『逃亡者』

俺の親父とお袋は、ギャラクターから見たら逃亡者って訳だ。
殺すのに充分な理由だったのだろう。
だが、逃亡した理由は何なんだ?
世襲制のギャラクターに、俺を巻き込みたくなかった?
きっとそんな処なんだろうな。
俺だってまかり間違えば、ギャラクターの隊長ぐれぇにはなっていて、健達と相見えていたかもしれねぇ。
そう思うと、今の運命を、親父とお袋には感謝しなければならないな…。
南部博士から聴いて命日だけは知っている。
もうすぐその日がやって来る。
だが、これまで墓参りに戻る事を許されなかった。
俺は両親の墓に花も供えた事がねぇ。
墓が建てられる前に島から連れ出されて治療を受けたからな。
俺はかなりの重傷だったそうだ。
意識もなかなか戻らなかったと聴いている。
親父とお袋が撃たれてビーチパラソルの下で突っ伏しているシーンと、薔薇の花が爆発した夢だけを何度も繰り返し見ていた。
意識が戻った時には南部博士がいた。
「これから君は私の養子となる」
とだけ言った。
「父さんと母さんは?」
と訊いた俺には暫く答える事を渋っていたな。
「助けようと思ったのだが、既に亡くなっておられた。
 私は君だけを連れて島を脱出したのだ」
「じゃあ、此処は島じゃないの!?」
確かに窓から見える光景は島とは違い、都会的だった。
ISO附属病院に入院していたのだ。
「ジョー。君の事はこれからジョーと呼ぶ」
博士はそれだけ言って、俺の容態を気にしたのか出て行ってしまった。
俺の眼に涙が溜まっていたのを見るのが辛かったんだろう。
親父達は逃亡者だ。
だから、俺も狙われた。
そして助けられて島を脱出した以上、墓参りが許される筈もなかった。
そう気がついたのは最近の事だった。
マリンサタン号で海底に潜った任務の時に全てを思い出してしまったんだ。
博士が俺の記憶を敢えて消したのだろうか?
その謎は本人に訊いてみないと解らねぇが、訊く気はなかった。
俺はただ、墓参りに行く事だけを考えていた。

島では俺を歓迎するムードじゃなかった。
変装もすぐにバレた。
何でかな?
もしや、親父に似ていたのかもしれねぇな。
俺はあの時8歳だった。
少しは親父の顔を覚えている。
だから無意識に親父そっくりに変装しちまったのかもしれねぇな。
島ではいろいろあった。
逃亡者の息子は、今でも逃亡者の息子だった。
俺の墓は暴かれ、生きている事が確認された。
それはアランから聴いた。
俺は生身で善戦したが、ギャラクターに蜂の巣にされちまった。
そんな寄せては引いて行く意識の波の中、健を狙うアランを見て、俺は…、俺は……っ!!
取り返しの付かねぇ事をした。
俺が島に行かなければ、アランはまだ生きていた筈だ。
これもまた運命か?
アランに謝った処で還って来る訳じゃねぇ。
俺のした事は何よりも罪深い事だ。
友をこの手で殺した。
だが、BC島がギャラクター島と呼ばれているのなら、これまでも知らぬ内に友をあの世に送っていたかもしれねぇな。
俺はどこまでも罪深い男だ……。
さっきから魘されている。
いつの間にか夢を見ていた。
手術が終わったんだな、と知った時、俺のベッドの周りには健達が全員揃ってた。
「ジョー…」
奴らは俺の名前を呼ぶ事しかしなかった。
それ以上は何も言わねぇでくれ。
俺の心が解っているかのように、奴らは黙って俺を見ていた。
哀れむような眼をして見ないでくれ。
俺はギャラクターから逃亡した両親の子供だよ。
それが科学忍者隊に入って、何も知らずに復讐心だけを募らせていた。
だがよ。
これで復讐心は更に強まった。
両親が奴らに殺された事実は変わらねぇ。
そして、俺は自分の出生の秘密…運命も呪う事になっただけだ。
親父とお袋は多分、俺を守る為に逃げたんだ、と言う思いは、ギャラクターの子だった事を思い出してからも1度も変わりはしねぇさ。
何故あのパラソルの下でのんびりしていたのかは解らねぇ。
早く国外逃亡してしまえば良かったのに、何かを待っていたのだろうか?
それとも俺が久々に両親と一緒なのが嬉しくて、海辺で遊びたいと駄々を捏ねたのか?
その可能性もあるな、と俺は思った。
健達の視線を感じつつ、俺は考えに没頭していた。
一言も喋らないのは、まだ体調が整っていないからだろう、と健達は解釈してくれたようだ。
確かにまだ挿管を受けているから、口は利けない。
だが、本当は目線は動かせたんだ。
俺はそれを承知しながら、健達の姿を見なかった。
見る事が出来なかった……。
こいつらギャラクターの子と一緒に闘って来た日々をどう思っているんだろうか?
健は関係ないと言ってくれた。
お前は科学忍者隊G−2号だと。
他の奴らはどうなんだろう?
少なくとも蔑みの眼で見ている奴は1人もいねぇ、と眼で確認しなくても解った。
俺は考えを元に戻した。
そうだ、きっと俺が駄々を捏ねて両親を困らせたに違いない。
あんな、狙ってくれとばかりの場所に両親がいる筈がない。
ギャラクターの大幹部だったんだろ?
ギャラクターの手の内は解っている筈だ。
俺には駄々を捏ねた記憶はないが、きっとそうだ。
俺のせいなんだ。
もっと遠くに逃げられただろうに……。
「ジョー、それはきっと違う…」
突然、健が俺の手を握った。
「お前が考えているような理由じゃなくて、きっとご両親は何かを待っていた」
健は俺の心を読んだのか?
こいつにそんな能力があったのだろうか。
「誰かが船を手配していたのかもしれない。
 だが裏切られた……。
 そう言うシナリオも考えられる。
 アラン神父の事もそうだが、自分ばかりを責めるな」
健は自分達にも何かやりようがあった筈だと手術中、ずっと考えていたのだ。
医師と看護師がやって来て、挿管を外し、酸素マスクに変わった。
挿管を外すのは苦しかった。
喉が切れたのか、唇から血が出た。
しかし、肺から喀いた血ではなかった。
「傷の回復は順調に進むでしょう。患者さんには体力がありますから」
医師はそう健に告げて出て行った。
看護師が点滴の手配をしていた。
俺だけが動かないでいて、周りではぐるぐるといろんな事が回っている。
「ジョー。考えずに今は休め。俺達はずっと一緒だ。
 お前はいつまでも俺達の仲間だ」
健は静かに俺に告げた。
俺は自分の眼から涙が流れた事を自覚した。
だが、なかった事にしたかった。
健はそれを悟ってくれた。
「とにかく休め。俺達は外の廊下にいるからな」
健の手が俺の髪にさらりと優しく触れた。
「大丈夫さ。身体が良くなったら、気持ちの方も安らいで行く」
健はそう言って、メンバー達の最後部から病室を出て行った。
点滴をしていた看護師もナースコールの仕方を説明して出て行ってくれた。
1人になった俺は、何かが突き上げたかのように号泣した。
アランを死なせた時のように……。
もう、戻れねぇ。
全ての事はやり直しが効かねぇ。
俺が全て悪いんだ。
だが、俺はマイナス思考な人間じゃねぇ。
この怒りと後悔をプラスに持って行く。
ギャラクターを斃すまで、俺はどんな事があっても生きて行く。
病気の片鱗が顔を出そうとしている事にまだ気づかなかった俺はそう決意していた。




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