『水源奪回(4)』

ジョーは信じられないスピードで敵兵の間を縫って走った。
先を急がねばならなかった。
健も別の入口から突き進んでいる筈だ。
どこかで落ち合う事になるかもしれないが、それまでは単独行動だ。
一層気を引き締めて掛からなければならない。
入口から奥に入って行くと鉄製の階段が見えて来た。
やはり地下へと向かっている。
エレベーターもあるようだが、密室はどんな仕掛けがなされているか解らない。
同じ敵にぶち当たるのなら、階段の方が安全だろう。
ガスなど流されては敵わないからだ。
尤も呼吸を停めておく方法は習得してはいたが、それでも狭いエレベーターの中では危険である事には違いない。
ジョーは危険な事も厭わない男だったが、此処は確実な方を選んだ。
無謀な男と言う訳では決してないのだ。
考えた上で行動はしている。
階段の下から敵兵が現われた。
ジョーは黙って羽根手裏剣を投げつけた。
正確に敵兵の喉笛を貫き、そのまま倒れ去った敵を尻目にジョーは動き始めた。
暗がりに眼が慣れて来ていたが、小さな照明はところどころに点っている。
此処はまだ通路と言った感じだ。
ジョーは敵兵を蹴散らしながら先へと進んだ。
長い脚で回転して、敵兵に打撃を与える。
エアガンの三日月型キットが敵兵の顎を砕き、マシンガンを取り落とさせて暴発させる。
いつもと同じだが、敵兵は学ばない。
ジョーの手口を研究していないのだ。
尤も彼ならば武器を使えなくされようが、お構いなしにその全身を武器として闘う事が可能なのであるが……。
ジョーは通路を迷わずに進んだ。
敵兵はわらわらと現われて来るが、彼の敵ではない。
重いパンチ、膝蹴り、長い脚を生かした回し上段蹴り。
まるで踵で首を上から打つような感覚だ。
彼の強さに敵兵は舌を巻いている。
腰が引いている者もいたが、上からの命令で嫌々動いているようだ。
上、即ちベルク・カッチェに違いない。
ジョーはいつだってあの山猫のような紫の仮面を剥いでやると意気込んでいるのだが、カッツェはその場に現われなかったり、逃げ足が早いので、なかなかその機会には恵まれないでいた。
通路を進んで行くと工事現場のような音が遠くから聴こえ始めた。
掘削場へ近づいていると言う事なのだろう。
つまりはプルトニウム239はその地下に貯蔵してある可能性がある。
そしてそこを前線基地として、どこかに運び出されている。
地上に向けて秘密の道が出来ているかもしれない。
それを見つけたらゴッドフェニックスに残っている竜に連絡だ。
ジョーは音のする方に勇躍駆け始めた。
脚の動きが見えない程のスピードだ。
下手な陸上選手などより早いのではないだろうか?
科学忍者隊はそれだけの身体能力を身につけている。
なぜプルトニウム239を掘るのに水源が邪魔だったのかも解った。
湖や川などの水源の地下に好んで貯まる性質があったのだろう。
だから、ギャラクターはまず、水を取り除く事から始めなければならなかった。
そして、アマハーラ地方の人々はプルトニウムの存在を隠していたからこそ、途方に暮れたのだ。
結局、プルトニウム239の事は覆い隠して、水の事だけでISOに救助を求めた。
プルトニウム239が地下資源として眠っている事は、地方全体の不文律で外部には公表しない事になっていたのだ。
戦争の材料となる地下資源がある事など、進んで公表したくはなかったし、この地方の人々には戦争にそれを使おうなどと言う気持ちは全くなかった。
彼らは無戦論者、即ち闘いを嫌う民族だったのである。
ジョーは今、その事を正確に理解していた。
この地方の人々の気持ちを無駄には出来ねぇ、と思った。
(プルトニウム239は絶対に持ち出させねぇ。
 そしてこの地方の水源も絶対に奪回してやる!)
それにはギャラクターがどうやって水源から水を引き抜いたか、と言う事も重要なデータとして必要になる。
「竜、ゴッドフェニックスから水源の水がどこに消えたか探ってくれ!」
『ああ、さっき健からも同じ指示を受けて、今やっとるわい』
「そうか……」
ジョーが考えている事は既に健も考えていたか…。
ジョーは溜息をついた。
さすがはリーダーだ。
感心しながらもジョーは音がする方向へと進んで行った。

