『特殊催涙ガス(5)』

ジョーはISOのある会議室で待機しているレニックとマカランに合流した。
2人は防御服を着て、ガスマスクを用意していた。
「南部博士からはまだ新しいカートリッジが出来たと言う連絡はねぇ。
 科学忍者隊は既に内部を調査して回っているが、俺はこんな処に押し込められて『待機』とは、何とももどかしい事じゃねぇかよ?!」
ジョーは2人の顔を見た途端についついぼやいた。
レニックは笑った。
「まだ、君は若いな…。此処に座ってコーヒーでも飲みたまえ。
 少し頭を冷やすがいい」
マカランがカップとソーサーを用意して、サーバーからコーヒーを注いで来た。
ジョーはコーヒーなど飲む気にはなれなかった。
仲間達が活動しているのである。
「とにかく、俺達は3人でこの広いISO内を鎮圧しなけりゃあならねぇ。
 どうやったら効率良くそれが出来るかだ」
ジョーは言ったが、マカランがコーヒーを差し出しながら、
「でも、お仲間がどこに特殊催涙ガスが仕掛けられているかを調べ出さない事には、我々は動けないでしょう?」
と穏やかに言った。
マカランが言う事は尤もだった。
今のままでは作戦の立てようもない。
これから健達から情報が集まって来る事だろう。
そして、ロジャースが新しいカートリッジを大量に持参して来る筈だ。
火炎放射ガンを2丁追加したのは、無駄な作業になったが、ISO内で策略を組まれたのでは仕方がない。
健達は清掃業者を中心に陰から見守っていた。
怪しい者がいれば、後を追うだろう。
やがて、一報が入る筈だ。
ジョーは溜息をついて、コーヒーを手にした。
レニックからは相変わらず子供扱いで不遜な態度が見て取れる。
それでも、これまでに比べれば大分角が取れた。
それは、ジョーの実力を認めたからに他ならない。
この部屋にいる中で、一番射撃の腕がいいのは、間違いなくジョーだった。
レニックはこの若造が、自分より上を行く事を知っていて、少しずつ態度を改めて来ているようだった。
ジョーもその事は敏感に感じ取っていた。
だが、どうもその馴れ馴れしさには未だに慣れない。
マカランはいつも通り穏やかだ。
こんな軍人もいるのか、と思ってしまう。
元々は科学者になろうとしていたこの人に、どんな紆余曲折があったのだろうか?
ジョーは興味を持ったが、訊こうとはしなかった。
そこまで深く関わるべき相手ではないと思っているし、仲間内でもない自分が訊くのは悪い気がしたのだ。
レニックなら事情を知っているのかもしれないが、ジョーはそこまでして、マカランの過去を知りたいとは思ってもいなかった。
ジョーにも人を気遣ったりする事はあった。
深く他人の心の内に入り込む事は、土足で踏み躙るのと一緒だ、と彼は思っているのだ。
健から第一報が来た。
『怪しい一団を発見した。尾行中だ。
 南部博士が普段いる『マントル計画推進室』のある階だ。
 他にも別働隊がいないといいんだがな。
 ジョー、新しいカートリッジはまだか?』
「まだだ、何の連絡もねぇっ!」
ジョーはイライラを抑え切れないとばかりに声を張り上げた。
『敵は掃除をする振りをして排気口の中に潜り込む。
 どこで話を聴いているか解らない。
 気をつけろよ、ジョー』
「ああ、解ったよ…。何か動きがあったら知らせてくれ。
 こっちもカートリッジが届き次第、連絡する」
『解った』
健からの通信は切れた。
声を潜めていたから、近くに敵がいたのだろう。
『マントル計画推進室』のある階に怪しい者がいるとなると、やはり狙いは南部博士だと言う事になる。
ジョーは博士を無理矢理にでも来ないように説得出来た事にホッとした。
指名したロジャースには悪いが、彼ならまだ若いし、万が一巻き込まれてもジョーのように治す事が出来る筈だ。
それに南部博士がロジャースにも防御服とガスマスクを準備するに違いなかった。
『G−2号、応答せよ!こちら南部』
その時、南部博士から待ちに待った通信があった。
『連絡が遅くなったが、既にロジャースはそちらに向かっている。
 今、健からの報告を聴いた。
 どうやらギャラクターは私を狙っているようだ。
 『マントル計画推進室』の研究者には、避難命令を出した』
「それは賢明です」
南部博士に言う言葉ではないと思ったが、ジョーはついそう言ってしまった。
『ロジャースは間もなく到着するだろう。
 カートリッジは取り敢えず1人10本。
 それ以上は準備する事が出来なかった。
 気体を気体で包み込み雲散霧消させる特殊なカートリッジだ。
 君達が持っている特殊ガンに取り付けて使ってくれたまえ。
 カートリッジには、排気口から放射して特殊催涙ガスを包み込んでしまう気体が装備されているが、相当な射撃の技術が必要だ。
 撃つ時に反発が強く、場合によっては、君達が押し返されるような事にもなるかもしれない。
 排気口の中に入り込んで、それを発射して貰う事になる』
「解りました。任せて下さい。此処には射撃の名手が3人揃っています」
『では、ロジャースの到着を待ってくれたまえ』
南部からの通信は終わった。
ジョーは腕を組んで、指をとんとんと動かした。
彼がイライラしている時にする行動だ。
レニックとマカランは悠然としている。
これが大人の余裕なのか?
ジョーはそんな事を考えている気持ちの余裕すらなかった。
待ち兼ねたロジャースは息を切らして、駆け込んで来た。
重そうなバッグを抱えていた。
カートリッジ30本はさすがに重かったのだろう。
乱れた金髪が美しかった。
すぐに彼はテーブルの上にバッグを下ろし、その中に入っている3つのミニバッグを3人に分け与えた。
カートリッジが縦に10本刺さっている。
それをジョー達は腰のベルトに取り付けた。
「ようし、これで行動開始出来るぜ。ロジャース、おめぇを指名したりしてすまなかったな」
「いや、役に立てて嬉しいよ。銃を扱えないのが悔しいぐらいだ」
ロジャースは健に似た笑顔を見せた。
「さあ、みんな行けよ」
そう言って、彼は3人を送り出した。

