『霧のち晴れ』

霧が晴れて来た…。
大きな地震があって、金色の本部の半分が姿を見せた辺りからかな…?
俺にはもう見えねぇ筈なのに、何故か見えるんだ。
身体が吹き飛ばされたのは覚えている。
だが、その後俺はどうなったのかな?
自分の事は見えねぇから、もう魂が身体を離れたのだろうか?
もし、そうなら、健達を追い掛けて行く事が出来る筈だ!
俺はそう思い立った。
だが、この場所を動く事が出来なかった。
ふっ、と気がついた。
俺はまだ生きているんだ。
そうか、此処は地震で出来た裂け目の中だ。
俺はどこかに上手く落ちたらしい。
裂け目の奥深く、だが、マグマの中までは落ちなかったって訳か。
きっと少しは熱い筈だが、もうそれを感じる感覚もねぇようだ。
眼を開いてみるが、何も見えねぇ。
もう視力を失ってしまったんだ。
だが、本部の姿だけは見えた。
健……っ!
心を澄ませば、本部の中が見えて来るかもしれねぇ。
俺はもう瞳を開ける必要はなかった。
このまま朽ちて行くのは解っている。
きっと此処は救いの手を差し伸べようもない場所だろう。
いつ死んでもおかしくない状態なのも解っている。
そんな覚悟、南部博士の処から出奔した時にとっくに出来てたさ。
大人しく検査を受けたからって、状況は何も変わらねぇ。
どうせ死ぬのなら、自分の生命は無駄にしたくはなかった。
これで良かったと信じている。
精神を統一している内に、健がベルク・カッツェを振り回しているのが見えて来た。
健!ブラックホール作戦とか言う物を早く止めろ!
俺の声は届かない。
その内、カッツェのピンチに、総裁Xが現われたのが見えた。
健達は真相を知ったのだ。
これでいい。
確実にバトンは渡したぜ……。
俺の身体の力はとうに抜けてしまっている。
もう指1本動かせねぇ。
健、すまねぇな。
返すと約束したブーメランを、落として来てしまったみてぇだ…。
しっかり持っているつもりだったんだが、どこにもねぇ。
俺の手に感覚はもうねぇが、多分この手の中にない事は間違いのねぇ事だ。
約束を果たせなくてすまねぇ……。

総裁Xにより明かされた作戦だが、ジュン達にも手には負えねぇようだ。
どうしたらいい?
金色に輝く細長いロケットのような物が飛んで行く。
あれが総裁Xか!?
逃がして溜まるか!
だが、俺にはどうにも出来ねぇ。
くそぅ……。最後の最後に、悔しいぜ……。
その時、ベルク・カッツェが狂ったように泣き笑いしながら、マグマの中に投身するのが見えた。
俺の手でやっつけてやりたかったのによ。
おめぇの最期も哀れなもんだな。
俺より先に死んでくれたのが、俺にとっては救いになったかもしれねぇ。
……健達の作業は上手く進まねぇ。
何とかしてやりてぇが、俺にはどうしようもねぇ。
どうしたらいい?どうしたら……。
その時、脳裏に羽根手裏剣がひらりと舞ったんだ。
カッツェを狙って放った羽根手裏剣はどこへ行った?
そうだ、あの機械の中に入り込んだんじゃねぇのか!?
俺は今すぐにこの生命が無くなってもいいから、と心に念じた。
あの羽根手裏剣に地球の全運命を賭けようと念を送ったのだ。
羽根手裏剣がボロボロになって、歯車の中を滑って行っているのが俺には見えた。
いいぞ!
そのまま、上手く歯車に噛み込むんだ!
俺にはそこまでしか見えなかった。
後は小さい爆発が起きて、健達が吹っ飛んだのだけを見た。
だが、多分無事だろう、と言う確信があった。
何故だかは解らねぇ。
その時、俺の魂が身体から離れたからだ。
地獄でもどこへでも行ってやる。
俺は任務とは言え、沢山の生命を奪って来た。
自分の宿命だと思っているよ……。
これでいいんだ。
次に気がついた瞬間、どこにいようが驚きはしねぇ。
それが俺の赴くべき場所だから……。

俺の魂は故郷に寄り道をしたみてぇだ。
それから南部博士の元にも。
まだすぐにあの世に発つって訳ではねぇんだな。
健達のいる場所にも行ってみた。
まだクロスカラコルムで呆然としていた。
俺には自由に動ける力が備わったようだ。
やはり、魂が身体が離れたんだ。
すぐに地獄へ行くもんだと思ったんだが、故郷の風景を堪能し、今、仲間達の傍にいる。
話し掛けても聴こえねぇようだ。
俺にはその力はねぇらしい。
俺は大丈夫だから、早く基地へ還って、その疲れを癒してくれ。
南部博士の帰還命令にそんなに肩を落とさなくたっていい。
どうせ俺の身体は見つかりっこねぇよ。
おめぇ達は充分やったんだ。
俺はおめぇ達と組めて幸せだったぜ…。
もう何の後悔もねぇ。
別れはさっき言ったからな……。
俺の事は諦めてくれ。
ああ、ブーメランはあの場所にそのままあったんだな。
健に返せて良かったぜ。
だが、健は甚平にそれを元あった場所に置かせた。
おい、置いて行くのか?
そうか…。それを俺の墓標代わりに……。
健、そいつはおめぇの戦友なのに……。
ああ、おめぇにとっては、俺も戦友だったんだな。
勿論、俺にとっても同じだぜ。
有難うよ。
短かったが楽しい人生だった。
おめぇ達みんなのお陰だ。
辛いだけの人生じゃなかった気がするのは、おめぇ達がいたからだ。
みんな、俺の分まで生きてくれ。
これから普通の青春を味わって、普通に家庭を持って……。
いつかは親になり、孫も出来て……。
そこまで生き抜いてくれよ。
俺はこっちからみんなの事を見守っているからな。
……そろそろお迎えが来たらしい。
さて、地獄とやらはどんな場所かな?

だが、俺が飛ばされた場所は違うみてぇだぜ。
『赦された者が来る世界』なのだそうだ。
俺は地球を救ったから、この場所に来られたらしい。
両親にも逢えたぜ。
これからマリーンを探す処だ。
此処にはいねぇだろうがな。
おめぇ達と出逢えて、本当に良かったぜ。
何も後悔する事はねぇ。
アランも婚約者とこの場所で仲良く暮らしていた。
俺の唯一の後悔も、少しは報われたぜ。
みんな、あばよ。
そっちの世界で元気に生きて行け。
その為なら俺の事は忘れてもいい。
ちと辛いが、俺はそれでもいいと思っているぜ。
いつかまた逢おう。
その時まで暫くの間、お別れさ……。


※この話は、172◆『その場所で〜再会』 と340◆『マリーン〜転生』に続く内容となる、2014年の命日フィクです。




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