『マントル市街地全滅(6)/終章』

健は必死になってジョーを探した。
ジョーは仲間を危険に晒してまで助けを求めて来るような男ではない。
その事は健が一番良く知っていた。
だから、仲間が近くにいるのに気付いたとしても、自分から呼んだりはしないだろう。
先程も危険だから自分を置いて去れ、と彼は言ったのだ。
健は先程のバードスクランブルが発信された地点に到着し、倒れているジョーを見つけた。
本人が言ったようにマントが溶けている。
そして、背中の一部が見えていた。
「こ…これは……」
健はジョーを襲った液体が移動する事を知った。
「だから、ジョーは来るなと言ったのか……」
健は当たりを見回した。
敵のメカ鉄獣は恐ろしい程に大きい。
それが今、飛び立とうとしていた。
「竜、先にゴッドフェニックスで追っていろ!メカ鉄獣が飛び出すぞっ!」
『解ったぞいっ』
健はメカ鉄獣が去ったその部屋の中に給水塔らしきものがある事に気付いた。
これはもしや…?
隊員に危害が及んだ時の保険かもしれない。
博士はジョーの身体をシャワーで洗い流せと言っていたが……。
もしかしたら謎の液体が飛び出すかもしれない。
だが、健はそうではない方に賭けた。
マキビシ爆弾を取り出し、その給水塔に投げつけた。
爆発音があり、その後雨のように水分が降って来た。
水ではない。
何かの液剤だが、健の身体に異変はない。
これは謎の液体を中和するものだ、と気付いた健は、自分とジョーに降り注ぐその液体を試験管に採取した。
「う……ううっ……」
ジョーが眼を醒ました。
「ジョー、大丈夫か?」
「ああ、何でびしょ濡れなんだか知らねぇが、大丈夫そうだ」
「どうやら俺達が浴びたのは中和剤らしい。
 これを国連軍か情報部員に手渡して、博士に研究して貰おう」
「さすがだな、健。こんな近くに中和剤があったとはよ」
「咄嗟の事だ。お前は意識を失っていたし、気付く筈もない。
 大丈夫か?動けるか?」
「大丈夫だ」
ジョーはそう言って立ち上がった。
健は心底ホッとした顔つきになった。
「心配したぞ」
「すまねぇな。まさかこんな事になるなんてよ。
 それでメカ鉄獣は出撃しちまったのか?
 だとしたら、俺のせいだな」
「解らん。俺が駆けつけるのを察知したのかもしれない。
 とにかくゴッドフェニックスが飛び立っている。
 博士に言ってこれを誰かに取りに来させよう」
南部博士に連絡した結果、レッドインパルスの正木と鬼石がやって来る事になった。
それなら安全だ。
健とジョーは2人にそれを渡して、ゴッドフェニックスに拾われる事になった。
マントが溶けてしまったジョーには、飛んでいるゴッドフェニックスにまで跳躍する能力が残ってはおらず、健がジョーを支えてトップドームへと戻った。
「ジョー!大丈夫なの?」
ジュンが訊ねて来た。
「ああ、健の機転のお陰で助かったぜ。
 中和剤もレッドインパルスに渡す事が出来た」
「背中は?」
甚平が心配そうに訊いた。
逞しい背中のラインが途中まで見えている。
「大丈夫だ。ちょっと背中に痺れがあるが溶けちゃいねぇと思うぜ」
健はそれを聴いて、ジョーの背中を覗き込んだ。
「見た眼は何ともないようだ。だが、大事にする事に越した事はない。
 後で博士に診て貰う事だ」
「解ったよ。身体のどこかに異変があっては俺だって困るからな」
ジョーは案外素直に健の言葉を聴いた。
「くそぅ。不覚だったぜ…」
ジョーは忌々しげに呟いた。
忌々しいのは自分に対してだ。
あんなに簡単にやられてしまったのが悔しくて溜まらないのだ。
「前方にメカ鉄獣発見。距離500メートル」
ジュンがレーダーを見て叫んだ。
「ようし、バードミサイルをぶち込んでやる」
ジョーは勇躍赤いボタンの前に立とうとしたが、健が静かに押し止(とど)めた。
「ジョー、気持ちは解るが、バードミサイルでは、あの蔦から発射される液体が下の街に飛び散るだけだ。
 此処は火の鳥で行くしかない」
「……解ったよ」
ジョーは自席に着いた。
