『国連軍特別訓練』

三日月珊瑚礁の基地に呼び出された5人は司令室で南部博士が来るのを待っていた。
バードスタイルを解いて普通の姿で待っているようにとの指示だった。
全員が揃って5分もしない内に南部は1人の屈強な男を従えて入って来た。
男は国連軍の軍服を着ている。
それも身に付けている階級章からある程度の地位にある者と推定された。
5人はソファーから居住まいを正して立ち上がった。
「紹介しよう。国連軍のレニック中佐だ。これから1週間みっちりと君達の射撃訓練を行なって貰う」
「射撃訓練ですって?1週間も?」
健が眉を顰(ひそ)めた。
「レニック中佐。これが私の私設護衛部隊となる少年少女です」
南部は健の問いを無視してレニック中佐に話し掛けていた。
「右から甚平、ジュン、健、竜、ジョーです」
「おお、彼がジョーですか?」
レニック中佐が自分の名前を口にしたので、ジョーは心から驚いた。
(おいおい、俺はこんな奴知らねぇぜ…)
「君が南部君の言う、類稀なる射撃の名手と言う訳か…」
レニック中佐は値踏みをするかのように、ジョーの頭のてっぺんから足元までをまじまじと見た。
南部博士を『南部君』と呼ぶとは、博士の先輩なのか…?
(嫌な感じだ…)
ジョーは何となく嫌悪感を覚えた。
「で、俺達が国連軍に行って射撃訓練を受ける意味は?」
健が再び訊いた。
「以前、君達が射撃訓練をしていた時に、君達の動体視力にはまだまだ改善の余地があると見た。
 今回はその為の訓練だ。ジョーには攻撃方に加わって貰う」
「……え?」
そっぽを向いていたジョーが南部に振り返った。
「心配は要らん。君に持って貰うのは殺傷力の無いビーム砲だ。
 当たっても1時間程身体が痺れて動けなくなるだけの代物だ。
 仲間を撃ったからとて、怪我をさせるような事はない」
南部の代わりにレニックが冷たい声で言い放った。

「何だか、無機質な部屋だな…」
5人はそのまま国連軍の秘密基地に連れて来られた。
最初に足を踏み入れた健が呟く。
「こりゃ国立競技場位の規模だぜ。部屋ってレベルじゃねぇ」
ジョーがごちた処を何者かが銃撃して来た。
彼は素早くそれを交わしながらエアガンを取り出し、反撃に出ようとした。
「おお!そこまでそこまで。噂通りだ。ちょっと君を試させて貰った」
レニックが闇の中から現われた。
「良し。君はこの軍服に着替えたまえ。国連軍選抜射撃部隊の制服だ」
レニックが軍服を放って来た。
コンドルのジョーのマントと同じ深い蒼だ。
「その場で着替えるのはお嬢さんが居る事だし嫌だろうから、そこの部屋を使いたまえ」
ジョーは仕方なくエアガンをジーンズに戻し、黙ってその部屋へ移動した。
彼が着替えて出て来ると、健達は普段の姿の上に簡素な防弾チョッキのような装備を着けさせられていた。
肘と膝にも防御用のプロテクターを着けている。
ジョーの気配に甚平が振り返った。
背が高く、細いが筋肉をしっかりと身に纏っているスラッとした体躯に軍服が似合わない筈がない。
「ジョーの兄貴ぃ!か〜っこいいな〜!」
「おい、坊主!遊びに来ているんじゃないんだぞ!」
レニックは鬼教官振りを早速発揮し始めた。
「何で南部の護衛にこんなに小さい子を付けるんだ?」
小さく呟いたのを聞き逃さなかったジョーが低い声で言った。
「小さくたって、こいつは誰よりもすばしこいんだ」

