『男の本懐』

寝過ごした、と一瞬思ったが、雀の啼き声はまだのんびりと構えているように聴こえた。
ジョーは時間を確認する。
まだ7時だ。問題はない。
今日はサーキットでのレースだった。
トレーラーハウスを牽引して、サーキットには前日から乗り込んでいた。
こんな時にはギャラクターに動き出して欲しくないものだ。
そう思いながら、簡単にトーストを焼いて、食事を済ませた。
今日もトップを狙う気満々だ。
ジョーは負けず嫌いだ。
どのレーサーにも負けたくはない。
普段は親しく話をしていても、いざコースに入ればライバルなのだ。
そして、その中で彼の腕は一目を置かれていた。
スポンサーに着きたがっている企業や個人事業主もいる。
だが、ジョーは将来は自分の金で自分のチームを作りたいのだ、と言って断り続けていた。
本当は上に上がりたい。
レーサーとしての腕が鳴る。
だが、今は任務があるので、自分の自由には自分の将来を決める事が出来ない。
辛い事だが、意地を張るしかないのだ。
彼にとっては、レース以上にギャラクターへの敵愾心は強いのだから。
絶対に両親の復讐はこの手で果たす。
そう決めているからこそ、科学忍者隊から抜けたくはなかった。
最近どうも眩暈や頭痛に襲われる事が増えて来た。
しかし、それを認めたくないから、レースに出る。
本来なら科学忍者隊のメンバーとしては、身体を休めて出動に備えるべきなのだろうが、彼はそうはしなかった。
ただ、確実に体調が少しずつ悪くなっているのは認めざるを得なかった。
彼は任務中やレース中にその症状が出る事を一番恐れていた。
博士や仲間に病状を告げない事は最初から決めていた。
そんな事をすれば、科学忍者隊から外されてしまう。
それだけは絶対に避けたかった。
例え本懐を遂げる時に自分が死を迎えようとも、彼は構わなかった。
彼にとっては、それが男の本懐だった。
まだ若いのに悲愴な決意を固めていた。
病状を隠してでも、最後まで任務を遂行していたかった。
『科学忍者隊G−2号 コンドルのジョー』と言う強いプライドを持って……。
ギャラクターを壊滅に陥れるまで、決して病気にも屈しない。
その決意は並々ならぬ物だった。
博士や仲間達は言うだろう。
何故黙っていた?と。
でも、どんなに責められようと、どんなに生命を縮めようとも、彼の決意は変わらなかった。
元々捨てるつもりでいた生命だ。
ギャラクターを斃す為ならば奪われる事も厭わない。

ジョーはトレーラーハウスの扉を開けた。
良い天気だ。
陽の光が彼の瞳(め)を射った。
頭がぐらり、とした。
だが、今日はこれからレースに出場する。
ジョーはキリリとその眼を引き締めた。
痛みや眩暈など気力で治してしまえ、と言わんばかりだ。
そう、彼は意志の力で、自分を保って行く術を持っている。
それは彼にとっては生きる為の術でもあった。
眼の前で両親が殺され、南部博士に救い出されたあの日から、ずっと他人の中で暮らして来た。
そして、子供らしい暮らしを経験しないままに育った。
早くに南部博士の元を離れたのも、自分が1人で生きて行く力を蓄えたいと思ったからだ。
博士は肉親のように親切に接してはくれたが、忙しい身でジョーの事ばかりには構っていられなかった。
別荘の賄い婦、テレサ婆さんは心の癒しになってくれたが、いつまでも甘えていては自分が堕落すると思った。
今でも大切な2人だが、ジョーは『甘え』を一番嫌う。
それをする自分が許せなかった。
だから、博士の元から離れた。
自立した男になる為に……。
ジョーはG−2号機とトレーラーハウスの接続部分を外し、コースの中へと入って行った。
既に試走が許されている時間である。
走り慣れたコースだが、いつもコンディションが同じとは限らない。
時折サーキット側の手によって、思いも寄らない場所に、タイヤの山が積まれていたりする事もある。
だから、試走は必ずしなければならなかった。
ジョーは走りながら、眩暈が収まった事を確認した。
眩暈が続くようなら棄権せざるを得ない。
これなら何とかなりそうだ。
今日も優勝を攫って帰る事を想像した。
ジュンはジョーがまた大きな花束を持って、『スナックジュン』に来る事を信じている事だろう。
他の仲間達も待っているかもしれない。
この生活がいつまでも続く事を願った。
ギャラクターを斃して本懐を遂げた以後も……。
自分にその世界が『存在しない』事を彼は知らない。
サーキット場のコンディションは抜群だった。
G−2号機との相性も良いようだ。
これなら行けそうだ、とジョーは思った。
最近ギャラクターは現われない。
何か企んでいるのかもしれない。
だが、この間に病院に行く気にはなれなかった。
正規の医者に掛かれば、ジョーの病気は何れ南部博士の知る処となり、科学忍者隊を外される事になる。
彼にとって、それ以上恐ろしい事はなかった。
だから出来るだけ元気な風を装いたい。
レースで優勝したと知れば、仲間達は騙せる。
それで暫く顔を出さなくても怪しまれる事はないだろう。
彼はその間に市販薬の大量服用で痛みと眩暈を抑える、と言う暴挙に出ていた。
身体がボロボロになろうと構わない。
自分の本懐さえ、遂げられれば良いのだ。
ジョーはその思いをG−2号機に載せて、滑るように走った。
途中で競り合ったサーキット仲間を見事に抑え、ジョーは優勝台に上った。
賞金とトロフィー、そして花束を受け取り、歓声を浴びたが、その時にはもう頭がクラクラとし始めていた。
ジョーは祝いの言葉を述べる仲間達に早々に別れを告げ、トレーラーハウスに戻った。
そこで薬を飲んでベッドに倒れ込む。
ベッドで休んでいる内に眩暈は収まって来た。
レース中でなくて良かった。
そしてサーキット仲間と話している内に倒れたりしなくて良かった。
ジョーは自分の体調が落ち着いた処で、いつものように『スナックジュン』に向かった。
トレーラーハウスは先に普段からいる森に置いて来ている。
中に入ると仲間達の元気な声が彼を迎えてくれた。
だが、その声が朦朧とした彼の脳にはただ遠くに騒めきとしか認識出来なくなっていた。
「すまねぇ。前乗りしていて、疲れたみてぇだ。
 今日はこれで帰らせて貰うぜ。また来るからよ」
ジョーはそう言うと、すぐにそこから立ち去った。
まるで喧騒から逃れるかのように……。
優勝トロフィーを南部博士の別荘に持って行くのは後日にしよう。
この処、博士の運転手兼護衛の依頼はない。
博士はロジャースを使っているのか、それとも研究でどこかに篭っているのか?
ジョーには知るべくもない事だったが、今はそれが凄く助かっていた。
博士はいつまでも騙し切れないに違いない。
ジョーはそんな危機感を持っていた。
だから、博士が今、別荘に篭ってベルク・カッツェの正体に迫ろうとしている事などまだ知らずにいた。
ギャラクターも出て来ない事だし、また暫くは身体を休める事に専念しよう。
彼はそう思いながら、また一軒のドラッグストアに入った。
同じ店で鎮痛剤や眩暈止めを買っていては、薬剤師に何か言われないかと警戒しているのである。
普通の者なら鎮痛剤を大量に飲めば胃を荒らしてしまうだろうが、若いジョーはまだ大丈夫なようだった。
まだ闘いたい。
まだ任務に応じたい。
まだ科学忍者隊として働きたい。
彼の思いは果てしなく本懐を遂げる事の為だけに続いているのである。




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