『G−2号との旅』

クロスカラコルムでの決戦から間もなく1年が過ぎようとしていた。
健は南部博士に頼んで1ヶ月の長期休暇を取ったのだった。
それと同時にジョーが遺して行ったG−2号も休暇中限定で借り受けた。

旅立ちの朝、ジュンが心配そうに格納庫にやって来た。
「健、一体どこに行くつもりなの?大丈夫なの?」
「な〜に、心配する事はない。ただ一人旅がしたくなっただけだ」
健は短く答えながら、ダッシュボードを開いた。
そこにはジョーが愛用していたグローブがまだ主がいた頃と同様に残されていた。
(ジョー……)
健はグローブを見つめ、そして手に取った。
(懐かしい雰囲気だ。まるでジョーが生きているかのように……)
健は大切そうにそのグローブを握り締め、それを自らの手にはめた。
「ジョーのG−2号を借りるだなんて、レースにでも出るつもりなの?」
「馬鹿な。俺は空を飛ぶのが専門で、カーレーサーじゃない。
世界中を駆け巡ってみたいだけさ。1ヶ月ではとても無理だが」
健はふっと笑って見せた。
それはジュンを安心させるのには充分過ぎる微笑みだった。
「解ったわ…。気をつけてね。待ってるわ。
留守中のパトロールは私達に任せて」

健はジュンの言葉に頷いてから、アクセルを踏み込んだ。
日持ちがして、加熱する必要のない食料を大量に積み込んである。
健は宿泊費を浮かせる為に、このジョーの愛機と共に長い時間を過ごすつもりでいた。
G−2号はジョーが生きていた頃のように手入れが行き届いていた。
ISOのメカニックチームが整備をし続けていたのだろう。
快適なドライブが始まった。
彼の計算通りに行けば、『あの日』には目的地へ到着する筈だ。
健にとっては、この旅はジョーと共に過ごす為の時間だった。
シートに座った時、ジョーの強いオーラを感じた気がした。
(あいつはいつもこのマシンに乗る時、こんなに重く真剣なオーラを出していたんだな…。
リラックスする時はお前には無かったのか?)
健はジョーの苦しみも哀しみも、全てを知っているG−2号に話し掛けていた。
G−2号はジョーの闘病をじっと静かに見守っていた筈だ。
そして公私共に最高の相棒でもあった。
健はジョーの感触を確かめようとするかのようにステアリングをそっと撫でてみた。

旅は既に10日を過ぎようとしていた。
健はG−2号の中で休息を取り、機体に寄り掛かって保存食を齧(かじ)った。
シートで食事をしよう物なら、ジョーから怒りの鉄拳が飛んで来るような気がしたからだ。
(お前とは随分喧嘩もしたよな…。殴り合った事もある。
だが、俺の最高の理解者でもあった。
お前にとってこのG−2号がそうだったように……)
健は今でも、自分の身体の事を隠そうとし、単独行動に出たジョーを水臭いと思っていた。
しかし、ジョーの気持ちが理解出来ないでもない、と思い始めたのはつい最近の事だ。
漸くそこまでの境地に至る事が出来た。
(俺達に相談してくれた処で、何をしてやれたと言うのだ。
ジョーを病院に監禁しておく事以外に、何が……。
そんな死に方は俺だって嫌だ。今となってはあの時のジョーを責める気にはなれない…)
健は再びジョーのグローブを両手にはめ、G−2号に乗り込んだ。
街中に出ると、突然数十台のバイクに取り囲まれた。
健はそれに素早く気付いた。
ギャラクターとの闘いの日々が、未だに彼の身体を過敏に反応させてしまうと言う後遺症を齎(もたら)していた。
(ただの暴走族か…。ここはやり過ごすしかないな)
健はステアリングを切りながら、何とかバイクの包囲網を交わそうとしたが、相手も然(さ)るもの、なかなかそうは問屋が卸さない。
(こいつら俺を誘っているのか?)
健はどうやらこの先が崖である事に気付いた。
(しまった…!) と思った瞬間、健がはめているグローブが蒼く光ったように見えた。
それからの出来事が健には信じられなかった。
自分が自分でないような感覚。
とても自分がやってのけたとは思えないドライビングテクニックを以って、健はG−2号を反対側の崖へとジャンプさせたのだ。
無事にバイク集団を交わしてG−2号を停めると、健はその場に降り立った。
自分が飛んだ筈の谷底を見て、冷や汗を掻く。
それからジョーのグローブをじっと見つめた。
(ジョー…。お前、今、俺と一緒に居るんだな。お前が俺を救ってくれたんだな……)
健は急に暖かい空気に包まれた。
ジョーの低く独特な声が耳元で囁いたような気がした。
『俺はいつだってみんなと一緒さ……』

