『特殊催涙ガス(6)』

いよいよ出番がやって来た。
実際にはそれ程の時間ではなかったのだが、『散々待たされた』と思っているジョーは、先頭を切って、動き始めた。
健から場所の指示があったのである。
マカランがどこからか排気口の図面を入手していた。
多分南部博士の指示で回されたものだろう。
ジョーはそれを見て、分担を決めた。
「こっちは俺が受け持つ。こっち方面は2人で分けてくれ」
そう言い置いて、さっさと1人で動き始めたのである。
ジョーは人々が避難した『マントル計画推進室』に入り込んだ。
レニックとマカランは外からだ。
この部屋に入れる暗証番号を知っているのはジョーだけだった。
「あそこだ!」
ジョーは天井に空く排気口を見つけ、ジャンプした。
その勢いで排気口を塞ぐ、蓋を外し、もう1度ジャンプして中に入り込んだ。
マントが少し引っ掛かったが、スリムな彼にはそれ程の問題はなかった。
中は真っ暗だった。
ところどころに部屋からの明かりが注いでいる程度である。
レニックとマカランは防護服の上から頭に装着する懐中電灯的な物を着けていた。
ジョーは腰に着けたエアガンの発炎筒を使った。
多少各部屋に煙が回るだろうが、仕方がないと思った。
この発炎筒の空気も新しいカートリッジを使えば一緒に包み込んでくれる事だろう。
乱暴なやり方だが、仕方がない。
匍匐前進をしながら、先へと進んだ。
やがて健が指示して来た通りの場所に怪しい物体を発見した。
それは排気口と排気口の真ん中付近に配置されている。
一方からガス管のような物が伸びた四角い箱だ。
ガスの噴霧口が着いている。
それがまさにプスプスと音を立てていた。
「出るぞ!」
ジョーは狭い排気口の中で身構えた。
噴霧口から気体が噴射された瞬間、ジョーはガンの引き金を絞った。
身体全体に衝撃が来て、うつ伏せになっている身体が数センチ下がった。
「なる程、そう言う事か…。だから、射撃の名手じゃないと使えないと言う訳だな…」
ジョーは呟いた。
これが噴霧され掛けたと言う事は、他の場所に仕掛けられた物も既に噴霧が始まっているかもしれない。
彼はカートリッジを取り替えて先を急いだ。
そして、また例の箱を見つけてはカートリッジから南部博士が開発した特殊な気体を発射した。
見るからにその効果が解る。
ゴーグルと簡易ガスマスクしかしていないジョーにも、悪影響は全くなかった。
作業は順調に進んでいると言えた。
『ジョー、敵の仕掛けをいくつ解除した?』
健からの通信が入った。
「今ので4つ目だ」
『敵を締め上げた。仕掛けたのは全部で10個だと言う。
 レニック中佐とマカラン少佐が2つずつやっているので、本当なら残りは2つだ』
「解った。やはり『マントル計画推進室』内の方に仕掛けが多いようだ。
 恐らくは後2つも此処にあるだろうぜ」
ジョーは匍匐前進を止めずに話をしていた。
「多分、国連軍の2人はもう退去しても大丈夫だろうと思うぜ」
ジョーはそうも呟いた。
『どうやらそのようだ。その部屋に残り2つがあるだろう。
 ジョー、気をつけろよ』
「解ってる。全く地味な仕事だが、やるしかあるめぇ!」
ジョーは残り2つを探し、カートリッジを噴射して既に噴霧されていた気体をそれで包み込んだ。
そして、『マントル計画推進室』の中に舞い降り、残りのカートリッジを部屋中にぐるりと撒いた。
「ふう…。これで大丈夫だろうぜ」
ジョーは溜息を着き、健に事態を報告した。
『ジョー、奴らの前線基地を吐かせた。行くか?』
健の声がブレスレットから響いた。
「当たりめぇだろう?」
ジョーはすぐさま『マントル計画推進室』から飛び出した。

