『水源奪回(5)』

鬼を思わせるような姿の隊長は、前に進み出たジョーを見下ろした。
人間離れした身体の大きさだ。
身長は250cmはあるだろう。
体重はジョーの2倍以上はありそうだ。
もっとあるかもしれない。
鬼のコスプレらしく棘の付いた棍棒を持っており、素肌に虎の皮のような布を纏っていた。
髪は伸ばし放題でボサボサ、頭皮からは角が2本立っており、鋭い牙が2本口からはみ出していた。
「俺は鬼退治に来たつもりはねぇんだが、その姿を見ているとそんな気になるな…」
ジョーは静かに呟いた。
これから始まる闘いは壮絶な物になるだろう。
この隊長は一筋縄では行かない。
ジョーの直感がそう告げていた。
だが、健には科学忍者隊のリーダーとしての役割を果たして貰いたい。
だからこそ、この場は自分が引き受けると言ったのだ。
「俺は桃太郎って言う感じではねぇが、まあ、我慢してくれよな」
そんな冗談を言う余裕はあった。
最初の内だからだろう。
これが本格的な闘いに入ったらそうは行かない。
それはジョー自身が一番良く知っていた。
ジョーの眼がツッと細くなった。
闘いを始める決意を固めた顔だ。
健は一歩引いた。
彼にはしなければならない事がある。
ジョーを遠目で見守りながら、ジュンと甚平と手分けをして、敵の積み込み作業を中止させる事が必要だった。
(ジョー、やられるなよ……)
健はジョーが何故自分が進んで敵の隊長と闘おうとしたのか、正確に知っている。
自分がリーダーだからだ。
だから、ジョーはリーダーである健には任務に専念して欲しかった。
気持ちは解るが、ジョーばかりに危険な思いをさせているような気がしてならなかった。
ジョーは笑うだろう。
それがサブリーダーの仕事さ…、と。
彼は解っている。
科学忍者隊としての自分の立ち位置と言うものを。
健は心配ではあったが、そのジョーを止める事は出来なかった。
「とうっ!」
ジョーは気合だけで、敵の隊長に突進した。
何時までも先方が動かないのは、何かの作戦なのだろうが、ジョーは待っている気にはならなかった。
エアガンのワイヤーで棍棒を巻き取ろうとした瞬間、その棍棒から網が出て来た。
立っての処でジョーはそれを逃れた。
脚に絡まった網は羽根手裏剣の切っ先でババっと素早く切り落とした。
ホッとしている暇などない。
次の攻撃はその棍棒だ。
ジョーが脚に絡まった網と格闘している間に、大きく振りかぶって振り下ろして来た。
ジョーはそれを両腕を組んで受け止めた。
「ほう、これを受け止めるとはなかなかな奴だ……」
敵の隊長がにやりと笑ったが、ジョーの両腕はジンジンと痺れていた。
(くそぅ…。これでは武器が使いにくいぜ……)
ジョーは羽根手裏剣を唇に咥えた。
両腕の痺れが取れるまで、羽根手裏剣を口で飛ばして、敵の攻撃を避けるしかない。
敵の後方に回って、長い脚でその脚を払った。
そしてよろめいた処で羽根手裏剣をプッと唇から離した。
それは見事に敵の隊長の首筋に当たったが、痛くも痒くもないようだった。
「何っ!?」
ジョーは凍りついた。
羽根手裏剣が効かない。
(一体どう言う肉体をしているんだ!?)
ジョーは初めて戦慄を覚えた。
羽根手裏剣の狙いは正確過ぎる程正確だった筈だ。
延髄に突き刺さっている。
それなのに、何も変化を来たしていないとは、一体どう言う事なのか?
ジョーは次の手を考えた。
幸いにして、下にしていた左手の痺れが少しずつ緩和して来ている。
ジョーはそっとエアガンを右腰から抜き、左手に持った。
やるとしたら敵の正面からぶつかって行き、エアガンを直接心臓にブチ込む。
それしかないだろう、とジョーは思った。
その前に羽根手裏剣であの両眼を潰す必要があるだろう。
ジョーとは違って気配では動いていない。
眼に見えるものを追っているのが、その闘い振りを見ていて良く解る。
右腕の痺れも少しずつ収まって来た。
ジョーは羽根手裏剣を2本、指の間に挟んだ。
そして、堂々と敵の正面に立った。
やるしかない。
自分が傷を負う事も覚悟の上での一騎討ちだ。
離れた処で作業を妨害する役目を果たしていた健が、それを心配そうに見やった。
だが、今ジョーに声を掛ける事は、彼の気を削ぐ事になる。
控えるより他なかった。
(ジョー、無事でいてくれっ!)
健はそう願った。
延髄には効かなかったが、視力を失わせる効果はあるだろう。
ジョーはそう踏んでいた。
敵が自分を目掛けてドスドスと走って来る。
地面が揺れている。
敵の隊長は「どうした?恐ろしくて動けなくなったか?」とほざいている。
ジョーはその言葉を聴いてニヤリと笑った。
「さて、それはどうかな?」
そう言った時、右腕を一閃させた。
それが何を意味するのか、敵の隊長には解らなかった。
しかし、次の瞬間、痛い程理解する事になる。
羽根手裏剣の狙いはいつも通り違わず、敵の隊長の両眼を貫いていた。
眼を押さえてその羽根手裏剣を抜いた敵の隊長だったが、羽根手裏剣には返しが付いているので、余計に酷い事になった。
もう何も見えまい。
痛みに戦いて、七転八倒している。
しかし、その眼から出血はしていなかった。
正確には痛みに戦いている訳ではなかったのだ。
ジョーは隙を見て敵の隊長の懐に入った。
隊長はそれに気付くのが、一歩遅かった。
「何…だと!?」
「やはり、気配で敵を追っているのではなく、眼で見ていたんだな…」
ジョーは呟いた。
その右手に握られたエアガンにはいつの間にかドリルが付けられている。
「おめぇ、ロボットだろう?」
ジョーは一言だけ言うと、左胸に押し付けたドリルを回転させた。
「うおおおおおあうっ!」
物凄い悲鳴が上がった。
心臓に当たる部分には、どうやらこの隊長の身体の動力部分があるようだ。
全身がカクカクとし始めた。
ジョーはドリルで、その周辺を何度も突いた。
敵の膝が床に崩れ落ちた。
「やったか?」
遠くで健が呟いた。
しかし、敵の隊長は取り落とした棍棒を探していた。
「残念だが、俺が拾った。探してもねぇぜ」
棍棒は重かった。
竜なら簡単に取り扱えたかもしれない。
だが、此処には竜はいない。
ジョーは体格の割には膂力がある。
その棍棒を両腕で持ち上げた。
先程の痺れが少し蒸し返した。
上段に振りかぶった棍棒を、後は振り下ろすだけで良かった。
ジョーは重力に従い、それを振り下ろした。
敵の隊長の頭に棍棒が命中した。
バチバチと身体から放電が始まった。
「ジョー!早く逃げろっ!」
健の声がした。
「解ってるぜ」
と答えたジョーの顔が一瞬蒼くなった。
敵の隊長はジョーのマントをしっかりと掴んで離さなかったのだ。
「ジョーっ!!」
健の叫びが尾を引く中、敵の隊長はジョーを巻き込むようにして大爆発を起こした。




inserted by FC2 system