レニックの射撃訓練は半端ではなく厳しかった。
そしてそれはジョー自身にとっても同様だった。
容赦なく仲間達への攻撃をするように命ぜられたからだ。
「本気でやらなければ、君が彼らの銃弾に倒れる事になる。
 我々の銃は相手を痺れさせるだけのビーム砲だが、彼ら4人に持たせているのは、普通の拳銃だからな」
「そりゃあ、見りゃ解りますよ」
ジョーは気が進まずともやるしか無かった。
甚平、竜、ジュンの順でジョーのビーム砲に倒れた。
最初の内は彼らも上手く交わすのだが、敵方はジョーだけではない。
彼の他にレニック中佐を含め10人の兵士が攻撃を仕掛けて来る。
そして、4人はその攻撃を交わしながら、コンピューター制御で動いている標的のど真ん中を射抜く事が出来ない限り、合格点を貰う事が出来ないのである。
健だけは体力がまだ残っているのか、時々ビーム砲を交わしながら、標的を狙って来るのだが、彼ですらなかなか当たらない。
最後にはジョーのビーム砲が当たってしまい、健もついに力尽きた。

「健…。気が付いたか?今日の訓練は終わったぜ」
宿舎として宛がわれた部屋で健は目覚めた。
「お前が運んでくれたのか?」
「ああ。全員同室だからな」
ジョーが親指を後ろにくいっとやると、2段ベッドが4つ設えられている事が解った。
装備を解いてぐったりとベッドに座る竜と甚平の姿もある。
「大方軍人の宿舎だろうよ」
「ジュンは?」
「先にシャワーを使わせている。鍵付きの脱衣所もあるし、まあ、彼女にとっても問題ねぇだろうぜ。
 それにしてもあのレニックってのは鬼教官だな。こっちも本気でやらなければならねぇし…。
 どうだ、痺れは取れたか?」
ジョーが健達を気遣っているのが彼らには解った。
「ジョー、別におら達の事は気にせんでもええがな。
 お前が撃ちたくて撃ってるんじゃない事ぐらいおら達にも解っとる」
「そうだよ、ジョー。おいらも大丈夫だよ。
 でも、きっついよな〜。こんな訓練が後6日も続くのかい?」
「俺達がノルマをこなせないと、まだまだ続くかもしれんな…」
健が冷静に呟いた。
「とにかく早く的を射抜いちまう事だな。今夜俺が行ってお前達向けの攻略法を練って来るぜ」
ジョーがそこまで言って、部屋の入口をキッと睨んだ。
健も同様の反応を示していた。
これが戦士の研ぎ澄まされた勘なのである。
それから10秒後にドアがノックされた。
やって来たのは、食事を配給しに来たレニック中佐の部下だった。
「まるで鍵の無い監獄に居るようだな…」
5人前の食事が届けられた後、ジョーが呟いた。

それから連夜、ジョーはそっと大規模訓練室に通い、個人個人の個性に合わせた攻略法を練った。
そして宿舎や訓練が始まる前の時間を使って、健達に標的を射抜く為のコツを伝授して行った。
レニック中佐はその様子を陰から見つめていたが、知らぬ振りをしていた。
それと同時にジョーの射撃の腕の確かさに舌を巻いていたのも事実である。
(南部の私設護衛部隊より、私の部下に欲しいぐらいだ…。
 日に日に仲間達の腕が上がっているのも、彼のレクチャーのお陰だろう…)
そうして5日目には健が標的を射抜いて訓練から離脱。
6日目にはジュンが、最終日には竜と甚平が無事に離脱する事が出来た。
竜と甚平はへとへとにへばっていた。
「君達。一番疲れているのは誰だと思っておる?それはこのジョーだと言う事を忘れるな!」
レニック中佐は最後にそう述べて、踵(きびす)を返した。
全ての訓練がこの日漸く終わりを告げたのだった。
「ジョー。お前が一番災難だったな。お前のお陰で全員何とか合格ラインに達する事が出来た」
「ジョー、有難う。あなたのお陰よ」
健とジュンが労いの言葉を掛けて来た。
他の2人はまだぐったりしていて喋る事すら出来ない。
さすがのジョーも連日の寝不足で疲れ切っていた。
「とにかくさっさとこの軍服を脱いで、熱いシャワーでも浴びてぇぜ…」
ジョーが言った処へ南部博士が入って来た。
「諸君。ご苦労だった。良くこの厳しい訓練を全員で突破してくれた」
南部の後ろにはレニック中佐が立っている。
全ての報告は済んでいる事だろう。
「今日はリムジンで迎えに来た。帰りはゆっくりしたまえ。今夜は私の別荘に食事を用意してある」
南部はレニック中佐と握手を交わすと、5人をリムジンへと誘(いざな)うのであった。




inserted by FC2 system