『守りたいもの』

のんびりとした午後が過ぎて行こうとしていた。
午前中は早朝レースをこなし、爽快に走って来た。
勿論、優勝トロフィーは、彼の手元にある。
そのまま『スナックジュン』に行き、ジュンに貰った花束を手渡してから、すぐに帰って来た。
いずれはこのトロフィーも南部博士の別荘の彼の部屋に飾られる事になる。
そのまま自分の部屋を残してくれている事に感謝している。
何かあれば帰る場所があるのだ。
でも、ジョーは甘えたりはしない。
あの別荘を出てから、1度もその部屋に泊まった事はなかった。
健も任務で必要な事があった場合以外は、自分の父親が遺した飛行場にいるようだ。
博士の別荘は、部屋を残しておく事が出来るぐらいの余裕があると言う訳だ。
時折博士がジョーの部屋で、増えて来たトロフィーをじっと眺めている事がある、とテレサ婆さんから聴いていた。
博士は任務の時は厳しいが、普段は穏やかな紳士なのだ。
ジョーは彼に感謝している。
自分が今在るのは確実に南部博士のお陰なのだから。
故郷の浜辺で死んでいた筈の自分を逃がし、治療を受けさせてくれた。
自分を死んだ事にして、島からそっと脱出させてくれなかったら、自分はとうにこの世にはいない。
南部博士はジョーにとっては恩人だった。
時折反抗的な態度を取ってしまう事もあったが、進んで運転手兼護衛をするなど、彼は博士を尊敬し、信頼し、そして、心配していた。
いつ、どこで暗殺の魔の手が掛かるとは限らないのだ。
博士の敵はギャラクターだけではない。
ISOの内部、それ以外の科学者の中にも南部博士の才能を疎ましく思っている連中はいる。
ジョーはそう言った輩からも博士を守って来た。
闘っていて解るのだ。
相手がギャラクターなのか、それ以外なのか……。