ゴッドフェニックスに科学忍者隊の5人が揃った。
「ジョー、お疲れ様だったわね」
ジュンが労いの言葉を掛けて来た。
「まださ。この特殊催涙ガスを製造している前線基地を叩かなけりゃ俺達の仕事は終わらねぇ」
「その通りだ。ジョー、身体に影響はないか?」
「博士の研究は万全だぜ。どこにも異常は見当たらねぇ」
「そうか、それは良かった」
健は本当に安心したように、簡易ガスマスクとゴーグルを外したジョーを見た。
ジョーは特殊ガンのホルスターはまだ下げたままだった。
カートリッジはもう1本しか残っていなかったが、レニックとマカランから残りの一部を回収して、在庫を10本にしていた。
「万が一の事があるからな。まだこいつは必要かもしれねぇ」
ジョーは腕が鳴るとばかりにそのホルスターを撫でた。
敵の基地は海中にあった。
ゴッドフェニックスは海の中に潜った。
「敵の基地が見えて来たぞい」
古い博物館のように見える建物だった。
健が締め上げた敵が嘘を言っていなければこれが基地だろう。
恐らくは本当だろう、とジョーは思った。
切れたら怖いのは健なのだ。
それに大体、海中にこんな建物がある筈がない。
「竜、機首を突っ込ませろ!」
「ラジャー!」
こうして科学忍者隊の5人は敵の基地にのめり込んだトップドームから跳躍した。
敵兵がわらわらと現われた。
ジョーはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、華麗に闘った。
羽根手裏剣が舞って、敵のマシンガンを取り落とさせると勝手に暴発して仲間内で悲鳴が上がった。
そうしている間にも、彼のエアガンの三日月型キットが、敵の顎をタタタタタタっと砕きまくり、次の瞬間には、ジョーのマントがヒラリと舞って、敵兵の身体に長い脚でのキックが見事に決まっている。
ジョーは身体を翻し、そのまま脚をもう1人の敵の首筋へと当てた。
敵は溜まったものではない。
その場で崩れ落ちてしまった。
ジョーはそれで止まってはいない。
健が全体を監視出来る場所に移動する間に、ジョーは斬り込み隊長のように、敵兵の中に飛び込んでは撹乱して行く。
長いリーチを利用して、敵の眼に誤作動を起こさせ、錯覚している間に重いパンチが鳩尾に喰い込んでいる。
敵兵は信じられないと言う表情で崩れ落ちて行く。
ジョーはまさに八面六臂の活躍をした。
「ジョー、大本の発生装置は多分司令室の近くに倉庫があるだろう!」
健が叫んだ。
「おう、解ってるって!」
「行くぜ、ジョー!」
「おうっ!」
しかし、海の中から特殊催涙ガスを出す事は出来ないから、発生装置から先程の四角い箱にガスを詰め込む作業をして、地上に持ち出しているのだろう、とジョーは思った。
倉庫に行って、発生装置自体を爆破してしまえばいい。
この場所で火柱が立とうと知った事ではないのだ。
ISOのビル内とは違う。
火で燃やしてしまえば良いのなら、爆弾が一番手っ取り早いだろう。
ジョーは敵兵を掻き分けながら進んだ。
「この野郎!貴様らの野望を許しておく訳には行かねぇんだよ!」
ジョーは叫ぶように言いながら、敵兵を長い脚で蹴り回し、活路を見い出していた。
隣を行く健も同様である。
この2人に掛かっては、ギャラクターも子供のようなものだ。
一捻りで倒して行く。
「南部博士やISOの研究員、そして世界中の人々を脳梗塞にしてしまおうなんて、そんな事をさせて溜まるかよ?」
そうだ。ジョーだったから、一過性虚血発作で済んだのだ。
彼は息を止め、眼を閉じて、被害を最小限に喰い止めたのだから。
だが、普通の人々は違う。
ジョーは怒りを込めて、その鉄拳を奮った。
彼のパンチ1発で気を失う敵が続出した。
そして、羽根手裏剣が舞い、マシンガンを持つ敵の手の甲を華麗に射抜いて行った。
「バードランっ!」
隣で健の叫び声が聴こえ、華麗にブーメランがぐるりと回転して彼の手元に戻って来た。
「ジョー、あの部屋だな」
倉庫は眼の前だった。
「早いとこ、爆破しちまおうぜ」
ジョーが走り込んだ。
中には大きなタンクのような物と、例の四角い箱が山ほど積まれていた。
そこにも作業員としての敵がいたが、ジョーは健に言った。
「此処は俺に任せておけ。作業を頼んだぜ」
健は苦笑しながら「解ったよ」と答えた。
ジョーのやる気を削ぐ必要もなかった。
自分が最初に被害を受けた怒りもあるのだろう、と健は慮った。
ジョーは「うおりゃあ〜!」と気合を込めて、作業兵達に襲い掛かった。
その間に健がブーツの踵にある時限爆弾を仕掛けた。
「ジョー、退去だ!司令室に行くぞ」
「おうっ!」
2人は後方から襲い掛かる大爆発を逃れて司令室へと向かった。
元々がガスなので、爆発は大きかった。
健とジョーは床に伏せて、マントで身を守らなければならなかった。




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