『特殊催涙ガス(7)/終章』

特殊催涙ガスは大本から無事に爆破する事が出来た。
ジョーが在庫として持っていたカートリッジは無駄になったが、任務には無駄が付き物、と言う事もある。
無駄、大いに結構じゃねぇか。
ジョーはそう思いながら、左肩のホルスターを撫でた。
博士が折角開発した武器である。
余程闘いの邪魔にならない限りは基地に持ち帰るつもりでいる。
健と共に、司令室へと移った。
そこにはスクリーンに映ったカッツェが怒り狂っている処だった。
『科学忍者隊にしてやられおって!この馬鹿者共が!』
その怒りをどこにぶつけて良いのか解らないのか、自分の周囲にある何かを蹴飛ばして、痛がって飛び跳ねているいる姿が、ジョーには笑えた。
「司令官があれじゃあな…」
健にだけ聴こえる声で思わず呟いた。
健は黙って頷いた。
「実体を見せずに忍び込む白い影。科学忍者隊ガッチャマン!」
健が見栄を切った。
「蒼い影もいるぜ…」
ジョーはボソッと小声で付け加えた。
余り見栄を切るようなタイプではないのである。
こんな事を彼が言うのは珍しかった。
2人は左右に散って、艶やかに闘いを開始した。
別行動をしていた、甚平と竜も駆けつけて来た。
「今、お姉ちゃんが機関室に爆薬を仕掛けているよ」
甚平が健に告げる。
「上等だ」
健は一言呟いた。
ジョーはそれを聴いて黙ってニヤリと笑っただけで、強力なバネの力を利用して高々と跳躍し、敵兵の渦の中へと飛び込んで行った。
羽根手裏剣がピシュシュシュシュと派手に華麗に舞った。
違う事なく、敵兵の手の甲の中心を見事に貫いている。
ジョーの腕前は相変わらずだった。
衰える事を知らない。
次の瞬間にはもう身体が別の隊員を捉えている。
それは自然に出来るようになった事だった。
闘いの場を何度も経験して行く内に身体が戦闘の勘を磨き上げたのだろう。
彼の全身は武器として、立派過ぎる程に通用した。
身体自体が武器だった。
その戦闘能力がそこまでに彼を昇華させたのである。
武器がなくとも、肉体さえあれば闘える。
彼は常に思っている事だが、指1本残っていれば闘える、と信じていたのだ。
その為には怪我を意識して過酷な訓練を自分自身に課して来た。
訓練室で1人黙々と訓練をこなし、右腕を身体に縛り付けてロボットの攻撃を受けた事もある。
彼をそこまで駆り立てるストイックな思いは、ただただギャラクターに対しての憎悪から燃え上がっている物である。
ジョーはその訓練の成果を余す処なく発揮し続けている。
敵兵の中に飛び込んだ彼は、全身をぐるりと一回転させた。
その間に彼の周囲のギャラクターは吹っ飛んでいる。
羽根手裏剣が舞い、エアガンの三日月型キットが縦横無尽に敵の顎や手の甲を打ち砕いて行く。
面白いようにその技は決まっていた。
元々持っていた天才的な勘と、彼の並々ならぬ努力とが混ざり合ったその結晶として、この戦闘能力として現われているのだろう。
彼の周囲からは少しずつ敵兵が減って行くのが遠目で見ると良く解る。
華麗な舞いを見ているかのように、見事な敵の倒し振りだった。
膝蹴り、足蹴り、膂力のあるパンチ、肘鉄、そして、2つの武器のコンビネーション。
ジョーはこれらを何の気負いもなく、使い果たす。
そのアクションは見ていてとても痛快だった。
身体の動きはスピーディーで全てを見切る事が出来ない。
それが出来る人間が居たら、達人と呼んでも過言ではないだろう。
身体能力の全てを注ぎ込んで、ジョーは此処に立っている。
その凄さは筆舌に尽くし難い。
どれだけの文字数を用いても書き尽くせない、そんな能力を持ち合わせている。
ジョーは身体を捻るようにして翻した。
彼の後方で、マシンガンがまさに火を吹こうとしていた。
しかし、彼はそれを事前に察知して、敵兵をエアガンで撃ち放ったのだ。
敵兵は跳ね飛ばされるように後ろへと飛んだ。
エアガンの衝撃波を受けただけだ。
やがては眼を覚ます事だろう。
敵兵の中からチーフ級の隊員がバズーカ砲を担いで出て来た。
3人はいる。
皆、他の隊員達とは色違いの隊服を着ているので、解り易い。
健とジョーが背中合わせになった。
2人とも全く臆する事はなかった。
もうバズーカ砲など恐れる事はない。
彼らはそれに対する対処法を嫌と言う程身体で覚えていた。
敵のバズーカ砲を封じる事ぐらい、彼らにとってはもう大した事ではなかった。
ジョーはエアガンのワイヤーを使ってそれを巻き上げ、自らバズーカ砲を肩に担いで、敵をびびらせた。
健はその様子を見て、ニヤリと笑いながら、「バードランっ!」とブーメランを回転させる。
このコンビネーションに、甚平と竜のコンビもなかなかの働きをしている。
その時、ドーン!と爆発音がして、ジュンが一仕事終えた事を報せてくれた。
「ジュンが機関室をやったようだな」
健が白い歯を見せた。
「ああ、俺達もそろそろ行くか?もう特殊催涙ガスも使えなくした事だしな」
ジョーもニヤリと笑い返した。
ジョーは残り2門のバズーカ砲を、持っていた気体のカートリッジで狙い撃ちした。
特殊催涙ガスを包み込む能力があるカートリッジだ。
バズーカ砲は不思議な化学反応を起こした。
「ジョー、バズーカ砲がバチバチと線香花火のように爆ぜているぞ」
「おう、どうやら自爆してくれそうだな」
ジョーは愉快そうに笑いながら答えた。
「バズーカ砲の威力もなかなかな物だ。
 俺達が爆弾を仕掛けるまでもねぇかもしれねぇぜ」
「ジョーの兄貴、そんな悠長な事を言っている場合じゃないよ!
 自爆装置が働いているよ〜!」
甚平が恐怖に戦くように、口の中に手を入れながら言った。
「全員脱出だ!ジュンも聴こえたか?!」
『ラジャー!』
ジュンの声も明瞭に聴こえて来た。
全員が基地の外へと脱兎の如く、脱出を図り、基地へ機首を突っ込んでいたゴッドフェニックスのトップドームへと跳躍した。
ゴッドフェニックスが退去した穴からは、海水がどどっと押し寄せるように流れ込んだ。
そうして、敵の基地は爆発した。