「科学忍法火の鳥!ジェネレーターレッドゾーンまでアップ!」
健がレバーを操作した。
「ぐっ!」
その時、ジョーの身体を衝撃が走り抜けた。
しかし、皆は自分の苦しさでジョーの異変には気付かない。
ジョーはそれでいい、と思った。
今、火の鳥をやめる事は出来ない。
やはり謎の液体で身体のどこかをやられているのだ。
中和剤を浴びたぐらいではどうにもならない何かが、彼の身体に入り込んでいる。
あの液体が移動する事が問題だったのかもしれない。
健が駆けつけるまでに充分に移動する時間はあった筈だ。
ジョーは知らなかった。
それが口から入り、彼の内臓を冒そうとしていた事を。
健がレッドインパルスに渡した中和剤を飲めば、回復するかもしれない。
やられているのが食道や胃腸だったらの話だが…。
だが、今はそれはないし、ジョーの身体がどうなっているのかは計り知れなかった。
ジョーは「ぐはっ!」と血を喀いた。
余りの苦しさに悶絶したが、それを見た者は誰もいない。
火の鳥で自分の事で精一杯だった。
ジョーはひたすら苦しみに耐えた。
どうやら液体は肺の中に入り込んだらしい。
火の鳥が終わるまでがいつもよりも長く感じた。
やがて火の鳥が終わり、灼熱の地獄が去った頃、敵のおかしな形をしたメカ鉄獣は木っ端微塵に消えていた。
謎の液体も火に包まれ、同時に消滅したようだった。
「ジョーの兄貴、舌でも噛んだの?」
甚平が訊いて来た。
「ち…違うわ。ジョー、どうしたの?しっかりして!」
ジュンがジョーの異変に気付いた。
「だ…い丈夫だ……。あの液体が、肺にでも…入り込ん、だんだろうぜ…」
「ジョーっ!」
健が走り寄って来た。
「おめぇが、中和剤を、手に入れてくれた。これで…研究も、進むだろうぜ」
ジョーはそう言って意識を手放した。
「竜、基地まで急げっ!」
「ラジャー!」
健は南部博士に事態を報告した。
『大丈夫だ。君がレッドインパルスに渡した中和剤は、医療用にも使われている物で、わざわざ作り出す必要はなかった。
 Q市はもう間に合わないが、ジョーを助ける事は出来る。
 身体を調べて肺以外にもその液体が入り込んでいないか、完全にチェックする。
 肺に入り込んだ物は、点滴で中和剤を送り込めば時間は掛かるが良くなる筈だ』
「解りました」
健はホッとした。
『ジョーにしては、今回は不覚を取ったな…』
「博士、これは誰にでも起こり得る事でした。
 俺が全員をバラバラに行動させた作戦ミスです。
 ジョーを責めないでやって下さい」
『だが、ジョー自身は決してそうは思うまい。
 とにかく早く戻って来なさい』
博士はそう言ってスクリーンから消えた。
確かにそうかもしれない。
「とにかく良かったわ。
 健が中和剤を採取してくれなかったら、こんなに早く治療法が見つかったとは限らないわ」
「博士もあんな事を言っとるが、本当はジョーの事が心配なんじゃわい」
「早く戻って来いって言ってたもんね」
甚平も明るい笑顔になって言った。
ジョーの回復の目処が着いたからである。
ジョーの喀血は次第に落ち着いて行った。
ジュンが宛がうタオルは真っ赤に染まっていたが、喀血は多く見えても実際には大した量ではない事が多い。
洗面器1杯喀くようなら危険だが、ジョーが喀いたのは、それ程多くはなかった。
回数は多かったが、段々と喀く量は減っていたし、もしかしたら病原体を彼自身の身体が拒否し、吐き出しているのかもしれなかった。
健はふとそう思い、ジュンに、
「ジュン、手を洗って丁寧にうがいをして来い。
 そして、そのタオルは厳重に袋に包んで棄てるんだ。
 燃やした方がいいかもしれない」
と指示をした。
ジュンは直観力の強い女だ。
健が言う事を正確に理解した。
「解ったわ…。すぐにそうする」
こうして、ジョーは博士の手当てを受ける事もなく、自力で回復を果たした。
博士が大した体力だと驚いていた程、彼の回復は目覚ましかったのである。




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