ジョーは健から連絡のあった『マントル計画推進室』へと急いだ。
レニックとマカランもジョーに遅れず着いて来る。
特別な認証がないと乗れないエレベーターだったが、ジョーが認証番号を知っていた。
その階に到着した。
「健、今、到着した。状況はどうなっている?」
『すぐに行く』
健からは短い回答があり、すぐに科学忍者隊が5人集合した。
「今、奴らは怪しい物体を持って、清掃をする振りをしてこの階の排気口から中へと入った。
 俺達は奴らが出て来るのを待って、どこに装置を仕掛けたかを聞き出す。
 そして奴らが仕掛けた特殊催涙ガスは、ジョーとレニック中佐、マカラン少佐に任せます」
健が言った。
「排気口に入る準備は出来ている」
レニック中佐がガスマスクを見せた。
防御服を着ているのは一目瞭然だったし、健は安心したように頷いて見せた。
「ジョー、その小さな簡易ガスマスクとゴーグルだけで大丈夫か?
 お前は1度あの特殊催涙ガスを浴びている」
「2度も浴びるようなお粗末な事ぁしねぇ。安心していろ」
「本当に安心していいんだな?」
健は軍人2人よりも、ジョーの事が心配だったのだ。
「本当に安心していい。任務に専念してくれ」
「解った。ジュン、甚平、竜。俺と一緒に来い。
 ジョーは連絡を待て」
「ラジャー」
全員が散った。
そして、ジョーとレニックとマカランが残された。
「また、待機かよ?」
ジョーは特殊ガンをホルスターに仕舞った。
「まあ、これからが貴方の活躍処です。
 この銃は貴方がいたからこそ開発出来た。
 そうではありませんか?」
マカランが穏やかにジョーを宥めた。
「仕方がねぇな。ギャラクターめ。あっと言わせてやるから覚えておけ!」
ジョーは空(くう)を睨んだ。
恐ろしい計画を立てたギャラクターに対しての怒りと憎しみが込み上げていた。




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