「諸君、良くやってくれた。
 今回の働きにより、ギャラクターの野望はまた1つ費えた」
南部博士は三日月基地に帰還した科学忍者隊の面々を珍しく褒め称えた。
自分を始めとするISOの科学者達、そして、一般の地球人達を脳の病気に陥らせようと言う間違った科学の使い方は、絶対に許してはならない。
南部はその事を一番強く考えていた人物だった。
「気体を気体で覆い尽くすとは、さすがに博士ですよ。
 俺達には何が何だか解りません」
実際に武器を使ったジョーにも、そして、それを手伝ったレニックやマカランにも、その原理は全く解らなかった。
「人には専門と言う物がある。解らなくてもいいのだ」
「でも、博士には全ての事が解っているのではありませんか?」
健が訊いた。
「そんな事はない。私にも解らない事は星の数程あるのだ。
 だから、科学は面白い。そう言うものなのだよ」
南部の表情が少し和らいだ。
今回のような事件はあってはならない事だった。
だが、これからもギャラクターは悪事の限りを尽くすのだろう。
「ふ〜ん、科学者の考える事はよう解らんのう…」
竜が頭の後ろで手を組むリラックスしたポーズで呟いた。
「しかし、ギャラクターの野望は喰い止めなければならねぇ。
 それだけは事実だ。
 俺達は決して気を抜く事は許されねぇ。な、竜!」
ジョーは竜の背中を思いっ切り叩いたので、竜は前に飛び出す形となり、面白いポーズでつんのめった。
もう少しで転んでしまいそうな処を残ったのは、さすがに科学忍者隊G−5号だけの事はある。
「何するんだ?ジョー」
いつもの暢気な口調で、竜は訊いた。
「どんな時でも油断はするな、って事さ」
ジョーは快活に笑って、1人背を向けた。




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