音がする部屋は広い工場のようになっていた。
そこに厳重な鍵を付けられたアタッシュケースが積み上げられていた。
あれがプルトニウム239だろう。
ジョーはふと上を見上げた。
既に健が天井に潜んでいる事に気づいたのだ。
先を越された。
別にライバル心を持っているつもりはないのだが、無意識の内に持っているのかもしれない。
ジョーはヒラリと舞い上がり、天井に張り巡らせられているパイプに手足を絡ませた。
「プルトニウム239には下手に爆弾系の武器は使えない。
 この基地に関しては爆弾もバードミサイルも使えないって事だ」
健が呟いた。
「岩を崩して潰すしかあるめぇよ。
 今、竜が調べている水源の水を戻す方法も考えて行動しなければならねぇ。
 こいつはちょっと難しいぜ…」
「場合によっては、南部博士は国連軍に人々への水の供給をさせておき、その間に科学の力で水源に水を戻す、と言っている。
 だから、俺達はその事に余り気を遣うな、との事だ」
「だが、それにどの位の時間が掛かるってぇんだ?
 いくら科学の力を以ってしたって……」
ジョーはそこで口を噤んだ。
紫の仮面の男がスクリーンに登場したからだ。
「どうだ?作業は順調か?」
「ははっ、ベルク・カッツェ様。ご覧の通り、順調に進んでおります」
隊長らしき男が遜(へりくだ)った態度で慇懃を尽くした。
「スピードを倍に早めろ。次の目的地に早く移らないとな。
 昼間、科学忍者隊のG−2号のフォーミュラカーが通ったと言うではないか」
「通っただけです。何も気づかずに通り過ぎて行ったのです」
「科学忍者隊をそう甘く見るでない。気づかぬ振りをして通り過ぎたのかもしれない」
「解りました。急いで作業を進めさせます」
「そうだ。最初からそう答えれば良い」
カッツェは「カカカカカカ…」と高笑いを残して、スクリーンから消えた。
「またカッツェの奴は高見の見物か……」
ジョーは含み声で健に呟いた。
「司令官たるもの、そう言うものだろう」
健は冷静だった。
「健よ、これからどうする?奴らの作業を止める為にひと暴れするか?」
「そうだな、俺達に出来るのはそれぐらいしかなさそうだ」
健も答えた。
「まずは採掘場を止めよう。プルトニウムの持ち出し先は竜に通路を塞がせよう」
「道路封鎖と言っても、通路は見つかっているのか?」
「いや、まだだ。だが、奴らが行動を開始すれば、竜にだって見分けは付く筈だ」
「居眠りさえ、していなきゃあな」
「ふふ、ゴッドフェニックスは飛んでいる。さすがに居眠りはすまいよ」
「解ったぜ。じゃあ、ひと暴れするとするか?」
健の返事を待たずに、ジョーは天井のパイプから手足を放し、床へとヒラリと舞い降りた。
コンマ数秒と違わず、健がその背中側に立った。
「くそ、カッツェ様の言われた通りだ。
 科学忍者隊がやって来たぞ!」
隊長が慌てている。
何か鬼を思わせるような衣装だが、この山の中ではピッタリかもしれない。
「悪かったな。科学忍者隊G−2号は黙ってこの集落を通り過ぎたが、その時には全てをお見通しだったのさ!」
ジョーが低いが通る声でそう言った。
「残念だが、採掘はその辺でやめて貰う事になる。
 カッツェへの土産がなくなってお気の毒様だな」
ジョーは全く気の毒だとは思っていない表情で言い放った。
背中合わせの健とジョーの周りを、マシンガンを持ったギャラクターの隊員達が囲んだ。
だが、その程度の事で怯むような2人ではなかった。
その時、集落の人々の救助に当たっていたジュンと甚平も駆けつけ、科学忍者隊は一気に倍の人数になった。
敵の隊長は少し腰が引いた様子だった。
「俺がおめぇの相手をしてやる」
強気のジョーが進み出た。




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