ジョーが守りたいものは、博士だけではなかった。
自分の意地と言うか、ギャラクターに対する復讐心は絶対に薄れさせたくなかったし、自分の身体能力が衰える事も非常に強く嫌った。
つまり、今と変わらぬ能力と矜持を持ち続ける事、それが彼の守りたいものの2つ目だった。
博士を守る事よりも、こっちの方が楽に出来そうだった。
彼の心は鋼で出来ている。
時折綻びが生じる事があっても、翌日には彼はその弱さを微塵も仲間達に見せない。
どんなに重い傷を負おうが、彼は少しでも動けるようになれば自主訓練を開始するし、その事で仲間達が心配するような事もある。
だが、自分の身体を虐めてでも、体力の低下を防ぎたい。
傷を受けて療養すれば、その日数が長いだけ、彼の肉体は衰えるのだ。
全くアスリートと同じである。
マラソンランナーが毎日走らなければならないように、彼もまた、毎日身体を鍛える事を忘れない。
それは、ギャラクターに遭った時に最善の闘い振りを発揮したいからだ。
ただ、それだけ。
自分が『生きる』為に必要なのだ。
彼には闘えなくなった自分など必要なかった。
いつでも、最前線で闘っている、そう言う自分が彼自身なのだ。
彼はトレーラーハウスの横にビニールシートを敷いて、Tシャツを脱いだ姿で、腕立て伏せを始めた。
逞しい筋肉質の腕と背中が踊る。
見えないが胸の筋肉もこれで相当鍛え上げられる筈だ。
腕立て伏せの次は腹筋。
割れた腹筋と逞しく盛り上がった胸筋が露わになった。
各500回ずつそれを平気で行なった彼は、何事もなかったように起き上がった。
空は快晴。
少しだけ疲れた身体を癒そうと思った。
ビニールシートを片付け、トレーラーハウスの中でコップに入れたオレンジジュースを飲み干す。
それから再び外に出て来た彼は、自分で木々に取り付けたハンモックに乗って、気持ち良く揺られた。
睡魔が襲って来た。
昨日は任務で帰りが遅かったのだ。
そのまま寝ないで早朝レースに行った。
後で博士の別荘に優勝トロフィーを持って行こう、と思いながら、ジョーはうとうとし始めた。
「あら、ちょっと刺激的ね」
やがてジュンの声で目覚めた。
「ジュン?」
「さっきの花束のお礼を持って来たの。コーヒー豆。
 起こしてしまって迷惑だったかしら?」
「いいや。構わねぇさ。すまねぇな」
ジョーはハンモックから降りて、木に掛けてあったTシャツを着た。
「あんまりにも気持ち良さそうだから、起こさないで置いて行こうかと思ったんだけど…」
ジュンは緑の髪を掻き上げた。
「どうした?何かあったか?」
ジュンには憂い事があるらしい。
ジョーの処に来る時は大体、健の事か甚平の事だ。
「心配するなよ。甚平と喧嘩でもしたか?」
「あら、どうして解るの?」
ジュンは不思議そうにジョーの顔を覗き込んだ。
「おめぇの顔にそう書いてある」
「相変わらずジョーの勘は最高に優れているわね」
「健の事かと思ったのに、一体何だい?」
ジョーはそのままトレーラーに入った。
「紅茶でも飲むか?ゴーゴー喫茶のママにそれはねぇか?」
「いいえ、戴くわ。でも、外でいいかしら?
 貴方の生活拠点に入るのは気が引けるわ」
ジュンの気持ちが解らなくもない。
ジョーは丸椅子を中から持って来て、草の中に置いてやった。
「座って待ってろ」
ジョーが紅茶を入れている間に、外から「あら、甚平!」と言う声がした。
(やはり来たか…)
ジョーはニヤリとして、紅茶を2つ入れた。
彼が丁寧に紅茶を入れて、外に持って出た頃、もう2人は仲直りしていた。
(喧嘩の原因なんて他愛もねぇもんなんだ…)
ジョーは笑って、2人に紅茶を出した。
カップ&ソーサーを受け取りながら、甚平は不思議そうな顔をしていた。
「どうしておいら達、喧嘩をするとジョーの処に来ちゃうんだろうね」
「さあな……」
素っ気無く答えておきながら、ジョーは改めて気付いた事がある。
もう1つ守りたいものがあった。
それはこの仲間達だ。
自分にとって、仲間達がどれだけ大切なものなのかを、彼はふっと思い出したような気がした。
そうだ。博士や自分の戦闘能力だけじゃない。
一番大切なのはこの仲間だ。
健と竜も含めた5人の仲間だ。
ジョーはふっと涙が出そうになって、空を仰いだ。
5羽の雛鳥が巣立つ処だった。
(まるで俺達のようだな…)
ジョーはそれを観ながら感慨に耽った。
南部博士がこの生命を助けてくれなかったら、この仲間達にも逢えなかった。
全ては博士との出逢いから始まっている。
彼の新しい人生も、科学忍者隊も……。
「こんな平和な日があってもいいわね」
ジュンの声で我に返った。
「甚平。もう1つ丸椅子を出してやるから待っていな」
「いいのよ」
ジュンは自分の腰を半分ずらした。
「甚平、此処に座りなさい」
結局2人は仲が良い本当の姉弟のようだ、とジョーは少し羨ましく思った。
自分の出る幕なんかないじゃねぇか。
ふとおかしくなってジョーは笑った。
「何笑ってるんだよ〜、ジョーの兄貴」
「悪かった!おめぇら本当の姉弟のようだな、と思っただけさ。
 どんどん喧嘩をすればいいさ。
 誰にも遠慮は要らねぇぜ」
ジョーはクックックッ…と笑いながら、心の中の霧が晴れて行くのを感じた。
これからも俺は自分の守りたいものの為に生きて行く。
簡単な事だが、難しい。
それを遣り遂げる事で、いつか両親に胸を張って逢えるような気がした。




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