健は予定通りの日にそこに到着する事が出来た。
1年を経てもそこはまだ荒地のままだった。
あの時とは違い、霧が晴れていた。
土地柄、こんな事は珍しい事だ。
そのお陰でギャラクターの本部だった場所の出入口はすぐに解った。
1年前のあの怒りに震えるような気持ちが甦って来る。
中に足を踏み入れてみた。
そこにはISOの研究員達が多数働いていた。
健を見咎める者があったので、ISO職員の身分証明書を見せた。
南部博士直属の部署名が書かれているのを確認した40代半ばと見られるチーフ研究員は安堵の溜息をついた。
「これは失礼しました…。今日は何か?」
「1年前、此処で大切な友人を亡くしました。暫く此処にいさせて下さい」
健はそう答え、更に奥へと入って行く。
研究員達は『ブラックホール作戦』の装置を解析する為に派遣されていた。
「あの……」
部下らしい数名の者とひそひそと話していた先程の研究員が健に話し掛けて来た。
自分よりも遙かに若い健に対しても、丁重な態度だ。
先程提示した身分証明書が効いているのだろう。
「先日、装置の中からこんな物が見つかったのですが……」
彼が差し出したのは、所々薄く焦げた跡があるが、紛れもないジョーの羽根手裏剣だった。
先端は折れ曲がっていたが、それでもまだ鋭さが残っている。
「どうやらこれが装置の歯車の中に挟まった事で装置が止まったのではないか、と言うのが我々の分析結果です。
先程南部博士に報告した処です」
「………………………………………」
健は受け取った羽根手裏剣を言葉もなく、ただじっと見つめた。
「では、ジョーが……ジョーが地球を救ったと言う事なのですね?」
健の青い瞳が潤んだ。
「貴方のお友達と言うのは、此処で亡くなったと言う科学忍者隊の方なのですね…?」
「え、ええ……」
研究員は健の手を握り締めた。
「では、これは貴方が持って行って下さい。
南部博士も貴方が来たら渡すようにと仰っていました」
「南部博士が?」
健は驚いた。
南部は健の行動を全てお見通しだったようだ。
だからこそ、1ヶ月もの休暇を許してくれたのだろう。
「それから昨日、これも発見されました…」 ともう1つ渡されたのは、ジョーが愛用していたエアガンだった。
無傷で残っていたとは……。
奇跡としか言いようがない。

健はジョーの遺品を2つとも受け取り、エアガンを腰に差し込み、羽根手裏剣はハンカチに包んで大切にポケットに仕舞い込んだ。
涙を握り拳で拭うと晴れやかな表情でチーフ研究員に礼を言って、元来た通路を引き返す。
(ジョー。お前は無駄な行動をしない奴だと思っていたが…。
此処に俺を駆り立てたのもお前なのか?俺がいつまでも苦しまない為に……)
健はジョーと最後に別れた地点まで戻って来た。
今日がジョーの命日だった。
手向ける花はクロスカラコルムの地に入る前に街中で買ってあった。
G−2号の後部から、それを取り出す。
健は静かにそこに座り込み、花束を草の上に置いた。
そっと手を合わせる。
(ジョー、お前って奴は……)
1年前と同じ言葉が頭の中を過(よ)ぎった。
その時、突然空から轟音が降って来たので、健はハッとして素早い身のこなしで翻った。
彼の視界に飛び込んで来たのは、健が乗って来たG−2号を欠いたゴッドフェニックスだった。



ぺたる様より戴きましたイメージイラストです。
ぺたるさん、どうも有難うございました。
ぺたるさんのブログ『イメージ画あれこれ』はこちらからどうぞ。




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