックスのコックピットで、健も必死に喰い下がった。
「ロジャースに頼んで下さい。彼ならきっとノーマークです」
ジョーが唐突に言った。
『しかし、彼は以前ギャラクターに使われた事があるから、顔を知られているだろう』
博士は渋面を作り出した。
「いえ、ギャラクターは横の連絡が悪い。
 知っている者など殆どいない筈ですよ」
ジョーの言葉に健も頷いている。
『解った…。幸いロジャースはISOのテストコースに居て、すぐに捕まるだろう』
博士は潜航艇で岸まで行き、そこでロジャースと逢う事にした。
科学忍者隊の憂慮がひとつ消えた。
「竜、ゴッドフェニックスをISOビルの上でホバリングしろ」
「おらはまた留守番かいのう?」
「この辺りにゴッドフェニックスが下りられる場所はない。仕方があるまい」
健の言葉には、竜も納得せざるを得なかった。
ゴッドフェニックスは屋上のヘリポートの上で停まり、竜を除いた4人がトップドームから飛び降りた。
「全員散って各所を当たろう。
 ジョーはまずマカラン中佐達と合流して打ち合わせてくれ」
「博士の指示は全部伝わっているだろうと思うがな」
「ロジャースが新しいカートリッジを持って来た時に、3人一緒にいないと受け渡しが不便だろう」
健の言う事は尤もだった。
「解ったよ…」
ジョーは不貞腐れたように答えた。
慣れては来たものの、未だにレニックは少し苦手だった。
「ジョーに苦手なものがあるとはな…」
健がニヤリと笑ってから、颯爽と白い翼を舞い上げて姿を消した。
ジョーは仕方なくレニック達が待機していると言う部屋へと向かった。
今、持っている火炎放射器はどうしてもと言う緊急時に使うのみだ。
ロジャースが持って来る新しいカートリッジに付け替えた時、存分に働ける筈だ。
しかし、その到着はいつになるのか……。
ジョーの額から一筋の汗が流れ落ちた。




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