『水源奪回〜番外編』

自分の身体に何が起きているんだろう。
まだ解らなかった。
病院に行くつもりはない。
トレーラーハウスに戻ってもまだ残る眩暈に、ジョーは呆然とベッドに横たわった。
(あの激しい爆発のせいだろう…)
と思う事にしたのだが、実はそう思えない理由がある。
既に先日から多少の眩暈を感じていた。
多分、あの海底1万メートルまで降下したあの事件の直前から……。
眩暈はまだ激しくはない。
酷く発症するのは、グレープボンバー戦の時だ。
一体、何故だ?
この眩暈は一体何なのだ?
何かが自分の身体を蝕んでいる、とあの時気づいたが、それが何なのかはまだ解っていない。
南部博士に相談する訳には行かなかったし、一般の病院に行ってもいずれは受診した事が博士の耳に入る。
どうすればいい?
このまま何とか不調を誤魔化しながら闘い続ける。
それ以外にどんな結論が彼に出せたと言うのだ……。
まだ症状は眩暈だけだった。
頭痛はない。
その眩暈が脳から来ていようとは、ジョーに想像が付く筈もなかった。
この時点で南部博士に相談していれば、何らかの手は打てただろうか?
結末を知っている我々から見ると、Noである。
ただ科学忍者隊から外され、病院のベッドに縛り付けられる運命にあったかもしれない。
彼はそれを極端に恐れていた。
そろそろだ…。俺達はギャラクターを追い詰め始めている。
彼にはその自負があった。
だから、この時期には戦線離脱だけはしたくなかった。
眩暈は時折息切れを起こすような酷い発作に至る事があった。
今までの自分では有り得ない。
あれ程の大男のロボットと闘ったんだ。
その後遺症で、すぐに収まる。
そう思い込む事にした。
普段なら戻ってすぐにシャワールームに飛び込むのだが、今日はそんな気にはなれず、ベッドに倒れ込むようにダイブした。
暑くもないのに寝汗を掻いている。
自分の身体はどうなったと言うのだ?
全身がだるく、身体に力が入らない。
こんな時に出動が入ったらどうするんだ!?
彼は自分自身を叱咤した。
(だらしがねぇぞっ!)
無理矢理に身体を引き剥がすようにベッドから起き上がった。
まだ頭がクラクラする。
汗に濡れたシーツがグチャグチャだ。
ジョーはシーツを新しい物に交換した。
ふらつきはあるが、何とか動く事が出来た。
寝ていては駄目だ、と思ったのだ。
何としても普段と同じ生活をする。
外に出て訓練もする。
でなければ、やがて動けなくなるかもしれない。
それだけは避けたい。
ジョーは替えたシーツをランドリーバスケットに放り込むと、上半身裸のままで外に出た。
逞しい肉体を曝け出した処で、誰も見ていやしない。
それにジーンズは履いている。
外の木々には彼の手製の的がぶら下がっている。
彼はジーンズの隠しポケットから羽根手裏剣を取り出した。
「ジョー!やめておけ!」
その声がした時、ジョーは一瞬前にその男に気配を感じ取っていた。
「どうして此処に来た?」
振り向かずに声の主に訊いた。
「今日は疲れている筈だ。自分の身体に鞭を打ってどうする?
 敵の隊長の爆発に巻き込まれて一瞬でも眩暈を起こしていただろう?
 そんな時ぐらい、何故休まない?」
「そんな時だからこそ、やるのさ!」
ジョーは羽根手裏剣を1本、的も見ずにピシュッと音を立てて投げた。
見事に的の真ん中に当たっていた。
「どうして来た?と訊いている」
ジョーは健に対して素直になれない自分を感じていた。
本当は心配して来てくれた事は嬉しかったのだ。
「今日は疲れただろうと思ってな。甚平に差し入れを作らせた」
「勘定は?」
「俺が払える訳はないだろう?」
「俺のツケか…」
ジョーは溜息をついた。
「いや、甚平の奢りだとさ。ジョーにはいつも世話になっているからってさ」
健は勝手にジョーのハンモックに座ったが、ジョーはもう何も言わなかった。
「甚平にサンキューって言っといてくれ。
 シャワーを浴びてから後で食べる」
「ジョー、もう眩暈は落ち着いたのか?」
「見れば解るだろ?」
ジョーは羽根手裏剣がど真ん中に刺さった板を親指で指差した。
「確かにな……」
健は満足そうに頷いた。
「それならいいんだ。あの隊長の身体には少量だがプルトニウム239が積み込まれていたらしい。
 だから心配になったのさ。お前の眩暈と関係があるのかと思ってな」
健はハンモックから降りて、リーダーらしい顔つきになった。
だが、眩暈はそれ以前から起きている事は、ジョー自身が一番良く知っている。
「そうだったのか…。確かに爆発はあいつ単体の物にしてはでかかった。
 咄嗟にマントで防いだのが良かったんだろう」
「博士が近い内にお前のバードスタイルのメンテをしたいと言っているから、明日にでも基地に顔を出してくれ。
 多分プルトニウムの除染だと思うが」
「解った。明日の午前中には行くよ」
「じゃあな!」
健はバイクに跨るとあっさりと去って行った。
ジョーは「ほぉ〜っ」と溜息をついた。
羽根手裏剣の訓練は止めだ。
甚平が作ったサンドウィッチにも興味を惹かれる。
そう言えば、戻ってから基地で軽く食事をしただけだった。
他のメンバーはしっかり食事を摂ったのだが、ジョーはまだ眩暈が残っていて食欲がなかったのだ。
健はそんな処もしっかり見ている。
油断はならない。
どんなに体調が悪くとも、出来る限りは隠し通したい。
いつかはバレてしまう日が来るにしても、出来るだけ先に伸ばしたい。
ジョーはサンドウィッチの籠を抱えて、トレーラーハウスに戻った。
籠はテーブルの上に置いて、彼は逞しい全身を露わにした。
シャワーを浴びる為である。
筋肉は落ちていないが、少し痩せたような印象がある。
頬がこけている。
体調が悪い事を悟られない為には、これから少しでも無理をして食べなければならない。
だが、太る事は簡単そうだが、彼にとってはそうではなかった。
元々が少食なのだ。
竜や甚平のような大食漢ではない。
子供の頃からそうだった。
だから、無理に食べ物を身体に押し込もうと言うのは無理がある。
太れないのなら、益々筋肉を付ける事だ。
ジョーはそんな決意を固めていた。
シャワールームで鏡に自分の全身を映してみる。
ジーンズが緩くなっているのが、良く解るような気がした。
腹部がまた引き締まっている。
体重は60kgを切ってしまっているかもしれない。
(バランスが悪いな…)
ジョーはそう思った。
筋肉は付いているが明らかに痩せ過ぎだ。
髪の毛から丁寧に洗いながら、彼は自分の新たな訓練メニューを考え出し始めた。
明日は三日月基地に行かなければならない。
ついでに訓練室を借りて訓練して来よう。
そうと決めたら、急に空腹を感じた。
ジョーはそれでも丁寧に全身を洗い、スッキリしてからシャワールームを出た。
タオルドライした身体にバスタオルを巻く。
そんなセクシーな姿でも、誰も覗いたりする者はいない。
ジョーはサンドウィッチに手を伸ばした。
甚平の心の篭った味が、胸にスっと染み込んだ。




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