『旅立ち前』

健は甚平が名付けた『ジョーの森』に来ていた。
此処はジョーが良くトレーラーハウスを停めて住んでいた森の中だ。
彼が吊ったハンモックがそのままになっていて、羽根手裏剣の訓練をする為に設置した自作の板が木々の高い場所のあちらこちらに吊り下げられていた。
それには1つ1つ丁寧にマジックで的が書かれていた。
「ジョー、俺はBC島に行って来たんだぜ。
 ギャラクターが撤退して、大分整備されていた。
 ブラックホール作戦の影響はなかったようだ。
 ……お前の故郷って、『風光るBC』って言われているんだってな。
 現地で初めて聴いたよ」
健は、風雨に晒されて弱って来たジョーのハンモックを揺らした。
このまま残しておく為には、もう乗らない方がいいかもしれない。
そんな状態になっていた。
木に縛り付けた部分のロープには補強が必要だし、ハンモックの部分的な破れも補修しなければならない。
健には新しいハンモックを吊るす気はなかった。
『ジョーのハンモック』でなければ意味がない。
彼は様々な太さのロープを用意していた。
ハンモックを修繕しにやって来たのだ。
「あれからもうすぐ1年だ。
 俺はこのハンモックの修理が済んだら、お前のG−2号機を借りて、クロスカラコルムへ旅立つつもりだよ」
健は誰もいない森の中で、ジョーに存分に話し掛けていた。
彼は片道半月を掛けて、クロスカラコルムの地へと向かう計画を立てていた。
計画通りに行けば、命日当日にその場に到着する予定だった。
「お前は、『おめぇにはG−2号機は上手く転がせねぇぜっ!』って言うかもな」
健はフッと微笑んだ、
「だから半月の時間を用意したのさ。行きと帰りで丁度1ヶ月。
 博士には理由も告げずに1ヶ月の休暇とG−2号機借用の許可を貰ったが、黙ってOKしてくれたよ」
健は空を仰いだ。
森の木々に切り取られた水色の広い空間が、清々しかった。
ジョーが見下ろしているような気がする。
「お前がこうして下から見上げていた空を、またこのお前のハンモックの上から見たいからなぁ…」
そう呟くと、作業を始めた。
既にジョーが修理したと見られる跡が何箇所かあった。
「お前はこう言う事にはマメだったんだな。
 手先も器用だし……。
 羽根手裏剣の扱いは誰にも負けなかったな…」
健は荷解きを進めながら、まずは太いロープから修繕をする。
古いロープもそのまま生かしたいと思った。
そうなると、その作業は難航を極める事だろう。
彼はこの修繕に何日かを掛けるつもりだ。
パトロールの時と寝る時だけはこの場を離れたが、後は此処で過ごした。
「此処にいるとジョーの息吹を感じられるのは相変わらずだな…。
 もうトレーラーハウスはないと言うのに……」
もうトレーラーハウスがあった跡すら残っていない。
その場所には草が元気に生えていた。
……ふと、爽やかな風が吹いた。
まるでジョーが答えてくれたかのように。
「ジョー、俺が汗を掻いたからって、風を吹かせてくれているのか?」
健は少し涙目になった。
「お前は冷たい振りをしている癖に、本当は温かかった。
 みんなの中で一番仲間思いだった。
 俺は解っていたよ。
 身を挺して仲間を庇う事もあったとジュンが言っていたっけ……」
その時、健はロープで指を切ってしまった。
風に乗ってふわりと薬草が飛んで来た。
「ジョーっ!」
健は驚いてそれを手に取りながら、周囲を見回してしまった。
確かにジョーの気配を感じ取ったのだ。
「お前って奴は……」
あの日と同じ言葉が出た。
薬草を指に巻きながら、健は涙を零した。
「ジョーの馬鹿野郎。勝手に独りで逝ってしまうだなんて…。
 何故俺達に一言相談してくれなかった?
 科学忍者隊を外される事を恐れたんだろう?
 俺はお前の様子がおかしいと気づいていたのに……。
 一緒になって、何とかする方法を考える事ぐらいは出来たのに……」
健は風が後から後から流れ出ている筈の自分の涙を乾かして行くのに気付いた。
「ジョー、後悔しても仕方がないのは解っている。
 お前は後悔なんてしていない、俺にそう言いたいんだろ?」
今、ジョーの心は確実に健に伝わっていた。
羽根手裏剣がはらりと落ちて来た。
健はそれを左手で器用に受け止めた。
「まだ、あったんだな。甚平が全部回収したと思っていた」
羽根手裏剣は黄色く変色していた。
健はそれを大切そうにジーンズの隠しポケットに仕舞い込んだ。
「お前の気持ちは解ったよ。泣いたりして悪かったよ」
そう言うと、再び作業を再開した。

そんな日が何日か続いていた。
もうパトロールに出てもギャラクターの残党に出逢う事はない。
恐らくは全隊員がクロスカラコルムに集結していたのだろう。
「ジョー、ギャラクターは完全に自滅したよ。良かったな…。
 お前の悲願は達成されたのさ。
 地球は今、復興に向けて立ち上がっている。
 南部博士もそれで手一杯だ。
 マントル計画も1からやり直しだからな。
 でも、ある意味、1から作れる事がプラスになるかもしれないと博士は言っていた。
 博士は前向きだろ?」
健はジョーに静かに話し掛け続けた。
「本当は……お前を失った哀しみから逃れたいから、それに没頭しているんだと思うぜ」
彼が言っている事は間違ってはいないだろう。
南部博士は決して冷たい司令官ではなかった。
時には非情な指令を出す事もあったが、それはいつだって地球の為だった。
「ジョーの事は放っておけ、と言われた時は俺達も辛かったが、博士も辛かったろうな。
 いつも俺達には冷静な姿しか見せなかったけどな。
 いつか、博士の脳が猿の脳に入れ替えられた時は、お前が博士を殴って気絶させたっけ…。
 あの時はお前は勇気があるなぁ、と感心したぜ」
健はニヤリと笑った。
「いや、実際あの時はああするしかなかったんだが、俺には出来なかった…。
 ジョーはそうして、俺には出来ない事をサブリーダーとして随分助けてくれた。
 親父が死んでからは特にな……。
 お前だって、いろいろと苦しかったろうに……」
健は自分とジョーは結構いいコンビだったと思っている。
「お前には背中を任せられた。
 お前もそう思ってくれていたんだろ?」
懐かしそうに、また木々によって切り取られた空を見上げる。
その空にはジョーがいるような気がするのだ。
この空間を見下ろしている。
「よし、太いロープはやっと修繕出来たぜ。
 後は細かい処を縫うようにして行けばいい」
健は草の上に座って、少し休んだ。
「腹が減ったから、ジュンの店に行って来る。
 その後はパトロールだ。
 また夕方来るからな」
健は道具を木の根元に置き、バイクに跨った。
作業は彼の計画通りに順調に進んでいた。
このまま行けば、予定通りクロスカラコルムに発てるだろう。

そうして、作業の最後の日がやって来た。
「もうすぐ終わるぜ、ジョー。
 完成したら、最初に俺が横にならせて貰ってもいいか?」
爽やかな風が健の頬を撫でた。
ジョーの承諾の合図だろう。
「健、おめぇにはその資格がある」とでも、言っているかのようだった。
健は細かい処の補修に入っていた。
もうすぐ完成する。
完成してしまうのが、寂しいような気持ちがしていた。
でも終わったら達成感を得られるかもしれない。
そして、この後クロスカラコルムへと旅立つのだ。
「これが終わったら、明日は基地へ行くんだ。
 博士の別荘にゴッドフェニックスの格納庫があるだろ?
 お前のG−2号機を借りて行くぜ。
 しっかり整備もしてあるからな」
ハンモックを直す作業はもう終盤だった。
「よし、出来た!試しに乗ってみるぜ、ジョー」
健はそう言うと、修繕が終わったばかりのハンモックに乗って、横たわり、全身を伸ばした。
修理は上手く行ったようだ。
ジョーの温もりが伝わって来る。
「ジョー、上手く行ったぜ。
 今、お前が此処で見ていた風景を俺も見ている……」
健はまた泣き出したくなった。
誰もいないのだから、号泣したって構わないのだが、ジョーが哀しむだろうと思って堪えた。
「ジョー……。俺はこの風景を一生忘れない。
 お前の故郷、『風光るBC』の風景と同じように、俺の心の引き出しに大切に仕舞って置く」
陽が暮れて来た。
「此処から見る夕焼け空も、お前の故郷には適わないがなかなかなものだよな。
 お前は此処から故郷に思いを馳せていたんだろ?
 お前には特別な場所がいくつかあったな…。
 海辺だったり、丘の上だったり……。
 特に海辺は太陽の道が出来るから、お前は好きだったんだよな。
 サーキットもそうだったのかな?
 どこも夕陽が美しい場所ばかりだ……」
サーキットは騒音の問題から、街から離れた場所に造られていたので、そう言った自然の奥深くにあったのだ。
緑の木々がさわさわと囁いた。
そして、空が少しずつオレンジ色のグラデーションに彩られて来た。
何重にもグラデーションが重なり、微妙な色の変化が刻々と見られた。
やがてそれはコバルトブルーに変わって行き、空に星が瞬き始める。
「地球はこんなに綺麗だ。
 俺達は何も出来なかったが、お前の思いが地球を救ったのかもしれない、とこの頃思うんだ」
地球の人口は半分以下に減ってしまっていた。
しかし、その復興力は凄まじいものがあった。
「ジョー、地球は大丈夫だぜ。だから、どうか安らかに眠ってくれ。
 俺は明日から暫くG−2号機を借りるからな」
健はハンモックから敏捷に跳ね降りた。
「帰って来たら、また来るぜ。
 美しい夕焼けを見せてくれて有難う。
 作業の間、1日も雨が降らなかったのは、お前のお陰なんだろ?」
見上げた夜空に星が1つキラリと光った。
まるでジョーが答えてくれたかのようだった。
「ジョー、またな」
健はジョーの『気』が残っているこの『ジョーの森』と離れるのが少し心残りだったが、クロスカラコルムに発つ為にも行かなければならない。
最後にハンモックを振り返ってから、夕闇の中、バイクに乗った。
また、いつか逢える……。
俺達が逝く日まで待っていてくれ。
言っておくが、長いぜ。
待ちくたびれるなよ……。
健はその言葉を胸の内で呟いて、『ジョーの森』を去って行った。


※この話は006◆『G−2号との旅』へと続く、2014年の命日フィクです。




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